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313.少女は、意思の力で満たされた

「やっぱり……カルラのテレポーターの時と同じで……このトラップイーターは人にも設置できるみたいだ」


そう、ウイルは放ったのは魔法ではなく罠。


落し穴の罠を、ヴラドの顔面に設置をしたのだ。


罠の生成はスキルにより世界に【反映】されるものであり、魔法防御も肉体の強さも関係はない……そのため、何のレジストも受けることなく、いともたやすくスキルの効果の通り、メイズイーターはヴラドの体に落し穴を作成し……見事にヴラドの顔面を穿つことに成功する。


また、損状態が正しいと体は認識をするため……スキルである【痛覚軽減】も【肉体再生】も機能することなく、ヴラドは久しい激痛にさいなまれながら、その場に倒れる。


「カルラ、サリア……無事かい」


顔半分が穿たれた状態で絶叫を上げる吸血鬼に対し、ウイルはその隙に仲間の無事を確認する。


「ええ、私はまだ……この程度。 しかしカルラが」


その声に呼応するように、落下する船の瓦礫から、カルラが姿を現す。


その柔肌には深々と槍が刺さり、血がどくどくと滲み出しているが、その槍を強引に引き抜くと、何でもないといった様子でウイルの元へと駆け寄る。


「私もまだ……この程度、傷の内にも入りません」


その瞳に映る意思は揺らぐことなく、そして少女は決してウイルに嘘をつくことはない。


故に、その言葉は強がりでも何でもなく本心であるとウイルは悟り、剣を握りなおす。


「そうか……悪いけど、二人は下がっててもらうよ」


「何を!? 我々二人とてもて余す強敵です!」


「命令でも……私は、ウイル君の盾ですから……一人で戦わせるなんて……」


「ありがとう……でも」

主の身を案じ、傷つきながらも戦う意志を見せる困った忠義もの二人にウイルは苦笑を漏らし、そう付け加えると同時に。


「一人じゃないよー! ふったりだよー!」


軽快な声を響かせ、上空から一人の少女が陽炎をまとって舞い降りる。


その姿は紅蓮に燃え上る炎のような、小さな角をはやした、赤髪の少女。


その毛先は燃え、その指や体からは炎が舞い上がり、その体から漏れる魔力により、船はその落下を静止させる。


「シオン……?」


「えっへへへー……私の変身は第三段階まであるのだ―!」


機嫌よく、いつものような口調でシオンは語りサリアとカルラにそう自分をひけらかす。


その大仰さや発言はいつものシオンのまま……しかし、その手は、その唇は少しだけ震えており……不安や恐怖の色が見て取れる……。


今までとおなじ結末が、自分を飲み込むのではないか……そんな不安をシオンの中を満たし……彼女を震わせる。


それに対し、カルラとサリアは言葉を失い、目を丸くした表情で顔を見合わせ、しばしの沈黙が生まれ……そして。



「かかっ! かーーっこいいいい!?」


「うらやましいですうーー!?」



同時に瞳を輝かせ二人はシオンの元へと押しかける。


「へ?! あああ、あれ?!」


恐らく、呆れられるか軽蔑されるかのどちらかしかを想定していなかったのだろう。


その姿に少年のように瞳を輝かせるサリアとカルラに、シオンは珍しく気圧される様な戸惑いの表情を見せる。


「……狡いです!? 狡いですよシオン! 三段変形で、しかもだんだんと赤くなるなんて! もうそんなの誰がやったってかっこいいに決まってるじゃないですか!? ああぁいいなぁ! 私も三段階変形したいです!」


