プロローグ 英雄王と胡蝶の夢
「……っ」
暗闇の中、玉座にて眠る王は苦悶の声を漏らし、目を覚ます。
もはやこの場所にとらわれているが如く、この場にて人を思う王にとって……この沈黙は耐えがたいものでありながら、友を失って十数年……王は迷宮の攻略を夢見て……その苦痛を耐え忍んできた。
迷宮を囲う結界……ロバート王の保有する特殊な魔力を用いて作り上げられたそれは、彼の命を削り国を守っている。
当然民はそのことを知ることなく、この玉座から動かない王に対しては愚王と言葉を投げかけている。
だがそれでいいと、ロバートは思っていた。
たとえ王が愚かであっても、民に危害が及ばぬならば……。
それに、友の為に多くを裏切り、自分のわがままを貫き通してきた自分は愚王以外の何物でもないからである。
スロウリーオールスターズリーダー……英雄王 ロバート。
彼は今日も、全身を焼くような痛みに耐え、命を削りながらも迷宮を一人でおさえつけながら……友を待つ。
約束の時は必ず来ると……信じながら。
だが。
「……!!!!」
その日は、いつもとは異なった。
「ばかな……」
なんの前触れも予兆もなく……彼の体がふと軽くなる。
迷宮の結界を維持する為に、自分にかけていた魔法が強制的に解除されたのだ。
全身に走る痛み、苦痛は消え……反面王に絶望が走る。
「……アンドリューが……消えた……一体何が……」
その絶望に王は玉座から立ち上がる。
結界無き今、王を束縛するものはなく脱兎のごとく王は剣をとり城の外へと走り出さんとする。
だが。
「……やあやあ、久しぶりではないか……人の子よ? 随分と慌てているようだが何かいいことでもあったのか?」
不意に、王の背後から声が響き渡る。
何処から入ったのか?
いつからいたのか。
それはわからないが。
それが誰なのかはわかっていた。
「あぁ、本当に久しぶりだ……それで貴様……迷宮に何をした?」
その言葉に怒りをあらわにしながらも、あくまで落ち着き払って、ロバートはその声の主の方へと体を向ける。
そこにいたのは、背中に蝶々の羽をはやした、長髪の男。
アゲハチョウのような模様の背中の羽に、頭には王冠。
白いタイツにそして王族の着る様な豪華絢爛な衣装を身にまとったその男は。
屈託なく笑いながら、嘲笑するかのようにロバートへと浮遊する。
「何って、余の力は知っているであろう? 消したんだよ……ふふっこの私もたまには人助けをしようと思ってね!」
全てはわかっている。 そう嘲笑するように男は鼻を鳴らして笑い。
ロバートはその姿に怒りをあらわにして震える。
「妖精王……オベロン……此度の件は、悪戯では済まされんぞ……」
「オォ怖い怖い……ちなみに、済まされないとどうなるのかな?」
挑発をするような態度に、ロバートは怒りを一度納め。
その感情をすべて殺意へと変換する。
「沈め……痴れ者が」
引き抜かれた剣は衝撃波を放ち……妖精王オベロンが幾重にも張り巡らせている魔法障壁をすべて破壊しつくす。
「ほぅ、結界を張るので魔力を奪い続けられていたっていうのに……これだけの力は出るというのか? さすがはスロウリーオールスターズリーダー……」
そう語りながら、オベロンはレイピアを抜くと。
【其は全て幻想……花の都花の幻惑……フェアリーテイル】
詠唱を唱え魔法をかける。
「むっ……」
辺りに立ち込める花の蜜のような香り。
それはオベロンの魔法であり、同時にロバートの視界には玉座の間ではなく花畑が現れ、同時にオベロンの姿が幾重にも増えて見える。
「……幻術か」
「そうだね、余がもたらす花の蜜の香り、幻惑と魅了、現実でさえも幻想に変え、それを現実とすり替える余のワールドスキル……【現実喰らい】 君もそろそろ疲れただろう? 使命など忘れて幻想に溺れるがいいよ」
レイピアを振り上げ、無数に増殖した妖精王が剣を抜きロバートへと切りかかる。
その剣は無数であり、彼のスキルによりその幻想は全て現実のものとなる。
妖精王オベロン……彼の力は自分の作り上げた幻覚を、現実に置換する能力であり、その幻想は全て彼の思うがままつづられる。
物語の登場人物が、作者に逆らえぬように。
小説の登場人物は、作者によって無数に切り刻まれる現実を迎えることになる。
が。
「……愚かな……結界より先に俺を殺しておくべきだったな……オベロン」
力を取り戻した伝説には……そんな子供だましは通用しない。
たかが即興で作り上げた幻想などでは、彼の悪夢は覚めるわけがないのだから。
走り寄る無数の妖精王に対し、ロバートは一人剣を構え、体を少し沈め。
その瞳を赤く染め上げる。
英雄王ロバート……幾たびの戦場を超え、幾千万の魔法を打ち破ったその力。
その瞳は……作り上げられた幻想を零へと帰す……始祖の瞳。
「次元断ち……」
沈ませた体と同時に、剣は光り輝き……。振るわれた一閃は妖精王でも花畑でもなく。
その幻想を作り上げた空間を両断し、霧散させる。
「!? 次元を裂いた……これが、クレイドルの保有するワールドスキルの内が一つ……」
「そう……始祖の目だ」
切り裂かれた幻想は霧散し、たった一人となったオベロンは驚愕の表情をしながらもその刃を受け入れる以外の選択肢を失う。
英雄王と戦うために用意した障壁は一太刀で切り裂かれ。
彼の持つ最高の技は、彼の保有するワールドスキルにいともたやすく破棄された。
「強いねぇ、やっぱ」
それでもなお、オベロンはロバートへとレイピアを走らせるが。
「……き・え・ろ」
激烈なる踏み込みと同時に振り上げられる一閃。
それにより、音もなくアダマンタイトで鍛えられたはずのオベロンのレイピアは砕けることも折れることもせず……霧散し消滅する。
「……やっぱり……反則だよそれ」
苦笑を漏らし、ロバートにそう笑いかけるオベロン。
「言い訳はそれだけか?」
もはや敗者に対しては、なんの感情も抱かないといったようにロバートは振り上げた刃を持ち替え……上段からオベロンを両断せんと剣を振り下ろそうとする。
だが。
「あぁ、言い残すことはないけど……忠告だけなら……ここで余を殺したら、迷宮は元には戻らないぞ?」
その悪魔の一言により……ロバートの剣はたやすく首元で止められる。
にやりと笑う妖精王。
そう、この戦いや強襲さえも……この妖精王にとっては悪戯の一つでしかないのだ。
そんな事実にロバートは舌打ちを一つ漏らし。
「……何が望みだ?」
そう剣を収めると。
オベロンは話が早いと満面の笑みを零し。
「人を探している……我が嫁、ティターニアがこの国に滞在していると聞いてな……彼女を引き渡せば、迷宮はすぐに返してやろう」
そんな脅迫を叩きつけるのであった。




