328.残酷な迷宮原理
ざわりと……その言葉にその場にいた者全員が目を見開いた。
あのロバート王でさえも……椅子から立ち上がり、同時にレオンハルトも鬣が一斉に立ち上がる。
「……メイズ……マザー?」
「やはり何も知らされていないか……なら教えてやろう……メイズイーターとは何かをな」
「っ!?」
一瞬、殺気が二つ漏れ出し、二つの刃がオベロンへと走る。
それは、剣を抜いたロバート王と、レオンハルトの二人であり。
ぴたりとオベロンの首元で止まる。
「…………ふー……ふー」
レオンハルトの瞳は血走り、いつもの優しきレオニンの姿は消え、怒り狂った百十の王の姿を連想させ。
対して先ほどまで退屈そうにしていたロバートの剣閃は、オベロンの背後にある玉座を剣圧だけで両断する。
「殺すか? 迷宮は戻らんぞ?」
対して、オベロンはにやりと口元を緩ませる。
「ふーっ……ふーっ」
怒りに息を切らし、レオンハルトは首を左右に振ってその言葉を止めようとするのが見える……だが、その剣を首に食い込ませることなどできず……二人はそっと剣を引き、その間から割って出るようにオベロンがゆるりと僕の前に歩いてくる。
「どういう……ことなの?」
その行動だけで、僕たちが信じてきたものは全て白紙に戻ったと言ってもいいだろう。
レオンハルトが、メイズイーターの存在を知っていた。
そして、迷宮が消滅したというのに……元に戻らないと困る何かがある。
その事実は、その行動から現れた紛れもない真実であった。
「……どういうことですか」
再度問いかけたのはサリアだった。
その手には朧狼と影狼を持ち、ロバートとレオンハルトの両名が放つ殺気をも超える威圧を向けている。
二人の行動は明確なる裏切りを示していた。
オベロンの目的は達したと言ってもいいだろう。
今、ここで何を語られたとしても―――それがどんな突拍子もない言葉でも―――些末事、狂言と切り捨てることなどできなくなってしまったのだから。
「怒りはわかるが落ち着け剣士……ことは君たちが想像しているよりもはるかに重大で……何も語られなかったにしてはことさらに大きなミッションだ……だから落ち着いて聞くがいい。 覚悟は?」
「できているよ……」
ナーガと話した夜……レオンハルトたちを信じたいと僕は言った。
だからこそ、真実を知ったうえで、僕は僕の生き方を決める。
「君がメイズイーターか……そんな気がしていたよ。 君はアンドリューによく似ている」
「よせ」
小さくロバートは震えるようにその言葉を止める。
だが、その言葉に耳を貸す人間はもはや一人としていなかった。
「アンドリュー……なぜ彼の名前が出てくるのです?」
「あぁ、まずはそこからだな……簡単に言うと、アンドリューは元スロウリーオールスターズの一人であり……君の前……先代メイズイーターだ」
「!!?」
目を伏せるロバートとレオンハルト……それが紛れもない答えであった。
「……どういうことです」
「これは、クレイドル。 いや、ミユキサトナカが作ったシステムの一つなんだよ」
「システム?」
「迷宮の終末……彼女、ミユキサトナカはこのシステムを至高の評決とも呼んでいた」
「……至高の評決……一体何のことだい?」
「君は、知っているだろう? 鉄の時代の終わりを」
「……」
以前、ルーシーに教えてもらった世界の秘密……鉄の時代はメイズマスターとメイズイーターの戦いによって滅んだという事実。
「……メイズマスターとは、世界を滅ぼす存在であり、メイズイーターとは、それを阻止する存在だ」
「それは知っているよ……」
「メイズイーターは迷宮を喰らい、成長し……やがてメイズマスターを打倒する……だが、君は感じなかったか? 君は思わなかったか? いつか、やがて……自分はメイズマスターのように、迷宮を作れるようになるのではないか? と」
「!?」
迷宮の壁を壊すところから始まったメイズイーター……やがてその力は、迷宮の形を変えるだけではなく、迷宮の壁を外に持ち出したり……罠を張ることができるように成長していった……考えなかったわけではない……いつか、自分が迷宮を作る側に回るのではないかと……。
「その考えは正解だよメイズイーター……メイズイーターはメイズマスターを喰らい……やがて君自身がメイズマスターとなるのさ」
その言葉に。
「うそ!! 嘘嘘嘘だよ!! そんなのー! ウイル君が、そんな世界を滅ぼしちゃうような危なっかしい存在になるわけないんだよー!」
「言っただろう? これはシステムだ。 メイズマスターとなった時点でメイズイーターは死ぬ……残った、メイズマスターの入れ物だけが、再度メイズエンドシステムの核として活動を始めるだけなのだよ」
