開戦と魔物を奪いし呪いナーガラージャ
広がるは何もない永遠に続くかと思われる大草原。
テレポーターの力で強制的にフィールドに転移させられた僕たちは、後ろに付き従う(土塊の自動人形)クレイオートマタとともに、戦いが始まるまで待つ。
風は魔法で生み出されているはずなのにどこか本物の様で、空を見上げるとこれまた本物そっくりな太陽が僕たちを除く。
よく目を凝らしてみると、その太陽は迷宮二階層にいた太陽虫であるのが分かり、やっぱりここが迷宮の中なのであることを継げていた。
「マスター……刻限が迫っております……指示を」
隣に立つサリアはそう懐中時計を確認すると僕にそう耳打ちをする。
「いや、指示って言っても、ここにいるの全員ゴーレムだし」
たった十人の人間相手に、そんなことをしてもなんだか気恥ずかしい。
そう断ろうとするが、サリアはそれに首を振り。
サリアの言葉を遮るようにローハンが一歩前に出て―――あくまでゆっくりと―――
「なにをおっしゃるのですかマスター!! こういう場は雰囲気が必要なのです!背後には守るべき城があり!目前には命令を待つ兵士たち!いずれ多くの兵士を引き連れ世界を救うこともあるでしょう! 今より準備をしておかずしてどうするというのですマスター!さぁ! いうのです! やるのです! さあさあ!皆のために、ついでに私のために!」
そうものすごい剣幕で僕にまくしたてる。
「あんたの場合、自分が命令されたいだけじゃない……マゾなのかしら?」
そんなローハンに、ティズはあきれたようにそう愚痴ると。
「当然にごっざいましょうがああ!! アンデッドなめないでいただきたい!好きじゃなきゃこんな骨ばった滑降してられるわけないでしょうがティズ様!」
「開き直るなあほアンデット!?」
ローハンの叫び声と、ティズの喧嘩。
「そこ、静かにしないかもう……はぁ。わかったよ、言えばいいんだろ言えば」
開幕の合図が、こんな締まらない痴話げんかのような会話で始まってしまっても、流石に問題があるだろうと僕は判断し、仕方なく螺旋剣を引き抜き天に掲げる。
「聞け!我が剣のもとに集いし盟友よ! 此度の戦は不本意極まりないものかもしれない……だがしかしそれ以上に我ら魔王軍初めての戦いだ! この螺旋剣にかけて誓おう……虐げられしものたちよ、我をしたう者達よ!正義の輝きはこの剣にあり……この剣、そしてうちに宿りしこの力にかけて誓う! 勝利の栄光を皆に届けるということを!!」
「「「魔王さまに勝利を!!魔王さまに栄光を! 捧げん! 捧げん! 捧げん!!」」」
ローハンの演出か、その場にいたオートマタ達は一斉に互いが互いの背中を叩きあい、太古のように整った音をかき鳴らす。
なんだか気持ちよくなってきた……。
「我が名を叫べ! 知らぬ者には知らしめろ!! 我が名は魔王、フォースオブウイル!! フォースオブウイルなり!!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
歓喜か、それとも号砲か……どちらかは分からないがそんな叫び声に紛れるように……開戦の角笛は高らかに草原へと吹き荒れ。
「第一陣!! 出陣せよ!!」
僕の声と同時にオートマタが出陣をする。
一歩、一歩歩むのは最初だけ……。
クレイオートマタは次第に地面に沈み消えてゆき、やがて歓声は消え綺麗な草原だけが姿を残す。
そんな光景を見ながら、リューキは一つ息をつき。
「整列させる意味……あったのか?」
なんて言葉を漏らした。
■
【王国騎士団サイド】
王国騎士団長、レオンハルトは馬を駆りながら思案をする。
此度の戦はゲームであるが、三つ巴の戦いをするのは初めての経験ではない。
特に今回の戦いは、伝説の騎士とオベロンの戦いに巻き込まれたというだけの形だ。
