311.ウイルがいるから大丈夫
「どうやら、あっちも決着がついたみたいだねー」
「そんな……レヴィアタンが」
そう口元を緩めるシオンとは対照的に、ジャンヌは驚愕に声を漏らす。
当然か、終末を告げる魔物、自らの魔力を捧げ召喚した魔神が滅ぼされたのだ。
驚かない方がおかしく、同時に少女は自らの敗北を悟る。
「……やっぱり、ダメなのね、私では……」
契約者を失い、シオンはジャンヌの魔力が消え去るのを悟る。
「ジャンヌ……」
「どうしても、私を止めるのね……シオン」
「うん……」
「それはあの子のため? あの子の正義を信じるため?」
それはジャンヌの叫び。
そこに自分の声があるのか、そこに自分の考えがあるのかをジャンヌは問う。
自分がなかった……ただ逃げ続け、問題を先延ばしにしてきた少女に。
ジャンヌは皮肉を込めて、そうシオンに問うが。
「違うよ、ウイル君は関係ないの」
「関係ない?」
「うん、はっきり言って町の人とかもどうでもいいの。そもそも、私たちのことを勝手に呼びつけて、おもちゃにして殺そうとした奴らの同類だよ? 助けようとなんて思うわけないじゃん」
「……じゃあなんで、こんなになってまで」
「だって、ここで全員殺しちゃったらさ……ジャンヌ後悔するもの」
「え?」
シオンは苦笑を漏らしながら笑い、草原に一人膝をついて座り込むジャンヌの肩を叩く。
「私もそうだったから……私を殺そうとした人たちを吸血鬼にされて……ただただ無駄なのに、全てを焼き尽くした……おかげでヴェリウス高原あんな風になっちゃってさ、本当にバカだよね私……とっても後悔したよ……大切な人たちの思い出まで、私は灰にしたの。美しかった思い出も、風景も、温もりも……全部全部灰にして、呪いを振りまいた……今ジャンヌがしようとしていること」
「……私には、楽しい思い出なんてない」
「そんなことない。 少なくとも、人を助けているジャンヌの顔は、みんなを平等にしたいって頑張るジャンヌは……輝いていたよ、それが嘘じゃないことは私にはわかる」
「……どうすればいいっていうの……みんなみんな死んじゃった……私が殺した……もう戻れないの……二人で楽しく笑っていたあの時も……フォースと一緒に過ごした時間も、この街でのことも何もかももとには戻らない……」
「うん、そうだよ。 もう元には戻らないの」
「だったら」
「だから、炎とは違って、二度と消えないんだよ」
その言葉に、ジャンヌはうなだれる。
怒りも、絶望も痛みも消えたわけでもなく……。
失ったものすべてが幻肢痛となって彼女を今も襲い続ける。
「……私は、どうすればいいの?」
「答えは分かっているはずだよ、自分のやりたいようにやればいい」
「……」
「私はそれを否定しないし、ジャンヌが心から願うことなら……私はそれを応援するよ……そして」
そっと、シオンは雨の止んだ草原で少女の前で膝をつき……頬を撫でる。
まだ、ここだけは雨は止んでいないから。
「友達が泣いているなら……私は何があっても……助けてあげる。 たとえ、全てを敵に回しても……もう怖くないもの」
それは、彼にもらった大切な勇気。
それは、彼にもらった偉大な覚悟。
成長したわけでも、自分が乗り越えたわけでもない。
みっともなくて、とても自慢できたことではないが。
彼が光をくれたから……シオンはその光をジャンヌへと分ける。
「……素敵な人に出会えたのね……シオン」
「うん。 私、いまとーっても幸せなの……だけどそれは、私だけが独り占めしていいものじゃない。 私を彼が幸せにしてくれたなら、私はもっとたくさんの人を幸せにしたい……。幸せのおすそ分けだよー」
「……貴方、らしいわね……貴方のいう通りね、後悔しか残らない。みんな、私が殺してしまったの」
「大丈夫だよー」
「え?」
後悔し、沈むジャンヌにシオンはにっこりと笑みを浮かべ。
「私たちにお任せお任せ―! 根拠も何もないけどね!」
赤い髪をたなびかせながらシオンはそう言い放つのであった。
◇
「ふん……クレイドルの加護は我には色々と都合が悪いものがあるからな、排除させてもらったぞマキナ」
「ぐぬぬ、まさかステルスミッションも可能だとは、マキナ予想外だぞ」
「まぁな、レヴィアタンを打ち倒すとは予想外であったが、もとより我の目的はこの街の住人すべての殺害だ。 これにて目的は果たしたということだな」
「けーっ! 神様とか言うくせにみみっちいことしちゃってまぁ! 男ならもうちょっと堂々とできないのこの色白大根顔!」
「相も変わらず毒舌よなティズ」
「あによ、アンタみたいな知り合いなんていないわよ! それとも新手のナンパのつもり? あいにくだけど私にはアンタの一億倍カーッコいい旦那がいるんだから! おととい来るついでに次元のはざまに飲み込まれて彷徨い続ければいいわ!」
「つれないなぁ……これもすべてはゾーンのせいか……」
