297.クレイドル・オブザデッド
「さて、片付いたな」
出来上がった血の繭四つを見上げ、吸血鬼は満足げに頷くと全身の傷を修復させる。
「私が付いていながら……怪我を」
ジャンヌはそう、表情を曇らせながら、愛おし気にヴラドの傷があった場所を撫でると。
ヴラドはそっと少女を抱き寄せて笑う。
「気にするな……あの者の強さは本物よ……だが、これで殺さずに制すというお前との約束、確かに果たしたぞ」
「感謝しますヴラド様……彼らは何も関係ない人たち……せめてすべてが終わるまでここで眠ってもらいましょう」
「そうさな……さて……ではウオーミングアップも終わったことよ……始めるとするか」
口元を釣り上げ、ヴラドはそう笑うと……ジャンヌもそれに合わせるように不敵な笑みを零し、抱き寄せられたままそっとヴラドに体重を預ける。
「あったかい」
本来ならば体温のないはずの吸血鬼……しかしその温もりを確かにジャンヌは感じ、ヴラドはそんな少女の言葉を慈しむようにうなずき噛みしめて、額にかかった髪を人差し指で耳にかける。
「……さて、始めるぞ花嫁よ」
赤く染まった花嫁衣装に身を包んだジャンヌは其の合図にそっと頷き。
二人手で手を取り合い、ゆっくりとアクエリアスの洞窟を歩いていく。
「ええ、始めましょう……旦那様……凄惨で何よりも惨たらしい……みんなが望む復讐劇を」
響く足音は、洞窟に反響し、まるで祝福の拍手にも似た不協和音を奏で。
二人は、ヴァージンロードを歩くかの如き軽い足取りで……復讐へと赴くのであった。
◇
「はぁ、はぁ、はぁ……いたか!?」
「いない、一体どこに……」
「この近くにいるはずだが……あの傷だ、遠くへはいけないはずだ」
魔族狩りの為に駆けだした敬虔なるクレイドル信者である市民は、現れた魔族を駆り立てるために、手に包丁やさす股をもって、魔族の目撃情報があった付近を捜索する。
不幸にも、大雨は魔族が流した血痕を洗い流してしまっており、人々は舌打ちを漏らしながら、仕留めかけている魔族の首を求めてうろうろとあたりを捜索する。
「やっぱり、アクエリアスの洞窟に入っていったんじゃ」
「だとしたら、アクエリアスの洞窟に入っていった人間から連絡があるだろう……俺たちはこの付近の捜索を任されてるんだ……持ち場をはなれて魔族を逃がしたらどうする」
「そ、そうだよな、すまない」
村人たちは、目撃情報があった場所を手分けして探していた。
洞窟の中を調べる洞窟班に、このあたりの草原を調べる草原班……それぞれがそれぞれの持ち場につき、何としてででも魔族の首を取らんと息巻いている。
逃げ出そうとする奴隷を何度もこうして市民は捕縛してきた。
その実績が彼らに冷静な判断をさせていたのであった。
と。
「……おい! アクエリアスの洞窟の奴らが戻ってきたぞ」
一人の男が声を上げ、洞窟の方を指さすと、確かに洞窟の奥からたいまつの光の様なものが複数見える。
魔族が見つかったら、すぐに携帯用の魔晶石により合図を送るという手はずであったため、人々は肩を落とす。
「こっちのほうに逃げてきたってのはやっぱりデマだったのか?」
「しかしなぁ、東門には確かに血痕が残ってたし」
「誰かが捕まえて独り占めしてんじゃねえだろうな?」
「魔族は公開処刑だ……そんなこと許されないぞ?」
やいのやいのと騒ぎ立てる住民たち。
もはや死に体の魔族を恐れることなどすることない。
いかに凌辱し、いかに凄惨に処刑をするのか……彼らの中には、もはやそのことしか頭になかった。
だからこそ。
「おう、お疲れ……洞窟には何もなかったか?」
「…………」
「おいおい、どうしたんだよ黙りこくって……ってお前、首筋どうしたんだ? なんか怪我して……」
人々は気付くべきなのだ……本来、人間などという種族はもろく、弱く……本来であれば何かに捧げられることしかできない存在であったことを。
「がああああああああああああ!!!」
白目をむき出しにし、洞窟から帰還した村人たちは、出迎えた村人に群がるようにとびかかり……その首や手、足に獣のように食らいつく。
「ひっ! ひぎゃああああああああああああああああ!?」
悲痛な叫び……。