本来であれば、伝説の騎士側からの攻撃はあれど、妖精王からの攻撃は少ないと考えるのが妥当であり、兵力を分散せねばならない伝説の騎士の部隊をせん滅したのちに、伝説の騎士をオベロンと共に先に叩くことが戦いを早急に終わらせることにつながるし、そもそもこの対立構造では伝説の騎士に―――数字の上では―――勝利はあり得ないゲームとなっている。
ゆえに、王国騎士団長レオンハルトは、そのことを昨晩まで考えていたのだ。
このゲームは圧倒的にフォースに不利になるようにできているのだ。
「団長……」
そんな憂いを知るかのように、隣にいる副団長はそっとレオンハルトに声をかける。
「……どうした?」
「いえ、その……やはり伝説の騎士殿の身を案じていらっしゃるのですね?」
そんな様子に、副団長は顔を伏せて問いかける。
戦いの場で、敵方の将の身を案じる団長をたしなめるために。
「どうしてそう思う?」
そんな副団長に対し、レオンハルトはそう問うと。
「気づかないと思ったのですか?……進軍の速度が明らかに遅い……それに、わざわざ二分の一に分けた兵力を、第一分隊と第二分隊に分ける必要はなかったはずです」
そう、レオンハルトは自らが率いる第一部隊2000人とは別に、後方に3000人の部隊を遅れて到着するように配置をしていた。
波状攻撃を仕掛け、敵の戦意をそぐ目的、もしくは状況が戦闘中に変わった場合等に機動的に動けるため、その配置は用いられることが多いが。
今回の戦いからすれば、この陣形は誤りといっても過言ではない。
対立構造から言えば、この戦いはいかにして手早く伝説の騎士軍を片付け、オベロン軍との戦いを有利に持っていくかの勝負である。
伝説の騎士軍をできるだけ早く討伐できれば、仮にオベロン軍が苦戦しているようであれば挟撃もできるし、反対にオベロン軍もそれを狙っているはず。
ともすれば、ここで用いるべき陣形は波状陣形ではなく突撃陣形。
王国軍とは異なり、伝説の騎士の戦力は経験に乏しい。ゆえに突撃陣形により中心を瓦解させてしまえば指揮系統は乱れ自壊する。
オベロン軍も同じ手を使うかもしれないが、現状考えられる戦略ではそれ以上早く伝説の騎士軍を突破する陣形は存在しない。
そして、王国騎士団にて軍師の名をも有する戦の天才……レオンハルトがそんな単純なことにも気づかないわけもなく。
騎士団も、そして側近であり最も身近にいる彼女でさえも……彼が伝説の騎士の身を案じ、手心を加えているのやもと疑ったのだ。
しかし、レオンハルトはその言葉に「いいや」と首を振って否定をする。
「別に、あのお方の身など案じはせんよ……」
そう、レオンハルトは身を案じてなどいない。
彼が思案していたのは……それだけ圧倒的不利な状況になるはずなのに、伝説の騎士がこの状況を作り上げたという恐ろしい事実だ。
何か策があり、そして自分たちは利用されるためにこの場所に立っている。
智謀にあふれ、人の思考のはるか先を読み行動をする伝説の騎士。
かのアンドリューさえも出し抜き……愛する女を救った伝説の騎士。
そんな彼の策を、想像すらできないことがレオンハルトにとっては恐怖でしかない。
ゆえに……部隊を分けるという行動をとることしかできなかったのだ。
そして、自らが先陣を切ることにより、第一部隊の生存率を上げる……。
それが最善としか思えず、ロバートもまたその考えに賛同をした。
だが、それだけで何も対処をしていないというわけではない。
シオンが有する魔法メルトウエイブ、さらには全ては灰に対抗するために、王が用いた耐火の魔道具【水龍のオーブ】もサリアの攻撃、そして螺旋剣ホイッパーを受け止めるために、自らにかけた枷を外す許可も得ている。
準備は万全……ただの戦いであれば、レオンハルトはこの部隊を存続させる自信はある。
だが……それでもレオンハルトの胸中には、不安が残るのだ。