「そんな……なぜそんなことを!」
「ふっふふ、簡単な話だ。 文字通りメイズマスターとは世界を評決する天秤なのだよ」
「天秤?」
「行き過ぎた発展はやがて世界を崩壊させる……鉄の時代。 機械の発展が進み、この星は致命的なまでに汚染が進んだ……そうなれば、この星は人の住めない環境になってしまう。だからこそ、我々神は、一度世界の全てを白紙に戻すことにしたのだ……いや、正確にはあれは自滅であったがな……」
「白紙に戻すとは?」
「……迷宮とは聖杯だ……最も巨大で、最もおぞましいシステムにより生み出された……世界を白紙に戻すための聖杯なのだよ」
「聖杯……おとぎ話の話です。 クレイドルが生み出した人々の願いを叶えるためにつくりだされた願望機」
「あぁ、クレイドルが作り上げたのとは違う……ミユキサトナカが考案し、デウスエクスマキナが作り上げ……そしてティターニアがその計画を常に管理している。 原理は簡単だ、膨大な魔力をため込んだ砲身から……メイズマスターは、種族の創造主たる神だけを迷宮に残し、地表を終末魔法・メイズエンドにて焼き払う。その灰と死をたい肥に、神々はまた一から世界をやり直す……実にシンプルな浄化計画だ。神がいかに人の命を左右できるとはいえ、この星の命やマナまでは動かせないからな、適度に発展し、星を害し始めたら……すべてやり直し回復に充てる……」
「て、天秤って!? メイズイーターが勝ち続けたら意味がないんじゃないかい?」
「そこはうまくできていてな……メイズイーターの段階では、外界のマナを自分の力にすることができるが、メイズマスターではその力は失われるんだ」
「外界のマナを?」
「そう、君にはない力だろう? それはマナが枯渇しているからさ……この世界は、魔法の発展が進みすぎた。 本来であれば、メイズイーターはありとあらゆるすべての魔法を操り敵を屠る圧倒的な存在なのだから」
「うそ……」
「嘘なものか……迷宮の壁を操るなど、付属品に過ぎない……迷宮に存在する魔力を吸いあげ、地表のマナを身にまとい、圧倒的な力を振るう……それが本来のメイズイーターだ。 まぁ、おまけのスキルをここまで巧みに操ってきたその機転は称賛に価するよ……そういった意味では、君はそのスキルを最もうまく使えている……だがそれだけだ、この黄金の時代は、君の敗北によって幕を引く」
「……嘘です……マスターが負けることなどありえません」
サリアの言葉に、一度オベロンは眉を顰める。
「……ふむ、君ほどの剣士がそういうならもしかしたら勝つのかもしれないね」
「?」
「実際、君が勝とうが負けようがどうだっていいんだよ……そうなれば、次のメイズマスターは君なんだから……そう、君が世界を滅ぼす人間になるのか、君は世界を救おうとした英雄になるのか……違いはそれだけだ」
「………そんな……そんなの」
そんな言葉を漏らしたのは、ティズであった。 顔面は蒼白、今にも吐き出してしまいそうなほど全身を振るわせている。
「そんなの、ただの殺戮だ」
「違う、これは浄化だ」
「浄化って……ひ、人の命を何だと思っているんですか!?」
その計画に、大人しく話を聞いていたカルラが激昂するように声を荒げる。
僕もそうだ……。 そんな計画が、成功していいはずがない。
「……でも、それだけの大魔法を、どうやって発動するの―?」
「迷宮には、およそ人だけでは扱いきれぬほどの魔力がため込まれる。 この迷宮の中で食物連鎖や、死と生……無限に近い程繰り返される再生と死……繁殖と淘汰が行われ、その死を喰らい迷宮は魔力を増幅させる……メイズマスターはその迷宮が侵されないように守り、飽和状態になった瞬間に……爆発させる」
つまりは、迷宮という存在自体が、マナが枯渇した状態でも魔力を自動的に蓄えられるように作られた蟲毒のような場所……。
「……まって、まってよ……それじゃあ、ロバート王がしたことは」
迷宮の主、アンドリューを倒したものには莫大な報酬と地位を与えるとしたロバート王の言葉……冒険者はその夢を求めて迷宮に潜り……死んでいった。
ロバートを見つめるが、王は黙したまま瞳を伏せている……仮に、スロウリーオールスターズがメイズマスターと戦い、そのシステムを知っているのだとしたら、彼が行ったことは全て逆効果となる。
そう、メイズマスターを倒せるのはメイズイーターしかいないと……王は知っていたのだ。
知っていながら……そのお触れを出したとしたなら。
「ロバート王……貴方まさか、冒険者や……ルーシーやイエティを!?」
「………………………………すべては我の為の、人柱だ」
その言葉に……サリアとカルラが爆ぜた。




