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292.召喚の記憶と魔王との迎合

昔々の物語。


「……なんだ、子供じゃないか……失敗だ」


「あっれー? 確かにでっけー魔力反応だったから引っ張ってきたんだけど」


私達は、気が付いたら暗いくらい工房の中で目を覚ました。


ここがどこだかはわからない。


見たことのない動物や、見たことのない形をした人の様なもの……先ほどまで私たちは、穏やかな高原で楽しくじゃれ合っていたはずなのに……。


「だがまぁ都合がいい……子供である分抵抗も少ないだろうし、使いようは幾らでもある……魔族は魔族だ」


「どうする? アラクネみたいに配合させちまうか?」


「体に負担がかかりすぎるだろう……せっかくの資源だ、有効活用せねば」


シオンは、恐怖からか私の服を掴み……涙を目に浮かべながらも、声にならない声で両親に助けを求めている。


「はいはいー! 炉心漬けで人形兵にしちゃえばいいとおもいッまーす!」


「成長するまでか? 時間がかかるだろう?」


「魔族は確か、妖精のフェアリーストーンに近い臓器があったろ……それを人形に移行させちまおう……なに、小さい分おさまりもいいだろうよ」


「おーそれ賛成―! あ、じゃあじゃあ、死体と臓器は俺にくれよな」


「なんだ? ドナーが必要なのか?」


「いやいや、そんなんじゃないけどさー……他の実験体の奴らに臓物と死体を見せてやるんだよ、もしかしたら両親がいるかも知れねーじゃん?」


「悪趣味なやつだなったく……」


「アーティストって呼んでくれよ……子供の死体とか、とんでもない阿鼻叫喚の大絶叫が聞けるはずだぜ」


「まぁ、確かに抵抗する気力も失せるだろうな……だが、やるなら俺たちを巻き込むなよ?」


「分かってるってー! というわけでお嬢さん、悪いけど死んでもらうねん♪ あーもちろん抵抗してもいいよ! できるだけ暴れて泣き叫んでもらえると俺たち嬉しいなー」


「ひっ……」


恐怖に体がこわばる。 隣のシオンはもはや過呼吸状態であり……私も目前の悪夢に悲鳴を上げそうになるのを必死にこらえる。


「おいおい……そんなに怖がらせてどうする……殺すにしても、魔界からの召喚のせいで、体が弱り切っているだろう……今殺してしまってはろくなもんは出来ないぞ」


「あ、そっかー」


「ちったー頭使えバカ」


「うるっせーよ! 解体すんぞ」


「やれやれ、品がないな……まぁだがそういうわけでだお嬢さん方、悪いが……君たちには犠牲というものになってもらおう……安心したまえ、悪辣種である君たちの命は、尊き神の為に使われる……」


「……あ、あなた……達は?」


「我等はクレイドル教会……神の使途だ」


伸びる手が、隣で怯えるシオンの首を掴む。


「あっはっ……」


私は、動くことすらできない……なぜなら、動けば死ぬと……分かってしまったから。


シオンが助けを求めるような目でこちらを見る中、私はただその腕を呆然と見ていることしかできなかった。


「おいおい、殺すなって言っておいて真っ先に手―だすのかよ?」


「声は耳障りであり、悲鳴は聞くに堪えないほど醜悪だ……声帯はいらんだろう」


「えー!? その声が面白いんじゃーん!?」


「だったら、こっちを使え……俺はこっちを担当する」


「しょーがにゃいにゃー……」


「いたぶりてーなら最初っからそう言えっての……相変わらず回りくどいやつだな」


「ふふっ……それが私の美徳でね……さぁ、名前もないお嬢さん……引きちぎられた喉笛から血を流しもがくさまを見せてくれ、大丈夫だ……神の御業で死ぬことはない……今はね」


「―――――――――――――!?」

もはや声でもない、かすれた吐息がシオンからこぼれる。


男の手にこもる力はゆっくりと、舐るように強くなり、その表情からこの苦しませながらシオンののどを潰そうとしていることは明確であり、シオンは口から目から鼻からいろいろなものをまき散らしながら、必死に私に助けを求める。


