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人の極致


「お、王国騎士団長!? あの、ルーピーが!」


 その発言に、サリアは驚愕に目を丸くする。


 無理もない、王国騎士団長と言われれば真っ先にレオンハルトの姿が思い起こされ、同時に目前で酒を飲むボロボロのローブの飲んだくれと比較をしてしまう。


 似ても似つかないどころの話ではなく、その話が事実であることは到底信じられない。


「そうですぞ、我らは二人で王国騎士団をまとめておりました。この馬鹿がうっかり遠征で【飲んだくれ地蔵】をぶっ壊してアル中にさえならなければ、いまだに我々は騎士団をまとめていたはずなのですぞ!」


「そんな女々しい過去のことをいうんじゃねーろレオナルド……やめたくなきゃお前までやめる必要なかったろ」


「お前がいない騎士団などつまらないのですぞ、それなら迷宮に閉じこもって一人引きこもりライフしているほうが楽しいに決まっているのはんんっ、確定的に明らかですぞ」


 仲良く話す二人。


「い、いまだに信じられないけど……」


「ですが確かにあの二人……ただものではありません」


 困惑するシオンに対し、カルラは拳を構えて警戒態勢を敷く。


 なにせ、サリアとカルラの二人をして……ルーピーの奇襲にぎりぎりまで気づかなかったのだ。

 彼らの実力は疑いようもない。

 

 ただの実力だけではない、二人には何かがあると考え。


「先手必勝!」


 サリアは剣を抜刀する形で、神速の一撃をルーピーへと放つ。


 だが。


「っ!」


 剣を横なぎに振った瞬間、ルーピーの体は消え。


「ひっく……」


 背後から槍が走る。


「後ろ?!」


気配を読み、サリアは背後から迫る槍を影狼を振るい叩き落そうとするが。


「はぁい残念……」


 サリアの一閃は空を切る。


 背後には、サリアを背後から突き穿たんと一線を放つルーピーの姿が確かにある。


 しかし、その肝心な槍の矛先のみが、まるで空間から切り取られたかのように消えている。


「サリアちゃん!! 」


「!?」


 シオンの言葉に、サリアのスキル【直感】が体をよじれと命令をし、思考よりも先にサリアは体をひねり。


「ぬっ!?」

 

 背後から伸びた槍の矛先を回避する。


「これは……」


 空中から次元を裂いたように飛び出す槍の矛先。


 それを目で追いながらサリアは返す刃でルーピーに追い打ちをかけるが。


 剣を振り切るよりも早くルーピーは眼前より消え、気が付けばレオナルドの隣に戻っている。


「動きが速いわけでも、スキルでもないですね……テレポーターを駆使した連携ですか」


「ごめいさつ……レオの転移魔法ろ、俺の槍。どこからはしるかわからない槍の矛先に怯えるがいいろ?」


「なにちゃっかりばらしてるんですかね飲んだくれ! まったく、これだから飲んだくれはごめんですぞ」


「いいらねえか、ばれたからって見切れるわけもねえし……そもそもお前の二つ名のせいれほとんど答えいってるようらもんじゃねえか……ひっく、だいたい」


 喧嘩をするように話す二人……だが。


 ――――ほんの少しだけ、ルーピーの指先が揺れると。


「いっ!?!」

 

その最中にも槍の矛先がサリアの頸椎へと走り、サリアは今度はほほを切り取られる。


「これもはずしましたか……まったく、これだから若い奴はごめんですぞ。直感も反射も高い高い……あー、年取るのはマッピラ御免だと言い続けてきましたが、こればかりはどうしようもなさそうですなー」


「いや、若さとか関係ねえらろ……この槍を正しく躱したのは、ルーシー以来ら」


「他は全部、アルフのように槍が刺さらなかったり、槍程度では死ななかったりする反則級のモンスターばかりでしたからなぁ、いやはや人の世とは格も不公平……いやになりますな、まっぴらごめんですなぁ……。さてさて」


