エピローグ 迷宮消滅
「はーーなーーれーーなーーさーーいーーー!」
ティズの声が響き渡る、王都リルガルムへと続く街道。
揺れるモハメドのタクシーは行きとは異なりゆっくりと揺れもなく進んでいくが、騒がしさは行きよりもはるかに大きく。
「いいんですー! 私はウイル君のお嫁さんなんだから―!」
「二人とも!? 暴れないでください! マスター、こちらへ」
「くぉら脳金エルフ!? ちゃっかりウイルを奪おうとするなぁ!」
「二人ともウイル君のお嫁さんじゃないでしょー! お膝の上はお嫁さんの特権なんだよー!?」
「どぅああれが認めるか! ぼけぇ! あんなの演技よ演技!? アンタが魔族として狙われないようにするための演技でしょうが!」
「知らないもんそんなのー!」
「暴れないでください二人とも! マスター危険です、さぁすぐに私の胸に!」
「はぁ……遠慮しておくよサリア」
ぎゃーぎゃーとわめきたてる三人、サリアとシオン、そしてティズ。
帰り路の獣車の中で、シオンが僕の膝の上に座ろうとした……そんな些細なことから勃発したこの正妻戦争(命名ティズ)はかれこれ丸一日続いており、止めに入ったリューキとエリシアとフットがサリアの無言の裏拳によりダウンしてしまったため、僕はもはや諦めて成り行きを見守っている。
ちなみに、戦争の火種となった僕の膝の上であるが、現在は誰にも気づかれることなくカルラがちゃっかり枕として使用し、寝息を立てている。
僕はそんな少女のくせっ毛をいじくりながらも、とんでくるリンゴだったり金貨だったりとを、片手で受け止めては、もとに戻す作業にいそしむ。
先ほどから、運転手であるモハメドから迷惑そうな視線を感じてはいるが、当然カルラの寝顔に夢中で気づくわけがないので無視を決め込んで言うというのが現状だ。
聖王都を出てからというもの、飽きもせず丸一日シオンとサリアはとティズは不毛な争いを続けており、さすがの僕も手を付けられず、カルラを愛でることしかできないでいるのだ。
「まったく、シオンもティズも、あの時はああするしかなかったって何度も言ってるだろう ?」
もうすでに何度も言ったセリフを、僕は申し訳程度に復唱するも、三人とも依然無視。
そんなこんなで、僕たちは魔王となったあとでも、いつもと変わらず王都へと戻る。
クークラックスでは、色々なことがありすぎて……そして色々と変わってしまったけど。
彼女たちにはそんなことは関係ないようで、僕はそんないつも通りのみんなに安心をする。
たとえどんなことがあっても、僕がどれだけ変わろうと……ここにいるみんなはきっと、僕をウイルとして認め続けてくれるのだろう。
シオンと同じ立場に立ち……恐怖と畏怖の対象となった今だからこそ改めて痛感する。
変わらない……ということの嬉しさを。
と。
「……ヘイボーイズ&ガールズ、王都が見えてきたぜ……だが……」
ふと、そんなことを考えていると、運転手であるモハメドは少し含みのある言葉を漏らし、同時にその異変に喧嘩をしていた三人組は気付く。
「どうしたのです?」
サリアはそう問いかけ、真っ先に運転席まで身を乗り出し、僕たちも窓の外から顔を覗かせると。
「あれを見てくれ……」
モハメドが指をさした先……そこには剣を掲げた騎士団の姿があった。
掲げられた旗には大きく太陽と獅子の紋章が書かれており、城門の前で何かを待ち受けるかのように待機をしている。
レオンハルト率いる部隊であることは明らかであり、その先頭には白銀の鬣をたなびかせるレオンハルトの姿が見て取れる。
まるで、僕たちを待っていたかのようであり、僕は息をのむ。
「まさか……」
魔王となった今、僕はいつだれから襲われてもおかしくはない。
世界に宣戦布告をしたようなものだ。 国を救ったから大丈夫だと、楽観すべきではなかったのかもしれない。
「マスター……いかように」
サリアはその状態の意味を悟ったのか、剣を抜き殺気を放ち僕に指示を仰ぐ。
シオンやサリアがいれば……負けることはないだろう。
だが、レオンハルトは友達だ……。
「事情を話すべきだ。 危なくなったときはみんなの護衛を頼む」
「……かしこまりました」
「ウイル君……」
不安そうに僕の袖を引くシオン。
きっと、自分のせいでという不安が脳裏をよぎったのだろう……。
「心配ないよシオン……僕が決めた道だ。 だけど、気を付けてね」
「うん……」
「このまま進んでしまっていいんだなボーイ!?」
「う、運転手さんは危険だから、ここらへんで下ろしてもらっても……」
ふとそんな提案をする運転手に僕はそういうが。
「HAHAHA! お前モハメドのタクシーのこと知らないな? モハメドのタクシーは何が起ころうと、目的地には到着するんだぜぇ!」
聞く耳は持たないようで、速度を上げて王都へと近づいていく。
「…………単騎こちらに向ってきます……レオンハルトです!」
と、先頭にいたレオンハルトが一人こちらへと向かってくる。
緊張の瞬間。 確かに、僕たちを相手にするなら大勢で来るよりも、レオンハルト単騎で、一か所にまとまっているところを叩くのが一番効率的だ。
全員が息をのみ……その動向を見守り、サリアはいつ斬撃が飛んできてもいいように剣に手をかける……だが。
「……ウイル殿おおおお!!」
僕の名を呼ぶレオンハルト。
その雄たけびは僕たちに対し敵意を向けている……というよりは。
どこか慌てているような、助けを求めているような声であり。
「……戦う意志はないみたいね……」
「でも、なんだかたいへんそうだねー」
「面倒ごとの匂いですマスター……」
もはやお決まりの展開に、他のみんなの反応は意外と冷たく。
しかし、この馬車の中で逃げるわけにもいかないので、仕方なく僕は一度レオンハルトと話すため、馬車を止めてもらい、外に出てレオンハルトの元へと向かう。
と。
「……ウイル殿……お待ちしておりました」
いつもであればかしこまってねぎらいの言葉だったり前向上を述べるレオンハルトだが。
今日に限ってはそんな一言のみであいさつを終える。
その表情には焦りの色が浮かんでいる。
「どうしたのレオンハルト、随分と顔色が悪いけど?」
「ええ、少し、いやかなり大きな問題が起きまして……伝説の騎士に助力を求めたいとお待ちしておりました」
ただ協力を仰ぎたいだけなら……僕が帰ってから城に召喚をすればよい。
それをせずに僕の帰りを門の前で待つ……ということはそれだけでかなり厄介な問題が起こっているということに気が付く。
「まさか、またアンドリューが?」
伝説の騎士不在の最中を狙ったアンドリューによるリルガルム侵攻。
迷宮教会には、異変が王都に危害が及びそうな際は連絡と街の守護を命令しておいたが、それすらもやられてしまったのか。
僕はそんな最悪の状態をイメージし……身構えるが。
しかし。
「いえ、逆です……………迷宮が、妖精王によって制圧。 消滅しました!」
焦ったレオンハルトから放たれた言葉は……そんな意外すぎる言葉であった。
ブラッディブライド FIN
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