307.オモイヤリに真心を込めて
飛び上がった船は、嵐にも似た豪雨をもものともせず、まるで災厄に向かうかのように終末……アクエリアス……魔神レヴィアタンへと向かっていく。
「何をしているんだシンプソン!? せっかく飛び上がったのならばすぐに逃げ出すのが普通だろう! 神がこの船を作り我々を助けたのならば、この船に乗り合わせた200人こそが、神に選ばれた人間であるということだろう!? それがなぜ、レヴィアタンへと向かっていくのだ!」
怒鳴り散らすピエール……その言葉にシンプソンはうっとうし気に一度ため息をもらすと。
「仕方ないじゃないですか、神物語はあくまで物語を再現するだけの能力、お話がレヴィアタンへと立ち向かう物語ならば、この船も当然レヴィアタンへと向く」
「それでは意味がないだろう!? 水に飲みこまれ、レヴィアタンに殺されるだけじゃないか! そんな役目を我々が追うわけにはいかない! 我々は選ばれた」
「ええ、選ばれた戦士です、ピエール……あなたは神に選ばれ、魔神へと挑む権利を得られたのですよ。 勿論、信仰足りなければ、見放され殺されるでしょうがね……しかし見たでしょう? クレイドル神は人を愛し人を作った寵愛の人だ。 私の信仰に応え、そしてこうしてチャンスを、答えをくれた。 つまりあなたが真に神に愛されたものだというのならば、このレヴィアタンを打ち倒すことなど至極簡単ですよ! ええそうでしょう? 大丈夫ですよきっと、だってあなたは、神の為にあれだけ尽くしてきたって言ってたではないですか?」
シンプソンは皮肉を交えてそう笑うと、同時にピエールは顔を青くしその場に座り込む。
「……なによ、下種なことしてるって自覚はあったのね」
その反応に、ティズは怒りを通り越して飽きれたというような表情を漏らし。
「人は、どこまでもどこまでもつけあがるものだ……だけどつけあがったその途中で、人をどれだけ傷つけたのか……その数で人の価値は変わる。 そして、絶望の淵に立たされた時、自分が踏みつけてきた人間の姿を思い出すんだ……」
「そのまま引きずり込まれるか……後ろに何もいなければ、そのまま立ち向かえるというわけだね?」
「もしくは、目先の欲に目が行って後ろを振り返らないやつとかな」
その苦笑は、高らかに笑うシンプソンに対して向かて放たれたのは言うまでもなく。
「違いないわね」
ティズもその言葉を鼻で笑い、目前の高波とアクエリアスを見る。
と。
「メイズイーター!」
目前の草原から声が響き、同時に津波の目前に巨大な壁が二つ鋭角に作られ、その波を阻む。
「なっ!?」
当然、聖王都へと牙を向いていたツナミはその壁に阻まれ進路を変え、同時にその流れた先で姿を消していく。
「……メイズイーター……。 どうやらウイル君がツナミを何とかしてくれたみたいですね」
「ふっふふふふはーーーーははは! やっぱりねさすがねパーフェクトね! わ・た・し・のウイルはやっぱりこれぐらいの逆境一人でも跳ね返してしまうのよ! 見なさいよ褐色ロリ! ウイルはすごいんだから!」
「おう、確かにすごいな、さすがウイル!」
「あれ? これこの箱舟つくった意味ないんじゃないですか!?」
「まぁ、どちらにせよあの巨大なウミヘビの頭に一撃ぶち込むには、空でも飛ばなきゃやってられないでしょうし。 このまま一撃を浴びせに行くわよ!」
「おうさ、箱舟の力を思い知らせるぞ! マキナすっごいんだぞ!」
シンプソンの叫びに対し、ティズとマキナは高らかに笑いながら勝利を確信しつつ、その拳を振り上げ高らかに戦いの歌を歌う。
「では、行きますよお!」
豪快な歌を歌いながら、嵐に向かう旅人たちは、シンプソンを船頭に荒波を超えて絶望を打ち砕く物語の続きを歩む。
【神をも穿つ神槍よ、我が身我が全霊をもって終末へ抗う意志を示さん! 其の歩みたたえるならば今ここに一本の矛を我にたくさん!】
【続けて! 神物語!】
両手を天高く掲げると同時に、シンプソンの言葉に呼応をするように天から一本の巨大な槍がアンゴルノアめがけて走り、雷のような光を光らせ、シンプソンの眼前数センチの所に落下し甲板へと突き刺さる。
その槍の大きさはシンプソンの身長の三倍はありながら、あれだけの速力をもって刺さったのにも関わらず船の甲板以外一切を傷つけることなく綺麗に刺さった状態でそこに刺さっているのは、まさに神技の一言に尽き、その光景に誰もがこの槍が神より賜ったものであることを悟る。
あのピエールでさえも、目前の行動に自然に神に感謝の祈りを捧げてしまうほどだ。
「ぎゃあああぁ!? ちっていった!? 顔に掠りましたよ!? クレイドルの駄女神!? もうちょっと安全な場所に落とすとか配慮が回らないんですか!?」
「いいじゃないか、どうせ死なないし」
「お金が減るんですよ!」
天からの恵みに対して悪態を垂れるシンプソンをよそに、リリムはとことことその槍に近づいていき、匂いを嗅ぐ。
「……ふむふむ、トネリコの木の柄に刃はオリハルコンかぁ……特にエンチャントはされてないし、何だろう、良くも悪くもただの槍って感じね?」
「それは仕方ないでしょう、クレイドルは平和の象徴でもあります……彼女が生前に持った武器といえば、天地乖離の剣【グラットンソード】か、儀礼の際にクレイドルが用いたとされる【オモイヤリ】のどちらかしかありません……天地乖離の剣はさすがにこの状況で放つのはまずいでしょうし、代わりに【オモイヤリ】が落ちてくるのは確定的に明らかです」
「そうなの……でもどうするの? 確かに大きさは問題ないかもしれないけれども……その、はっきり言ってこれだけじゃああのでかぶつをどうにかできるとは思えないわよ?」
首を傾げるティズに対し、リリムは少しだけ考えたのち。
「そうか、そういう事か」
その手をポンと打って納得したような答えを出す。
「どうしたんだ? リリムおねーちゃん……」
「んーん、伝承では、仮面タイガーさんは槍を作るときに応援をしていたって言ってたけど……応援ってそういう事かって思って」
「そういう? どういう事よ」
リリムの回答に、さらに疑問が深まったのか、首を傾げるティズ。
しかしリリムはそんなティズを気に留めるでもなく、その物語の仕上げに移る。
「私人狼族だけど、関係ないよね……」
【……戦いし者たちよ……その鋼に魂を乗せ、偉大なる敵を打ち砕かん!】
一つ唱えたのは、リリムが得意とする魔法の一つであり、猫族が好んで使う魔法……。
【武器性能超強化!】
エンチャント魔法であった。