と。
「敵影あり!!」
遠見の眼鏡を持ち、敵影を探っていた騎士団の男からそう報告があり、騎士団全員の気が引き締まる。
「距離は!」
「前方2キロほど先! 傾斜のある坂の下で部隊をそろえて待ち伏せをしている模様!人型であることから、伝説の騎士軍であるかと!」
「傾斜での待ち伏せ?」
確かに、起伏の激しいこの草原での待ち伏せは有効手段であるが……。
マジックアイテムである遠見の眼鏡は、半径二キロメートルを俯瞰視点から眺める魔道具であり、100年前ならいざ知らず大戦を経験しているものであればだれでも知っているほど有名な魔道具だ……。
「考えすぎたか?」
何かを狙っている可能性もあるため、レオンハルトは身を引き締めるも。
戦争経験をしたことのないあのあどけない表情が脳裏をよぎる。
そう……伝説の騎士という存在を、レオンハルトは決して軽くは見ないだろう。
だが、ウイルという若者の表情が一瞬、レオンハルトの脳裏をよぎってしまった。
そんな、ほんの一瞬。瞬きほどにも満たない気のゆるみに……。
「迷宮闘技場への幻覚……」
魔王軍軍師……ローハンは毒のように入り込む。
「なっ!? 敵影消滅!!待ち伏せしていた部隊が消えました! あれは……幻覚!?」
「なにぃ!?」
レオンハルトはその言葉に、即座にはめられたと反応をするがもう遅い。
せせりあがる草原の大地。 いや、そこに広がるは迷宮の壁。
「しまっ!? 全軍引きかえ……」
そう命令を下すも、いかな速度をもってしても撤退は不可能。
気が付けば、巨大な迷宮の壁の中に、部隊は完全に孤立する。
そんな中で……。
「レオンハルト様!」
さらに続けるように遠見の眼鏡を用いていた人間が悲鳴に近い声を上げる。
「今度はなんだ!」
こうもあっさり罠にはまったことにを隠さず、レオンハルトはさらに続く悪い報告を聞くと。
「……無数の魔物の群れ……オベロン軍と思われるものがこちらに向かっています!!」
「バカな!?いったいどこに……いや、それよりも誰が率いている!?」
本来、魔物とは同族では群れることはあれど、ほかの魔物と群れることはない。
魔物が軍となってこちらに迫る場合は、大方それを率いる将となるべき存在が必要になる。
だが……。
「見えません!? ですが、魔物たちは全員不可思議な黒い靄のようなものをまとって……」
「靄だと?」
オベロンがそのような魔法やスキルを使用するという報告は上がっていない。
ともすれば、その靄はほかの原因があるはずだが……。
そんなことを考えているうちに、レオンハルトの目にも敵の姿が視認できる距離までやってくる。
アタックドッグにスライム、そこにはハッピーラビットと、下級の魔物であるが苦戦を強いられるような魔物ばかりがこちらに向かっている。
そして。
「あっ!? いました……将となりうる魔物が……戦闘のアタックドックの額に乗っています!」
「犬の額に?」
報告の言葉にいぶかし気にレオンハルトは反応をする。そんな小さな、将となりうる魔物がいたかどうかと思案し……そして魔物の群れの戦闘をその目で凝視する……と。
「……あれは……」
確かに犬の額の上、真っ黒い靄を発生させながら迫る一匹の蛇の姿が見えた。
その姿は蛇でありながら悪であり、その性質は呪いである。
視認するだけで臓腑の奥からわきあがるような不快感を感じさせるその呪いは、偶然か、それともレオンハルトが視認したと感じたのか……蛇特有の乾いた鳴き声を迷宮闘技場の中に響かせると。
「我こそはバジリスクを食らいし蛇の王!! 魔王が備えし呪いナーガラージャ!!貴様の前に並ぶは我が呪い、我の虜となった荒ぶりし呪いの眷属たち!!おそれぬのならかかってくるがいい!!」
そう、ナーガラージャは聞くものすべてが震えあがるような大声を響かせたのであった。




