303.大魔導炎武
放たれるは獄炎。
その熱量はもはや生み出された水を蒸発させ、煙と水蒸気の混ざった空気があたりに充満する。
「……貴方も、本気ということね、シオン」
その光景をジャンヌはにらみつけるように見つめ、その言葉にシオンはひとつうなずき、その姿をジャンヌの前に晒す。
白き髪はすでに焔のように赤く染まり、光り輝き、その頬にはルシファーとの契約の証である文様が浮き上がっている。
その姿、その魔力……どれ一つとっても並ぶものはおらぬほど壮観であり。
ジャンヌは冷静に拘束を解きながら、魔力炉をたぎらせ迎撃に備える。
もはや本気を出したシオンに純粋な魔術戦で勝てる者はいない。
水と炎という愛称差を踏まえてようやく互角といったところ。
そのため、この戦いは消耗戦へと移ることは確定し。
シオンは文字通り、街への意識をすべて飛ばし、目前の少女へ全魔力を集中させる。
背後で召喚をされ、街へと向かっていくレヴィアタン……。
ツナミを巻き上げ、契約した通り街を皆底に沈み愚者を皆殺しにせんと、自分たちから遠ざかっていく……。
しかし、シオンは一切その方向を見ようとはしない。
気にかけることも、街を心配するそぶりも見せない。
そこには、絶対的な信頼があった。
ジャンヌは悟る。
この少女は本気で、あの仲間たちがこの神を打倒すると信じて疑っていないのだ。
人を最後まで信じることができず……自分のことすら一切語れなかった少女が……。
全ての信頼を……あの仲間たちに置いていた。
それはどれだけ素晴らしく……親友にとっても喜ばしいことか。
「っ恨めしい、憎らしい」
だが、ジャンヌの口から漏れ出した言葉は、祝福の言葉ではなく……嫉妬の言葉だった。
気付く……もはや、誰かの幸せさえも呪ってしまうほど、自分は落ちてしまったのだと。
悲しくて、苦しくて……許せなくて。
そうして、大切な友達に対して、そんなひどい言葉をぶつけて……。
そして、ようやく気付く。
雨のせいだと思っていた……だが、その体を濡らしていたのは雨ではなく。
自分が流し続けている涙なのだと。
「だから何よ……もう戻れない! 私は恨んで殺すだけ!! 壊れてしまったなら、とことん壊れた方が滑稽でしょうに!! 壊れて壊れて壊れ尽くしてスクラップになって!!ようやく私は満足して逝けるのよ!」
その言葉が……シオンには、止めてと懇願しているように聞こえた。
だから。
「うん……今度は私が……助けてあげる!!」
文字通り……少女は爆ぜる。
「シオン!! アンタも! 一緒に壊れなさい!」
一瞬に間合いを詰め、杖による刺突を放つシオン。
しかし、その槍をジャンヌはうねる水により受けとめ、今度はシオンを飲み込まんとゆっくりと侵食をする。
だが。
「遅いよジャンヌ! 大魔導炎武!」
「!?」
スキル・炎武の先にある……ゴッズスキル。
その真価は……この世に存在するすべての炎熱系魔法の無詠唱使用。
および……異なる魔法を組み合わせることにより……新たな炎熱魔法を望むままに開発する能力。
【ライトニングボルト+メルトウエイブ】
シオンの腕の中で作り上げられた雷は……核撃と混ざり魔弾となり……敵を穿つ雷砲となる。
「ライ……ライライ……ライライライライライ!!」
ふざけた詠唱……それは以前……小さな友達と生み出した小さな魔法。
【桑葉!! 雷神砲!!】
その幻想を、シオンは今ここに再現をする……。
◇
三つの稲妻が落ちたのち、少し間をおいてひときわ大きな雷が町の近くに落ちる。
大雨は相変わらず降り続いており、吸血鬼の軍勢は相も変わらず人のいなくなった街をうろうろと徘徊しており。
俺はどこかで見たことのあるそんな大軍勢を前に苦笑を漏らす。
「あー、なんかアルテルモの戦いの事思い出すな」
「1対3万……ふふっ、あの時は滑稽だったぞ……あれだけ必死に軍勢を食い止めながら、最後はエリシアに全てを持っていかれたのだからな」
「うるせーやい」
「ほらほら能天気二人! ぼさっとしてないで準備してほしいんですけど! 三人パーティーでうち二人が吸血鬼とか私嫌なんだからね!」
「はいはい……まったく、軽い気持ちで人助けしたら、随分と大事になったことだ」
目前に迫る吸血鬼、その数およそ5万……。
蠢く姿は空恐ろしくも、あれだけ異形を嫌っていたやつらが、今じゃノリノリで吸血鬼をやっている姿はどこか滑稽さをはらんでいる。
「まぁだが……今回はアルテルモに比べて随分と楽だろう」
「そうね……だって、5万対10万だもの」
エリシアの言葉に、俺は一度振り返る。
そこには、この街に呪われ、この街に殺されアンデッドとなった復讐者の姿。
二百年……いや、話によればそれよりもはるか昔より、虐げられてきた者たちの怨念……恨み、復讐心は消えることなくもはやこの街をたやすく呑み込めるほどに膨らみ。
今ここに、明確な殺意をもって善良な市民へと牙を剥く。
人が、吸血鬼に成ろうとも彼らには関係ない。
彼等を殺した人間たちが……もはやこの世にいないと分かっていても関係はない。
何故なら、罪への罰が、積み重ねられた恨みが、本人へと牙を剥くとは限らないのだから。
だからこそ彼らは不幸なのかもしれない……この街の歴史の通り生き、正しいと教えられてきたとおりに生きてきた。
だが……そんなもの殺された者たちにとっては関係ない。憐れむものなど尚いない。
ただただ……この国を、聖王都などというふざけたこの土地を……死した者たちは蹂躙したくてたまらないのだから。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
腐り堕ち、骨になり、呪いにより全てを蝕まれながらも……復讐に駆られたアンデッドたちは目前の怨敵に向かい怒号を飛ばす。
その声に気づいた吸血鬼も、その理由も知らず、ただ侵入してきたものを殺すために牙を剥く。
もはや命など双方ない。
だが、それでも殺さずにはいられないのだ。
「……行くぜ、エリシア」
「行ってらっしゃい……。 無茶しちゃだめよ?」
「援護は任せろ」
二人に見送られ、リューキは宝剣を抜き先陣を切り吸血鬼へとひた走り。
【うらあああああああああああああああああああああああああああああ!!】
ゾンビたちは其の恩讐をまき散らしながら、聖王都へとなだれ込む。
恨みを果たすように……。




