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294.聖女完堕ち

「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」


民衆の狂気の声が響き渡る聖都クークラックス。


僕たちはそんな中を必死になってジャンヌの行方を捜索するが、人の波と狂気の声に飲み込まれて、何も情報を得られないまま、手をこまねく。


「民衆もジャンヌの行方を掴みあぐねているようです……恐らくもうこの街にはいないと考えた方が正しいかと」


サリアはそんな街の情報からそう分析をする。


確かに、これだけの騒ぎの中、街にとどまるのは得策じゃない……。


アンデッドの襲撃も終わり、聖騎士達も中心街の火事に追われている今、街の外に出るのはたやすいだろう。


しかし。


「そ、そうなると……ジャンヌの居場所はもう」


外に逃げたとなるならば、どこに向かったかなど余計に捜索ができない。


外に出るためのゲートだけでも、この街は五つもあるのだから。


「……不運にも、洞窟に身を隠したとなれば、この街はあたりは迷宮だらけです……それに、アンデッドも」


損の顔が青く染まる。


まだ民衆に見つかっていないというのは不幸中の幸いであるが、シオンの話によると大けがを負っているようだし……加え

加えてこの雨……。 荒野を歩いていてはまず助からないだろう。


そんな中。


「ウイル君!」


僕の影の中から、カルラが不意に召喚され、僕の前に現れる。


「カルラ? 何か分かったの?」


民衆に効かれないため、シオンは慌ててサイレントの魔法をかけ、僕たちにのみ声が聞こえるようにし、その魔法の発動を待って、カルラは続きを噛み始める。


「はい……詳細な位置まではわかりませんでしたが、民衆の一部が、東のゲートから外に向かっているそうです」


「というと、ジャンヌが東のゲートから外に逃げ出したという可能性が高いというわけか」


サリアの推測は当たっていたらしく、ジャンヌの居場所にググッと近づいた。


だが。


「それだけでは場所までは推測できません……ですが、彼女が襲撃された場所から、東のゲートは離れています」


「そうだね……もしかしたら何か意味があるのかも……シオン」


「……」


何かの手がかりになるかもしれないジャンヌの行動に、僕はシオンに問うと。


シオンは深く、考える様な素振りを見せた後。


「……アクエリアスの……洞窟」


小さく、絞り出すように声を漏らす。


「リリム達が鉱山採掘をしていた場所? なんでそこに」


「………言えない……でも、東のゲートだったら、ジャンヌはそこにしか向かわないはず」


歯切れの悪い言葉であったが、シオンは確信があるようで、僕はカルラ、サリアと顔を見合わせて走り出す。


雨脚は強くなる一方で……遠くの空で、雷が鳴る音が響き渡る。


僕はそんななか、昔どこかで聞いた、七日七晩降り続いた大雨の物語が、僕の脳裏を掠めたのであった。


                     ◇

「あたりだ……」


アクエリアスの洞窟に向かった先で、僕は思わずそうつぶやく。


確かめるまでもなく、アクエリアスの洞窟は血の匂いが充満しており、シオンが灯りをともすと、洞窟の壁には、まだ新しい血痕や血の跡が生々しく赤々と浮かび上がった。


「すごい出血です……その、これじゃあ……十分も……」


その状況に、カルラはすぐに傷の度合いを察したのだろう。


口元を押さえながら蒼白になる様から、ジャンヌの容態がいかに深刻かは容易に読み取れた。


「まだ間に合います……血の乾き具合からしても……まだ洞窟に入って間もない……」


サリアの言葉に、僕たちは顔を合わせて血痕を追う。


おぞましい程の血の量……そして、壁に残る、爪でひっかいたような跡。


その爪跡には、言葉こそないがはっきりと……怨恨の色が浮かんでいる。


「…………………嫌な予感がする」


胸騒ぎは抑えることができず、シオンもそれに気づいたのか、サリアやカルラを抜き去り一人で洞窟奥へと走っていく。


と。


「…………――――」


不意に、声が聞こえる。


それはか細くも、涙するような……少女の声。


消え入りそうで、もはや反響すらしない小さな音であったが。


「ジャンヌ!」


シオンがその声を聴き間違えるはずもなく、さらに速力を上げてその少女の声の方へと走る。


生きている。


彼女がまだ生きているという事実に僕たちはひとつ安堵を覚えながらも、その消え入りそうな声に速力を上げて声のもとまで向かう。


希望が見えた……。


彼女は生きていて、ここにジャンヌがいると、クークラックスの人々は気付いていない。


「マスター……ジャンヌを保護したのちは、すぐにリルガルムへテレポーターを使用するのが最善かと……シンプソン程ではなくても、まずはリルガルムの王国治癒術師ならば……」


「分かっている! ジャンヌを確保したらすぐに飛ぶ! サリアはついてきてくれ」


「そのつもりです!」


サリアの言葉に、僕は力強く頷き、洞窟の曲がり角を曲がり……大きなひらけた場所にでる。


何かの跡地なのか、綺麗に整備されたその空間には、ひときわ強い血の匂いが充満している。


「ジャンヌ!!」


そんな中、シオンの声がひときわ大きくこの部屋の中に反響をし、僕たちは視線をその声の方向に向けると……僕たちはジャンヌを発見する。


暗がりのなか、光に移る赤いシルエット……全身血まみれでありながらも、その少女はまだ己の足で確かに立っている……しかし。



「……あ……あぁ……」


シオンは杖を取り落とし……僕たちもその光景に息を飲む。


何故なら。


その場にいたのはジャンヌだけではなく……血濡れの聖女を抱きしめながら、首筋に口吸いをするように牙を立てる吸血鬼が……そこにはいた。


「いや……ジャンヌ……」


「真祖に血を……」


全員が息を飲む……当然だ、その行為がどういう意味を持つのか……知らないものはいない。


  彼女はもう……戻ってこれないのだ。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


深く暗いアクエリアスの洞窟の中に……悲痛な少女の悲鳴が響き渡り。


「……遅かったな、シオン」


そんな少女の姿を見て楽しむように……吸血鬼はジャンヌの首筋から口を離し……口元を緩ませるのであった。


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