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310.これはシンプソンですか?いいえ、それは吸血鬼です。


「ちょっとちょっと、リリムさんどういうことですか! 神物語であれだけの槍を用意したのは私ですよ!?」


「ええ、ですがとどめを刺したのと頭を潰したのは私です、シンプソンさんは下半身だけプレゼントしますよ」


「下半身鱗ぐらいしかないでしょう!?」


「アンタが言い出したことじゃない、諦めなさいよシンプソン……どちらにせよアンタの槍だけじゃ死んでなかったんだし」


「ぐぐぐぐぬぬ……」


戦いを終え、アンゴルノアは空に停滞しながら目的の達成を果たし、ゆっくりと後退を始める。


案の定あれだけの戦いを経たせいか、見物人であるピエールとジョフロアたちは皆が皆その場で気絶をしており、呑気な物ねとティズは一人ひとり頭を蹴っ飛ばすと、ひらひらとみんなの話の輪の中へ戻っていく。


「うむ、終末は乗り越えたからな。 アンゴルノアの役目は終わりだ」


「この船、どうなるんです?」


「たぶん乗客全員すっごい船酔いして大変なことになってるから、お城に戻してしばらく寝かせてあげるぞ。 使ったら元に戻す! マキナ偉くね?」


「こんな状態からでももとに戻せるなんてさすがは神様ですね」


「まぁ、レプリカだけどな……街の方も落ち着いたみたいだぞ? ゾンビたちがウイルたちの所に向かってる」


「おぉ、本当ですねぇ……後はあっちの爆炎が鳴りやめば終わりですけど」


「んー! それは大丈夫だぞ、レヴィアタンからジャンヌは魔力を借りてたから、レヴィアタンが死んで座に戻れば、ただのすごい魔法使いに戻るだけだ、万が一にもシオンおねーちゃんが負けることはない」


「そうですか、それではこの件は一件落着ということですね」


「良かった……私も頑張ったかいがあったってものだよ」


「まぁ、ちょーっとは認めてあげてもいいわ。 ちょーっとね! だけど忘れちゃだめよ、アンタが串刺しになるのを防いだのは何を隠そう わ・た・し・の! ウイルなんだから!」


