299.火魔女語り
夢を見た。
それは……たった一人の、魔法使いの物語。
少女の炎は……常に誰かを守り続けてきた。
冬は雪のなか歌を歌い、夏は緑色の草花と共にダンスを踊る……。
そんな小さな村で、彼女の炎は、大切な人を守り続けてきた。
ヴェリウス村という名の……高原の中にぽつりと立つその村は戦争を知らず、……侵略を知らない。
そんな村で少女は、穏やかに暮らしていた。
秘密を守り、平和を守り……そして、村人を守りながら。
幾たびの戦場を超え、幾たびの侵略を超え……彼女の炎熱は、村を脅かす全てのものを焼き尽くした。
雨のように降り注ぐ矢の嵐は炎の嵐の前に消し炭となり。
剣と盾を打ち鳴らし雪崩のように押し寄せる人間の兵士の鎧をすべて融解させ。
英雄を殺し、神獣を焼き尽くし……幾多の兵器を破壊しつくした。
されど、その少女の炎は高原の草木一つ焦がすことなく。
村人たちは常に、戦乱の時代の中でも平和を忘れることなく生きていることができた。
ヴェリウスの火魔女……。
いつしかその名前は侵略者には畏怖の呼称として……村人たちからは敬意の念を込めて……人々の間に広まっていく。
彼女は……人々に安寧をあたえ……その代わりに居場所を貰っていた。
だが……そんな少女にも終わりが来る。
百余年姿を変えずに村を守り続けたヴェリウスの火魔女。
共に遊んだ友人が……老衰で死んだ日、涙を流し友の死を悼む少女を……誰かが化物と呼んだ。
その時からだ、少女の存在は守り神から……恐怖の対象にと変化したのは。
そうなれば、終わりは早かった。
詰め寄る村人に、少女は手を出すことはなく……姿を現し真実を語った。
ごまかすことも、逃げ出すことも……力でねじ伏せることもできたのに……。
少女はただただ伏して……謝罪をしたのだ。
―――騙すつもりはなかった―――
―――ただ、みんなを怖がらせたくなかった―――
―――この村が大好きだから―――
喉が張り裂けるほど少女は懇願し……村人に謝罪をした。
だが……その言葉に耳を傾ける者はいなかった……。
ただの一度も……彼女は自分の助命を請うことなどせず……ただひたすらに、村人へ謝罪をし続けたというのに……誰も彼女を見つめようとするものなどいなかった。
そうなればその先の結果は見えているだろう。
懇願も、涙も……みんなを守り続けてきたという実績さえも……村人たちは嘘とし。
全ての元凶へとすり替えられた。
だけど……彼女が抵抗などするわけもない。
何故なら、皆が皆、一人残らず……自分に居場所をくれた人たちの子供だから。
皆が皆……自分の息子のような存在だから……。
だから、三日三晩泣き明かしたのちに下された処刑の判決に……彼女は最後には微笑んで受け入れた。
―――きっと、私が悪かったんだね―――
―――ごめんなさい……怖がらせて―――
その判決を告げに来た人にでさえ……少女はそう謝罪をした。
本当は泣きたかったのに……彼女は今と変わらず……つらい時ほど笑うのだ。
処刑を明日に控えた冷たい牢獄の中で……少女はかつての友に、育ててくれたすべての人に……感謝の言葉と謝罪を漏らしながら……静かに眠りについた。
自分が死ねば、また村は平和に穏やかになるのだろうなんて……希望を抱きながら。
だけど。
その夜。 村は吸血鬼に襲われた。
真祖の吸血鬼により襲われた村……魔法の杖を奪われた少女がやっとの思いで外に駆けつけた時……。
村に生きている人間なんて誰もいなかった。
―――孤独なるものよ、助けに来たぞ、我が妻となれ―――
村人を殺した吸血鬼はそう高らかに笑い、燃える村の中で少女にそう求婚をした。
その後は簡単だ……少女は全てを焼き尽くし、呪いつくした。
全てを奪った吸血鬼……守れなかった自分……。
何もかもを、何もかもを呪いながら……少女は思い出を焼き尽くすように……。
ヴェリウス高原を七日七晩焼き続けた……。
全てが融解し……灰も炭も何もかも呪いの汚泥に飲み込まれ消え去るまで……。
何度も何度も……。
泣き叫びながら……。
怒りに猛りながら……。
そして……ごめんなさいと謝り続けながら。
―――君のせいじゃない―――
そう叫びたいが声が出ない……手を伸ばしたいが届かない……。
なんで、なんで君が泣いているんだ。
なんで、君は自分を責めているんだ……
どうして、誰も彼女を見てあげないんだ……
どうして、誰も彼女の願いに気づいてあげられないんだ……。
彼女はただ、居場所が欲しかっただけなのだ。
彼女はただ、皆に笑っていてほしかっただけなのだ……。
誰かの嬉しそうに笑った顔を見るのが好きで……。
誰かを幸せにすることが彼女にとっての一番の幸福なだけなのに……。
涙が止まらない……悔しくて仕方がない。
彼女はたくさんの人を救い、沢山の人を祝福した……。
だったら今度は、彼女が自分の為に笑う番なのに……。
この世界がそれを許さない……築き上げられたルールが、思想が……そのすべてが彼女の敵に回る。
彼女の笑顔、彼女の幸福……その全てをこの世界が否定する。
ただ生きているだけで罪だと……身勝手で連れてこられた少女にがなり立てる。
その心はすでに壊れ……その願いはすでに潰えた。
村を失った少女は、その後、幾度も次の止まり木を求めては裏切られ……。
その度に少女はその死を笑って受け入れた。
ある時は首を切られ、ある時は焼かれ……ある時は魔物の巣へ薬を盛られて捨てられた。
だけど、ただの一度も彼女は……人を恨んだりしなかった。
自分が悪いのだと……殺されるたびに……彼女は何度もそう笑うのだ。
―――――――――ごめんね、ウイル君――――――――
謝罪の言葉が僕へと響く。
それは、自分の存在を隠していることへの謝罪だろうか?
それとも……正体がばれた時を想定して、用意している言葉なのだろうか?
どちらにしても……僕の答えはふざけるなだ……。
どうして彼女のことを嫌いになどなれようか?
どうして彼女の居場所を奪うことなどできようか?
責めることなどできるはずもなく……謝罪の言葉など受け取れるはずもない。
そんな彼女を、この世界は罪だという。
存在を、その生を……この世界は残酷なまでに否定する。
あぁ……ならば答えは簡単だ。
こんなに優しい君が救われない世界なら……。
きっと、間違っているのは世界の方なのだ……。
そう、答えが出た瞬間……僕の夢はそこで終わりを告げた。
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