308.ストレス発散
「……さて、津波はこれで街を飲み込むことはなくなりましたが……その後のあれはどうしますか? マスター」
ツナミをしのぎ切り、水嵩も減ってきたクークラックス王城前。
そんな光景を望みながら、サリアは一言僕にそうつぶやくように自らの主へと問いかける。
背後からはシンプソンの声が高らかに響き渡る巨大な空飛ぶ船。
目前には、巨大な蛇のような体を持った化け物がゆっくりと近づいており。
ウイルはその状況に少し戸惑いながらも、隣に立つエルダーリッチーを見やる。
「さすがにあの巨大な船の登場には驚かされましたが……しかしやることは一つでしょうに」
「まぁそうだよね」
あまりにも巨大すぎる敵を前に、ウイルは少し気圧されてしまっていたが、それでも今回に限ってはやることはシンプルである。
「サリア、腕の調子は?」
「皮肉にも、ジャンヌにかけられた魔法のおかげで傷は癒えています……いつでも全力であなたの刃になることができるでしょう」
「そう……カルラは?」
「いつでも……」
「そっか……あれ、倒せる?」
「「お望みとあらば」」
自らの主人の言葉に、二人はその場で忠誠を示すポーズをとる。
ウイルも、サリアも、カルラも……そしてエルダーリッチーでさえも……。
あの化け物に遅れをとるという映像を、誰一人として浮かべることはなかった。
サリアはただ二刀を抜き。
カルラはそっと、身構える。
「……様子見、手加減など必要ないです……全力を、ただまっすぐにぶつける……それだけでいいです」
「ええ、とてもシンプルで、それでいて爽快」
正直、この国でのいざこざは彼女たちにとっては常に煮え切らず、煩わしい思いの連続であった。 シオンの事、魔族の事……不愉快極まりない行いに、国の違い思想の違いという難しい出来事に、ストレスを積み重ねていたのは言うまでもない。
そう……つまりはそういう事だ。
彼女たちにとって、目前の終末であっても、ストレス発散のためのイベントの一つでしかなりえないのだ。
「やれやれ……やはりあなた方はいつみても恐ろしいですよ……国一つくらいだったら簡単に滅ぼせる代物なんですけどねぇ、あれ」
その光景にエルダーリッチーはやれやれと肩をすくませ。
「確かに、でもこれ以上心強い仲間はいないよ」
ウイルも同意をする。
「ですね」
にやりと笑うエルダーリッチー。
それが合図となったのかはわからないが。
「疾!!」
その言葉を合図に、サリアとカルラの二人は魔弾の如く、目前の終末へと疾駆した。
◇
【あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?】
目前に迫る不遜。
その二つの影はあろうことか、自らに盾を突き、あまつさえ攻撃を仕掛けようとしている。
神に等しき力を持つ存在であるレヴィアタンにとって、その存在は不遜であり不敬であり……。
踏みつぶすしか許しを得られないほどの度し難いごう慢さを持った矮小な羽虫である。
【ああああああああああ!】
轟音を喉笛からかき鳴らし、終末レヴィアタンは目前にせまる矮小な虫にその偉大さを見せつける。
放たれるは、魔力によって練り上げた二つの水の槍……。
槍とは言え、人間程度には大津波に等しきその二槍。
天地を震わせ、この世界の理をも凌駕するその存在による理不尽なまでの暴力と凌辱。
その圧倒的な一撃により愚者は後悔と絶望の声を上げて消滅をする。
その愚かなものの後悔の悲鳴と命乞いこそが、その不敬に対する怒りを和らげる……。
そう、和らげるはずだった。
「いけますか? カルラ!」
「ご心配なく!」
走る二つの魔力の塊に対し、サリアは剣を抜き、カルラはその腕に燐のような光を宿らせる。
【奥義……】
【六花……】
放たれる刃は三連
拳は六花。
その一撃はもはや神の怒りなど恐れることもなく。
ただただ一つの障害として打ち破る。
【燕返し!!】
【覇王撃!】
水の槍は霧散し、むなしく水滴となってあたりへと飛び散り……レヴィアタンは目前の敵が自らの命を脅かしかねない敵であることをようやくそこにきて認識をする。
神をも殺す異形の者……もはやこの者たちを、ただの塵芥とみなし行動をすれば、命を絶たれるのは己であると……レヴィアタンは理解をし、同時に身構える。
全身全霊で敵として排除する……そう、この時になってやっと、レヴィアタンは本気を出すことにしたのだ。
終末を、世界をも飲み込む力をもって、敵を排除せんと、魔力を練り上げ迎撃に備えようとする。
判断は正しい……だが。
レヴィアタンは少しばかり、本気を出すのが遅すぎた。
何故なら。
【テレポーター!!】
魔力が練り終わるよりも早く。
その少女二人は、レヴィアタンの眼前へと現れたからだ。
【!?】
慌て、練り上げた魔力により迎撃をはかるレヴィアタンであるが、もう遅い。
「私の、内にいる獣は止められない!! オーバードライブ!!」
「脱衣強化!」
魔力が感じられなかった少女の内側から、暴発するように燃え上る膨大な魔力が感じられ、同時に目の前の黒衣の少女は、柔肌をさらした瞬間にその威圧が比べ物にならないほどに膨れ上がる。
もはや、その姿は神であっても油断などできる者でもなく。
そんなつわものを、自らの懐にいともたやすく侵入させてしまったことを、レヴィアタンはその長い生の中で……最も深く陰鬱に後悔をし。
【ああああああぁ……】
その迫りくる明確な死に、命乞いに近い嗚咽を漏らす。
むろん……そんなもの、届くわけもないのだが。
【黒龍葬送奥義……】
【全方位の一切如来にして礼し奉る!!】
切れ味の釣り上げられた黒と白の爪は……レヴィアタンの喉笛を狙い走り。
不動の拳は燐を燃やし猛々しく燃え上がり、レヴィアタンの骨を焦がしつくす。
【双爪 迫撃!】
【火界呪・炎塊弾!】
神をも喰らう黒龍を屠る刃。
そして、神をも裁く鬼神の一撃。
その双方の一撃はまさに神殺しの一手であり……。
レヴィアタンはなすすべもなく、その一撃により背に生えた力の象徴……両の羽を切り落とされるのであった。