「無駄話するつもりなら、とっととこの船を明け渡して飛び降りてもらっても構わないか? シンプソンいなくなってからマキナの負担激増! まじ大変だから! こうして話すのもつらいから」
「ほう、我を前にして、まだこの土塊を維持するつもりなのか? レプリカの分際で随分と舐めた真似をする」
「マキナはじんめー最優先だからな」
「ふっふっふ、それならその在り方だとしても失格だろうよ、現に大切に抱えていた人間たちは皆わが眷属となった、仲間であるクレイドルの寵愛者も守れていない」
「んー、そこは確かにマキナの反省点。 だけどお前にマキナもティズもリリムも殺せないぞ?」
「ほう? 自信過剰か? お前が私を御すると?」
挑発ともとれる発言に、眉をひそめてヴラドは口元の牙にて威嚇をするが。
マキナとリリムは一歩後ずさりながら……一度船の下を見ると。
「いやいや、もっと恐ろしいものだぞ」
「!?」
同時に二人とも船から飛び降りる。
「きゃあああぁ!?」
自ら飛び降りたとはいえ、高度百メートルからの落下などそうそうあることではなく、リリムは悲鳴を。
「あっはははははは!」
マキナは高笑いをする。
上空百メートルを優に超えるその高さ。
堕ちれば命はなく、自殺にも見えたその飛び降りであるが。
大地に衝突をするよりも早く。
「メイズイーター!!」
落下をしたリリムとマキナは地面から不意に現れる球体の迷宮の壁に、文字通り包まれる。
マシュマロよりも柔らかく、決して壊れることのない。性質を変化させた迷宮の壁。
そのうえでマキナとリリムは三度はね、落下の衝撃が完全に消え去ったと同時に、ゆっくりと壁は収縮していき、マキナたちはようやく大地へと足をつく。
「お疲れ様、リリム……怪我はない?」
そこにいたのは、いうまでもなく英雄であり……高所からの落下でまだ足が震えているリリムの手を取って、ウイルは助け起こす。
「あ、う、ウイル君……ありがとう」
そんなウイルにリリムはどこか恥ずかしそうに頬を赤くしてうなずき、同時に。
「おーウイル―! さすがだなー!」
その横腹に、マキナは抱き着く。
「よしよし……二人ともよく頑張ったね。あの魔法はリリムのでしょ?あんな魔法も使えるなんて……流石はリリムだね」
「そ、そんな……えへへ」
「なんだ? ラブコメか? もしかしてマキナお邪魔? やらかした?」
「そ、そんなことないよマキナちゃん! マキナちゃんもすごい頑張ってたものね」
「おーそうだぞ! 褒めていいぞ!」
「そうだね、みんなを守ってくれたんだね、リリムもティズも……ありがとう」
リリムを助け起こすと、ウイルはにこりと笑い、マキナの頭を撫でる。
「あぁ~もっともっと!」
マキナも尻尾があれば振りそうな表情でウイルに甘え、ウイルもそれにこたえるように今度は両手で頬と頭を子犬をかわいがるように撫でまわす。
「うふふふふふぅ~」
「……わ、わふ……」
リリムの本能的な何かが刺激された。
「……ウイル様、おふたりの無事の帰還を喜ぶ中水を差すようですが……まだ脅威の排除は終わっておりません」
そんなウイルをいさめるように、霧の中からゆっくりとエルダーリッチーは現れると。
「おー、なんだか骨ばった人がいる!」
マキナは物珍しそうな表情で瞳を輝かせ、ウイルの手を逃れるとエルダーリッチーの上によじ登り、カサカサになった肌をぺしぺしと叩く。
「カサカサ―!」
「これはこれはマキナレプリカ様、ご機嫌麗しゅう……母君には大変お世話になりました」
「およ? お母さんの知り合い?」
「ええ、何百年か前に……」
「それはそれはー!」
「なんだか随分と雰囲気が変わりましたね、エルダーリッチーさん」
奴隷解放の為に一緒に行動をしていたリリムは、何か様子の変わったエルダーリッチーに対してそう問いかけると。
エルダーリッチーは一度リリムに対して深々と頭を垂れ。
「その件に関しましては数々の無礼お許しを奥方様……あの時は、対等な関係でなければ目的を達成できなかった故致し方なく」
「奥方様?」
エルダーリッチーの言葉に、リリムは小首をかしげると。
エルダーリッチーも相手の疑問符に気が付いたのか、驚いたような表情をし。
「?おや、まだ婚姻を結んでいないのですかウイル様……私はもうてっきり」
そんな爆弾発言を投下した。
「ここここ!? 婚姻ンンンンン!?」
「なっなな!? 何を言ってるんだよリッチー!」
「ふっ……なるほど、無粋なことは申しますまい」
「言っちゃってるからね!?」
「そそそ……そうですよエルダーリッチーさん!? わわっ私なんかまだまだウイル君につりあうような女じゃないですし!? それにサリアさんやカルラちゃんだっているし……って、あれ? そういえばおふたりは?」
「そういえばティズねーちゃんもいないぞ?」
「ティズは知らないけど……あの二人なら」
ウイルはそう頭上を指さすと。
同時にマキナの作った箱舟が大きな音を立てて両断され、切り落とされた部分の船が粉々に砕け散る。
「「なんだあそこか」」
◇