 マッピラ爺さんはそうため息を漏らすと、サリア、シオン、カルラの三人に向きなおる。


 今までひょうひょうとした態度や言葉、それは全てこちらを油断させるための演技だったのだろう、皮膚の下に押し込められていた殺気が草原を覆いつくす。


 元王国騎士団長、副団長。


 確かに個としての力はレオンハルトに双方遠く及ばない。

 しかし、団長・副団長のペアとして考えれば、レオンハルトとヒューイの二人をはるかにしのぐ。


 もちろん、これはヒューイの実力が劣っているからというわけではない。

 ルーピーとヒューイが真正面から戦えば、恐らく身体能力はヒューイが、経験はルーピーが勝り互角の勝負となる。


 ゆえに、この二人は、ともにいることにより完成をする。


 それこそ、世界最強、歴代最強……武の極み、ワールドスキル【剣聖】のスキルを生み出した武神・シンク・シラヌイに最も近しい人間と謡われた男。

【剣聖】ルーシーのみが見切ることができたというほどに……二人揃うことで人の至れる極地へとたどり着いた武芸を披露することができるのだ。


「二式、騙し槍……ここで死ぬ輩が多すぎるので、本気は長らく控えていましたが……容易く躱すとはこれは僥倖……面倒くさいのは嫌いですが、弱すぎるものに本気を出すのはマッピラ御免ですからな」


「ルーシー以来の逸材ら……神に至りはしなかったら、今ここにご披露するは人の極致」


「「強き者よ、どうか振るってご賞味あれ!」」


「っ!?」


 サリアは絶句する。


 呪文を唱え、あたりにテレポーターの魔法陣を無数に展開するマッピラ爺さんにではない。


 ルーピーの構えた赤い槍が、ゆらりと揺れて五本へと枝分かれをしたように見えたからだ。


「サリアさん……おそらくあれは、幻覚ではないかと」


「一つ一つがすべて実態を持つ……分かれ槍」


 サリアの収めた剣技【不知火流】は、スキル【拡散】により斬撃を拡散させることで、剣という小さな武器、人という矮小な力しか持たない存在でも黒龍を両断するまでに一撃の威力を増幅させることができる対怪物用の剣技である。


 それと異なり、ルーピーの槍操術【虚月流】は槍の矛先を拡散させ防御不可能な一撃で相手を仕留める対人間用の古武術。


 それ故にサリアとルーピーの技ではサリアには不利な対局となる。


 だが、戦闘勘や身体能力、スキルの差を合わせればその程度の不利はハンデにもならないだろう。


【隠し槍・愚鎖不可避ぐさふかひ


 だからこそサリアは、その人を殺す技術に驚愕する。

 いや、見惚れたと言ってもいいだろう。


 サリアの知らぬ武の技術。


 ただ人を殺すためだけに特化した……幾重にも織り込まれた、いかに人の虚を突き、いかに人の死に安い場所を穿つかを極めたその技術に、サリアは感じたことのない喜びすらも感じていた。


 迫るは、螺旋を描くようにテレポーターの中を飛び回る五つの赤い槍。


 門をくぐるたびに赤い矛先は出現場所を変え、もはや目で追うことなどできない。


 そして赤い螺旋はサリアを惑わす模様であり、意識の外、視界の外、すべての感覚の外側五方向から……サリアへと走る。


 その技術、その術は磨き上げられた芸術でもあり。

 これを回避する術をサリアは見つけられず、ただ己が直感のまま回避行動をとる。背後から迫る槍を朧ではじき、陽炎にて頸椎に迫る槍を防ぎきる。 腹部へと迫る槍を体をひねって回避する。


 距離も、相手の対さばきも何もかもが予測できない不可視の槍。


 それを回避するのは未来予知にも近い力であったが。

 だが、サリアの力をもってしても三つまで……剣聖に至らぬ身ではそれが限界であった。



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