だが……私は動けない……。


ごめんなさい……ごめんなさいシオン……。


必死になって私は謝罪の言葉を漏らす。


「あーあ、ったく、結局俺の分はなしかよ」


男の一人が、つまらなそうにそうつぶやくと、ドアの方へと歩いていく。


「あっははー、二人しかいなかったからショーがないよね! 次呼び出した時は、ちゃーんと残しといてあげるから―!」


「はいはい……まったく、俺は一足先に眠らせてもらうぜ」


「あいよー、おやすみー! あ、解体したこの子の臓物後で見せてあげよっか!」


「いらねーよ、その代わりいらなくなったパーツは俺によこせよな……それで作る人形は最高に゛ぃ……」



瞬間……男はそこで言葉を止める。


いや、止められる。


ごとりと、何かが落ちる音がし、私たちの真横にボールのようなものが転がる。


「え?」


「は?」


驚愕に声を漏らす二人。


何が起こったのか理解できなかったのか、それとも暗がりで良く見えなかったのか……だけど、私の目にははっきりと映った。


外に出ようとした男の首を……何者かが刎ねたのだ。


転がるボールはその男の生首であり、首が離れた胴体は、まるで糸が切れ眠りに落ちるかのようにその場に倒れてビクビクと痙攣をしている。


昔、お父さんと一緒に魚を捌いたけれども、その時の魚もこんな反応をしていた。


「………え? マルス?」


間抜けた声が響き、先ほどまで楽し気に笑っていた男の顔が青ざめ。


「なっ!?」


シオンの首から、もう一人の男の手も離れる。


【一足先に……という話だったな】


低く、重厚な……闇よりも深き深淵から這い出る様な思い声が、暗いくらいその部屋に響き渡る。


目が離せない……。


開かれたドアから、ゆっくりと、しかし絶望を振りまきながら男がその場所に侵入をする。


その瞬間、少女を実験台にし、いたぶった加害者は、絶望に飲まれ溺死する被害者となる。


現れたのは闇よりも深き黒色の鎧を身にまといし魔王。


その手には青く光る剣を持ち、その眼光の奥を赤く光らせる。


その姿はまさに威風堂々……。


死の権化が……そこには立っていた。


「何者だ!? 警備兵は!? それに、魔道人形は!?」


【この鎧姿で、逃げ隠れができるとでも?】


質問に対するその答えは……彼らの脳裏に残ったほんのちょっぴりの希望さえも握りつぶしたようであり、二人の男は顔を真っ青にして震え上がる。


「ばかな、馬鹿なバカな!? 俺たちが作った魔道人形だぞ!? 魔族のハートに、フェアリーハートも織り交ぜた一級品さ! そんな化け物に、たかが人間が勝てるはずがにゃっ!?」


【囀るな、五月蠅いぞ】


拳が飛び、にやけ顔の男は言葉の途中で殴りつけられ、壁に激突する。


「ひっ!?」


【我が同胞を、随分と手にかけてくれたようだな……】


「ごほっ……げほっ同胞って……あんた、まさ……」


言葉が終わるよりも早く、ずるりと壁に打ち据えられた男の足に剣が刺さる。


「ひぎゃあああああああああああああああああああああああああ!?」


【悲鳴が好きと言ったな……これで満足か? 確か、臓物と体をぶちまけるのが好きだったよな?】


「いやっ!? やめっ!? おね、お願いし……し、死ぬ、しんじゃ……」


【あぁ、死ね!】



引き抜かれた剣は、まるで撫でるように男を一文字に撫で……。


「あっ……あぁあ……」


ぼとぼとと何か固形の物をお腹から垂れ流しながら、積木が崩れるようにぐしゃりとそのばに崩れて動かなくなる。


「さて」


「ひっ!? 来るな! 来るな異端者が! 私を、私たちを誰だと思っている! 我らは神に仕えしクレイドル教の大神官だぞ! 神の裁きが、いや、世界の憎悪が貴様を焼き尽くすことになる! 絶対悪だ、我々に歯向かうものは全て絶対悪として処断され……」


【そんなもの、とうになった】


「いぎぃ!」


魔王の鎧をまとった左腕が男の首を掴み、ゆっくりと持ち上げる。


「……あ、があぁ!?」


【たしか、囀るのに声帯はいらないだったか?】


首を掴まれ、持ち上げられた男は全身をくねらせ、口や鼻からいろいろなものをまき散らしながら……ぶるぶると首を振るいあがらう。


しかし、いかに暴れようとも、その魔王の腕は空間に固定されているかのごとく微動だにすることなく、離れているこの場所でもぎりぎりと首が絞められる音……そして、何かがぶちぶちと音を立てていくのが聞こえる。


【処断するならすればいい……天罰が下るならその全てを受け入れよう……だが、貴様らの命運は、このまま我が決めさせてもらう】


潰れた声帯ではもはや声を出すことができないのか、男は泣きながら必死に口を動かす。


その言葉は、声にならなくても分かる、彼は目前の絶望に向かって……滑稽にも【たすけて】と懇願しているのだ。


だが、当然のことながら魔王は人の願いを叶える存在ではないのだ。


【終末、ここに今来れり……螺旋の鐘の音を聞きて祝福の消滅を受け入れよ……】


ごきり……という音が響き、暴れていた男は大人しくなり……だらんと四肢が萎える。


【ふん】


その死体を、もはや興味がないと言いたげに、魔王は其の肉塊を放り投げ、こちらを向く。


吸い込まれるような赤い瞳、シオンは目前の凄惨な光景に、もはや思考が追いつかずに、放心状態でその男を見つめ、私も同じように何も言葉を発することができずにただただその魔王を見つめていた。


【……やぁ……怪我はないかい】


驚いたのは、先ほどまで恐ろしかった魔王が、まるで近所のお兄さんのように優しい声で私たちに語りかけたことで……私はその声に、とっさにうなずいてしまう。


【うん……君はジャンヌだね……】


何処で名前を知ったのか? 不思議であったが、とりあえず私はもう一度首を縦に振る。


シオンは、先ほどの一件の恐怖からか、震えて私の後ろに隠れている。


【シオン……大丈夫だよ……もう怖くない……ここから外に出て、みんなと一緒に行きなさい……大丈夫、僕の仲間が安全な所まで案内するから……二人で行けそうかい?】


コクリと、私はもう一度うなずくと、魔王はそうかとつぶやいて私とシオンの頭を撫でる。


その手はとても優しくて……私はどんどんと落ち着いていることに気が付く。


【うん、もう大丈夫そうだ】


シオンの震えは止まっており、私は不思議なその魔王をじっと見つめる……。


「あの、貴方のお名前は?」


不意に、先ほどまで何も話さなかったシオンがそうつぶやくと。


【名前? あぁ名前か】


魔王は、一度困ったようなしぐさをすると。


【我は魔王・フォースオブウイル……ただの悪者さ】


そう名乗ったのだった。


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