その姿はまるで獣の群れに襲われる小動物のように惨めであり、もはや死は免れないと分かっていながらも、醜く生にしがみ付くように両手両足をばたつかせ……。
結果は何も変わることなく、その男は死に至る。
「アンデッドか!?」
その場にいた者たちは、目前に広がる光景に目を疑い……そして同時に先ほどまで仲間であった者たちに刃を突きつける。
いかに仲間であれど、アンデッドとかしたらもはや助からない。
それが分かっているからこそ、人々は何の迷いもなく刃物をその許されざる者たちの体に突き立てる。
だが。
「しゃあああああああああああああああああああ!!」
体を貫かれ、腕が落ち、斧で頭を割られても、その死体は折れた腕で、割れた頭で渇きをいやすために村人たちへ食い掛る。
「な!? なんで!」
悲鳴も驚愕の声も間に合わない。
村人たちは何度も何度も武器を手にアンデッドたちの体を切り刻むが。
死体はその程度では壊れることなく、伸ばされた手に掴まれ、一人、また一人と肉団子のようになった死体の山の中に引きずり込まれ、同じようにアンデッドとなっていく。
次々と群がる死体……噛まれれば噛まれるほどに増えるアンデッド。
「殺せ!! なんとしてでも殺せ! 皆殺しに゛ぃ!?」
アンデッドに殺され、倒れたものが立ち上がりまた人々を襲う。
気が付けば、数で勝っていたはずの人間たちの姿は半分以下になり。
初めは三であった吸血鬼の数は……二十を超えていた。
「にっ!? 逃げ!」
逃走という選択肢をようやく思いついた村人たち。
しかし……その時にはすでに何もかもが手遅れであり。
「しゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」
牙を剥き、雪崩のように押し寄せる吸血鬼の波に……残った村人はあっけなく掴まり、全身をなぶられるように食いつかれ……絶命をする。
「いやだ!? 嫌だ嫌だ!! アンデッドなんかに! アンデッドなんかになりたくない! 神よ! 神よお助けを! 神! 神神神神神神神! どうか! かみ゛噛まれ!?があああああぁああぁああ!」
神への祈りは、当然のように届くはずもなく。
「届くわけないのに……」
「ふふっ……しかし、いつみてもいい眺めよな……仲間の生まれる瞬間とは」
無残な声を上げながら絶命していく人間たちを眺めながら……少女と男はゆるりと洞窟から姿を現す。
「あああああぁ……――――――――――――――」
最後の一人も絶命し、悲鳴の声は消え、残されるのは降りしきる雨の雨音のみ。
「ヴラドサマ゛! ジャンヌサマ゛!」
首元を潰され、声がうまく出せないのか、アンデッドへと変貌した者たちは濁った声を上げながら、食事を終わらせると次々に自らの主へと頭を垂れ忠誠の証を示す。
「アナタサマの! ミココロのママニ゛!」
もはや神の存在などとうに忘れ、今はただ自らに刻まれた、創造主への畏敬の念のみが体を支配しているのだろう、その場にいた誰もがヴラド……そしてその妃であるジャンヌへと平伏する。
「なんだか、複雑な気分です……正直に言うと、不快」
だが、そのような光景……彼女にとってみれば不快でしかなく……隠すことなくその思いを正直に伝える。
「ふふっ、まぁそういうな……誰しも最初はこうなるものだ……それに、あれだけのことをされたのだ……意趣返しにこき使ってやるのもまた一興ではないか?」
そんな傷心のジャンヌをなだめるようにヴラドはその頭を抱き寄せて撫でる。
「……そういう事にしておきます……その分、しっかり絶望を植え付けてくださいね」
「当然だ……そなたの方こそ、ちゃんとできるのであろうな?」
「うふふ、私の水操楽に、見惚れさせてあげますよ……」
「それは良い……では始めよう……。 食らいつくせ我が同胞よ」
ぱちんと指を弾きヴラドは吸血鬼たちに合図を送る。
【おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!】
喰らいつくす……という方法以外の指示は出さなくとも、その場にいた誰もがその指示の意味を理解することだろう。
何故なら、もとより吸血鬼の食事風景など……惨たらしくおぞましいものなのだから。
◇