「相変わらずですねえティズさんは」


「まぁ、そういうところもマキナは好きだぞ!  今回はちょっとむかっ腹来たところが多々あったけど、ようやくこれで……」


一件落着。


そうマキナが言おうとした瞬間……。


ふと、扉が開き、一人の人間が現れる。


顔色は悪く、口からは何やら黄色いものを噴き出した女性……十字を手に持ち、ふらついた面持ちで甲板に現れたその女性は、船の中にいて助かった市民の一人であった。


「あらら、マキナさんのいう通りやっぱり船酔いが酷いみたいですねぇ、とりあえず一人金貨一枚で治療を……」


そんな様子の女性に対し、シンプソンはいつもの通り治療を行おうと女性へと駆け寄るが。


「シンプソン!? それはだめだ!」


「へ?」


振り向いたシンプソンに対し、女性は牙を剥く。


「がああああああああああああああああ!」


「ちいっ!」


開かれた口には大きな牙が二つ……そう、その女性は吸血鬼となっていたのだ。


「ひいいいぃ!?」


一難去ってまた一難。 噛み付かれそうになったシンプソンであったが。


マキナが召喚し放たれた銃の一撃により、女性は眉間を貫かれビクビクと痙攣をして動かなくなる。


「ちょっ!? 死ぬところだった!? 生き返れなくなるところでしたよ!」


騒ぎ立てるシンプソン。


しかし、他の乗組員は全員その様子に顔を青ざめさせる。


全員無事であったはずの船内で、吸血鬼が現れたのだ。


その結末は火を見るよりも明らかであり。


「なんで……どうして」


リリムの素朴な疑問を口にした瞬間。


「この街には罰を受けてもらう……皆例外なく一人残らず……それが我が妻の願いだ……そのためには、お前の存在は邪魔だからな、消させてもらうぞ! クレイドル!!」


シンプソンの背後より、霧となっていた吸血鬼が現れ。


その首筋に噛み付く。


「あっ!?」


悲鳴など上げられるわけもなく……。


抵抗などする間もあるわけなく。


シンプソンは一度驚愕の表情を浮かべたのち……人の生を終える。


「シンプソン!!」


悲鳴に似た絶叫。


されどそれはもはやどうしようもない結末であり。


「ふん、これで希望は潰えたな……どうする? デウスエクスマキナよ」


投げ捨てられ、箱舟から落下するシンプソン……。


それを合図にと言わんばかりに……倒れた吸血鬼の屍を乗り越え、

199人の吸血鬼が、真祖に寄り添うように這い出でる……。


「ッ……これはちょーっと……まずいかも」


希望へと至るアンゴル・ノアは……いつしか、絶望から逃れることを赦さない檻へと変貌していた。


                      ◇


勇者一閃ブレイブワン


「うしっおーわりっ!」


リューキのそう軽い言葉が響き、同時に気軽に振るわれた刃は町を両断し、吸血鬼の群れを吹き飛ばし。


【縛り白糸!】


エリシアが魔法を放つと、魔法で編まれた糸のようなものが器用に一つ一つ吸血鬼たちの体にまとわりつき、行動を完全に停止させる。


斬っては縛り、射っては縛り。 繰り返すこと約一時間。


ゾンビたちの援護があっての快挙であるが、それでもリューキたちは、全ての脅威を排除することに成功した。


【うー……う゛―……あ゛―】


ゾンビたちは勝どきを上げているのか、それともただお腹が空いただけなのか、奇妙な奇声を次々にあげる。

「うむ、見た目は地獄絵図だがミッションコンプリートだ」


「どう見ても救われているようには見えないところが難点よね」


街は全てゾンビが制圧しており、吸血鬼たちはエリシアの魔法によりすべて拘束をされている。


「そういうなって、こんなにも短時間で街を取り戻せたのもゾンビたちのおかげなんだぜ? 見た目どうこうで文句を言ったら罰があたるぞ」


「罰当たりの権化のような人間がよく言うわよ……神様のお膝もとに放火をしたのはどこの誰だったかしら?」


「俺は振り返らない主義なんだ。 若くあるためには振り向かない事、細かいことは気にしないことだ」


「そうか、実はこの前お前が楽しみにしていたプリンを食べたのは私なんだが」


「よし殺す!」


「バリバリ気にしてんじゃないの馬鹿リューキ」


ぽくりと杖でエリシアはリューキに突っ込みを入れる。


「お前だって、俺がお前のプリン食った時磔にして火あぶりにしたじゃねえか」


「アンタが食べたのは銘菓フワフワ入り高級ハニーホイッププリン! それは死刑でしょ

、寸止めで許されたこと、逆に感謝してほしいぐらいだわ」


「火あぶりの寸止めって何だよ!? じっくりこんがり焼けただろあんとき!?」


「あれは傑作だったな」


カラカラと笑いあいながらじゃれる三人。


警戒を怠っているわけではなかったが、それでも絶好のこの隙に、茶々をいれるものはおらず、この戦場は完全に制圧されたことを物語っている。


「しかし、真祖が先導しているのかと思っていたが、拍子抜けだな」


「まぁ、トラブルがないっていうのは良いことじゃないの。 怪我なく無事に街を取り戻せたんだし」


「それもそうだな……、おーしゾンビどもー! そいじゃ撤収の準備始めろよー」


「あ゛――」


「うんうん、ゾンビだけどもいい返事ね」


「リューキも爪の垢を煎じて飲んでみたらどうだ?」


「うん、ゾンビになるよねそれおれ」


ぞろぞろと撤収をするゾンビたちの最後尾を歩きながら、リューキたちは屈託なく軽口をたたき合いながら、合流地点、ウイルたちの元へと向かう。


と……。


不意に上空からぐしゃりという音が響く。


「なんだ? 敵襲?」


「いや、気配察知に反応はない……」


聞きなれない肉がつぶれる様な音に、リューキたちは疑問符を浮かべて振り返り、あたりを見回す……と。


「あっ」


そこにはシンプソンの死体が転がっていた。


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