287.今度は聖女にプロポーズ
「し、シオン!? いくらなんでもそれは!」
「これくらいで死ぬなら苦労しないよ!」
「むぅ……久方ぶりの一撃よ……一段と熱量が増している」
「ほらね!」
立ち上がる炎より、何かが焦げ付くような匂いが立ち込めるが、その中からも平然とした表情のまま、アルカードは姿を現し、さも楽しそうな表情をこちらに向ける。
正直体を焼き尽くされることを楽しんでいる節がある。
「拒絶の炎嵐は激烈……されど、強く拒絶されればされるほど……滾る!」
両手を開き、アルカードは愉快そうにポーズを決める。
「……あ、なんとなくあの方の方向性が見えてきました」
ジャンヌもようやくあの男が、格好をつけているだけの馬鹿だということに気が付いたらしく、なるほどと手を一つ打つ。
「この熱情は抑えられん! いや押さえてはならぬのだ妻よ! 貴様が孤独にあえぎむせび泣くのであれば! 我がこの牙をもって癒すことこそがまさに天命であり、我がこの世に生を受けた理由であるのだ!」
「今はもう孤独じゃないし! アンタもう死んでるでしょうに!」
「なんと!? そこに気づくとはやはり天才……」
「馬鹿なの!? アンタ基本的にバカなの!?」
「吸血鬼だ!! 馬でも鹿でもないわぁ!」
「あぁもううざったい! 私はもうレベル11になったんだよ! 今度も前みたいに爆風で三千世界の彼方までドライブ・ア・ゴーゴーさせて……」
「ふっはははははは、やめてくれそれは私に効く」
「ちょっと待ってシオン」
全身の魔力を込めて放つメルトウエイブ……しかし炎武のスキルが発動するよりも早く、ジャンヌは私の手を引き行動を止める。
「何!?」
「話は最後まで聞きましょう? シオンと出会ったのも偶然みたいだし……何かお話をしに来たんでしょう? ブラドさん」
「ほう、聖女よ、やはり話が分かる御仁のようだ……だが許せよ、深紅の花嫁が美しすぎる故……我を忘れてしまったのだ」
そのおぞけの走る様な台詞に、私は再度杖を振り上げようとするが、私は再度ジャンヌに頭を撫でられて魔法の発動が阻害される。
「あなたがシオンを愛してるのはわかったわ……でも、貴方とシオンが出会ったのが偶然なら、何か目的があってここに来たのでしょう? そして、本来は私を訪ねに来たのよね……ブラドさん」
「そうさな……今回我がここに来たのは、貴様と話をするためだ……聖女ジャンヌ」
「そう……。 話でいいのね? よかった……戦いは苦手ですから」
ジャンヌはそう胸をなでおろすと、そっと私の杖を下げさせる。
「ちっ」
「それで、お話とは何なんですか」
「ふむ……我の妻に成れ、聖女よ」
「はい?」
一瞬……私の視界がゆがむ。
一体この吸血鬼は何を言っているのか、理解が追いつかなかったためだ。
だが、冷静に戻ると、この時ほどこの男に向かってメルトウエイブを放つべきであったと悔やまれる。
「え、聞き違いかもしれませんが? 今私に求婚しました?」
ジャンヌはきょとんとした表情でそう聞き返すと。
「……左様! 我が妻となれ! 我が深紅の花嫁と同じく孤独にあえぐものよ! さすれば、この人生は貴様の望むがままよ! 当然……その深く貪欲な願望も成就することであろう?」
「相変わらず見境のない……そうやって何人の女の子を殺してきたのー!」
「殺してなどいない……今も二百五十六の妻たちが帰りを待っている。 だが安心せよシオン! 我が正妻、一番目の席は……一度たりとも埋まることなくお前の為に取っておいてある……嫉妬とは我、嬉しいぞ」
「するかバカ!!」
やっぱり殺そう……焼き尽くそうこいつ……全身全霊の魔力と侮蔑の言葉をこめてメルトウエイブを二百七十六連放てばさすがの吸血鬼も消えない傷を負うはず……心に!