「う、ウイル君ウイル君! わ、私も、ナーガラージャでシャキーンってすれば三段階変形できますよね!」


「カルラの場合は人格も変わっちゃう可能性あるからやっちゃだめね」


「え、えと……あのね!? その、この、変身なんだけど……魔法でやってるんじゃなくて、実は私、その……魔族の生き残りだったりしたりしなかったりで……ええと……」


「そうだったんですか、でもそうしないとレベル11であの魔力量は説明できないですものね」


「へ?」


「まぁでも、驚きませんよ今更……そもそも普通の人間で200年生きる種族とか聞いたこともないですし……この世界で聞いたこともないスキルぶっ放してますし」


「へっ!? あれ、あれあれ!?」


もはや驚かれもしないという現状に、シオンはほっとするやら驚くやらでなんとも言えない表情のまま……ぽろぽろと涙をこぼす。


「随分と器用な泣き方をしますねシオン……」


「笑っているのか、泣いているのか、驚いているのか……一つにしたらどうだい?」


「ふふふっ……でもそういう騒がしい所も、シオンちゃんらしいですよ」


そもそもの問題……ウイルが、サリアが、カルラが、ティズが、シオンの出会った大切な仲間たちが……シオンが魔族だというだけで彼女を見限るはずがないのだ。


「……君がどこの誰だって……過去にどんなことをしていたって……僕たちは、今の君が大好きだから一緒にいるんだ……だから、胸を張って僕たちの仲間だと言えばいい。

君はシオン……僕の仲間で炎熱魔法のスペシャリスト……それ以上でも以下でもないんだから」


「もしかして、今まで自分のことを語らなかったのはそんなことのせいだったのですか!?」


「う、うええぇえぇ!! そんなことっていうなぁぁ! 私これで13回は殺されてるんだからねぇえぇ!」


泣きじゃくりながら、サリアの言葉にポカポカと殴り掛かるシオン。


「あ、そのごめんなさい!? そういうつもりでは!」


「もおぉぉ!! 私の、私のどきどきをかえせー!」


そこにあるのは安堵と歓喜。


自分の取り越し苦労を安堵しながら……どうしてもっと早く彼らに打ち明けなかったのかという後悔から、シオンはしばらく涙を流し……そして。


「す、すみませんシオン……ですが、もし悩んでいるなら、もっと早く相談を仕手ほしかった……貴方は、私に光をくれた恩人なのですから」


「そうですよ! 魔族だからどうしたんですか! 孤児で、奴隷で、迷宮で生れて迫害されていた私の手を取ってくれたのはシオンちゃんなんですよ!」


大切な人たちに包まれ。


「……うん……ごめんね皆……ありがとう」


こぼれるのは自然な笑顔は、心からの幸福であることは言うまでもなく。

ウイルはその姿を見てそっと少女の頭を撫でる。


「最後の仕上げだ……シオン」


「うん……こんだけひっかきまわしてくれたお礼は、百万倍にして返してやるんだから―!」


生まれるは……新たなる決意。


ここに少女は真なる絆を得て、逃走は終了を告げる。


生きて……彼らと共に歩むため、魔女は其の炎熱を滾らせる。



      少女は、意思フォースオブウイルで満たされた。


「ぐっ……がっ……シオン……我が妻か」


迷宮の大穴は修復に時間がかかるのか、はたまたウイルの消滅のスキルが力を発揮しているのか、まだ薄く傷の残る瞳をギラつかせてにらみつける。


「……誰があんたの妻かバカヴラド、もう逃げも隠れもしないんだからね、私の全力全開フルパワーで! 地獄煉獄さらに奥までぶっ飛ばしてやるから覚悟するといいよー!」


それに対し、杖を構えるシオン。


その言葉は偽りでも虚栄でもなく、まさに文字通り通常の数倍の量の魔力が放出されている。


「ふっふふっ……久しいな、あの雪の日を思い出す……またあの時のように全てを焼き尽くすか?」


しかし、ヴラドの傷も完全に修復をしたのか、浮かべていた苦悶の表情はすでになく、口元を緩ませ、シオンへとそう問いかける。


「ううん、あの時とは違う! もう私は何も恨んでいない……死のうとだって思わない!みんなが、私を受け入れてくれた!」


「幻想だ……人はそうやってお前を利用し、いずれ切り捨てる!! その絶望の輪廻からは、お前が魔族である限りは抜け出せぬのだ! だからこそ我と一つに成れ! 吸血鬼という種族の中でお前は仲間を得る、魔族こどくを捨てるのだ!」


牙を剥き吠えるヴラド、その姿はもはや理性など捨てた獣であり、咆哮を上げその身から血の刃や角をはやす。


その姿はもはや人型ではない化物のそれであり、ようやく彼も本気を出してシオンとウイルを狩るつもりでいることを理解させる。


「来るよ、シオン」


「うん……大丈夫! もう何も、怖くない! 君がいるから!」


その言葉に、ウイルは力強く頷き、シオンの表情を見やり。


シオンもまた、頬を染めてウイルの顔を見つめ返す。


と。


「ちょっとちょっと! 私のこと忘れてんじゃないわよウイル!」


意気込み、戦闘準備を開始する二人のもとに、慌てた様子でティズが舞い降り、キーキーといつも通り騒ぎ立てる。


「あれ? ティズどこ行ってたの?」


「どこ行ってたもそこいってたも! アンタがこいつと戦うなら私がいないと始まらないでしょうに!」


「いや、むしろ危ないから下がっててほし……」


「あん?」


「わー、ティズがいてくれると頼もしいなー」


「相変わらずガードが堅いねーティズちんは―!」


「うるっさいわよ角女! 言っとくけど火力調整見すんじゃないわよ!」


「分かってるよー、ウイル君を焦がしたりなんて……」


「違うわよお馬鹿」


「ふえ?」


「この馬鹿ストーカーの目が覚めるくらい、手加減なしのどぎついのかましてやれって言ってんのよ! 爆発娘!」


背中を押すティズ……。


当然シオンが魔族であることなど彼女は気にするはずもなく。


シオンはその言葉に。


「当然! 私の【大魔導炎武】見せてあげるんだから―!」


力強く頷き、戦闘開始を自ら告げるのであった。



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