「……私の望みを聞いたうえで、叶うと?」
「ちょっとジャンヌ」
「シオン、確かにこの吸血鬼さんは少し……いやとっても個性的な方だけど……人種差別をしない世界を作りたいって言った私が、真っ先にそれを破るのはおかしな話よ」
「そうだけど……ちょっとブラドー! ジャンヌに手を出したら許さないからね!」
「心得た」
「それで、話を戻すけれども、私の願いを知っているのですか? ブラドさん」
「ああ、貴様の願いはこの街の破壊と蹂躙だ……復讐心もほのかに感じられるな」
「違います、全くもって……私はこの国に住まう人々に平等と道徳を……」
「違うものか。 この国を変えたいのだろう? この国に根付いた文化や、この国に住まう人々の考えを、ねじ伏せ説き伏せ破壊しつくそうとしている。 それが蹂躙と言わずしてなんという」
「違います!? 私はそんな暴力的に行うのではなく……もっとゆっくりと、少しづつ」
「少しづつ? 少しずつならば破壊ではないのか? なれば逆だな……自らの思考が、信念や信仰が、内側より少しずつ瓦解していく光景程恐ろしいものはないよな……なるほど、復讐ならばそれはまた心躍る方法でもある……」
「ブラド……あんたジャンヌをバカにしに来たの?」
「そんなつもりはない……だが、恐ろしいものだと思ったのみだ。 自らの行い、自らの思考を正しいと思い込むことはな」
「どういう」
「そうだろう? お前の思想……ロバートが掲げる真に平等な世界を、全てのものが真に望んでいると思うのか?」
「……どういう」
「それは思い上がりだ、貴様は神にでもなったつもりか。 それを更に善意と呼ぶなど……ここにいるやつらと何ら変わりないではないか」
「っ」
ジャンヌはその言葉に唇を噛む。
そう……ジャンヌの言葉が、ロバートの希望が、我等にとっての正義ならば。
この国の、この差別に満ち溢れたおぞましい世界も……彼等にとっての正義なのだ。
それを無理やり変えるのは……破壊でしかない。
思想の統一、強制……。
吸血鬼はその点を……鋭く指摘した。
悪いとは言っていない……ただ、自分を正義だと思って行動をしないことだと……本当に自分の利益になるわけでもないのに、おせっかいにも忠告をしたのだ。
いずれ……その正義に押しつぶされる前に。
ジャンヌはそのことに気が付き、口を噤む。
「でも……それでも……誰かが虐げられるのも……人として生きる権利をはく奪されるのは間違っています……命は尊く、人は、生きているだけでも神に認められている……そして神は、命に貴賤をつけません」
「そうなのかもしれないし、そうではないかもしれないな……だがそれ以前に存在さえも認識できず、ましてや話したことのない人間の思想、考えを憶測で推量し、論ずる時点でどん詰まりだ……。 それはもはや暴論でしかない」
「っ!?」
「黙って聞いてれば……ジャンヌはね!」
「いいのシオン! その人の言うことはもっともだわ」
食い掛ろうとする私に、ジャンヌは少し声を荒げて私を止める。
その声は震えており、まるで迷いに苦しむようであり……私は心が締め付けられるようであった。
「確かに……私の行いは、余計なお世話なのかもしれないですね……ですが、貴方は願いを叶えてくれると言いました……貴方はどうやって、みんなを平等にするつもりなのですか?」
「簡単だ……皆が皆統一されればよい」
「……はい?」
長い犬歯を見せて真祖は笑い……真祖は語る。
「人種があるから、人々は違いを指摘しあい貶める……そう、違いがあるからこそ人々はいがみ合うのだ。 だが、そんなものにも平等に訪れるものが存在する……大富豪も、つわものも……神でさえも逃れること叶わぬ……たった一つの平等なものがある」
「……それは?」
「死だ」
「!!? 一体何をするつもりです」
「簡単だ、皆死んでしまえばいい。 死して、我の眷属になればよい! 屍に種族は必要あるまい! さらに、死して宝玉を奪い合う道理なし! あるは自らは屍であり、我のもとに集う同胞であるいう現実のみ! 下らぬ虚栄心も、英雄譚も生あるもののみの特権だ! 強くともよい、弱くてもよい……すべて我が受け入れよう。 ほらどうだ? 自然な流れであろう?」
「自然どころか……人を殺して仲間にするなんて、悪役も良いところじゃないのー!」
「死者が正義を語ることこそ滑稽よな……我らは闇の住人、正義など生あるものに任せておけばいい。 だが、悪には悪なりの思想がある。 お前が望む世界は確かにさぞや暮らしやすく、救われるものが多いことだろう……破壊し作り直すだけの価値はある。 だが、だがな……その行為は悪なのだ……たとえ、世界の人間の七割のものが救われようとも……すべてが同時でなければ正義などありえない」
「……ぐっ……」
自分の理想を追い求めるのであれば……一歩を踏み出すつもりであるなら。
傷つかず……きれいなままでいられるとは思わないことだと……吸血鬼は言った。
悔しいが何も言い返すことは出来ず……私は親友の為にこのふてぶてしい笑みを浮かべた真祖の吸血鬼を言い負かしたいと考えるも……生憎私の言語能力ではこの理論を打ち砕くことは出来ないようだ。
「悪に染まれ、そして我と一つに成れ……安息も幸福も与えよう。我はヴラド・D・アルカード……アンデッドを生み出し始まりの吸血鬼にして、孤独を癒すものなり」
「……そうですね……確かに、ロバート王も傷ついて悪と呼ばれる覚悟をもって……リルガルムを作りだした……きれいなままでなんていられない……確かに、悪を体現しなければ……理想は得られないのですね」
「そうだ……だからこそ」
ヴラドはそうジャンヌの言葉を聞いて、手を差し出してジャンヌを連れて行こうとする。
私は慌てて、その手を振り払い……吸血鬼の甘言から、親友を救い出そうとするが。
「……ならば、私はあなたの想いを踏みにじることにします」
そう言うとジャンヌはその手を払いのけ、どこからか現れた大量の大水をヴラドへと放ち……濁流に近き水の奔流が、ブラドへと襲い掛かるのであった。




