284.ウイルの答え
「選択肢を迫る……か」
僕はひとつうなだれ、ドリーの方を見たのちに、シンプソンの表情を見る。
「私も同じ考えですねマスターウイル。 私はアンデッドとは戦いません、というか戦いたくありませんので……まぁマスターウイルの選択に従ってその後は行動しますよ。 このまま帰るなら私は帰りますし。 何か手伝うことがあるなら、お金もたんまりもらっているのでねぇ、疲れない程度の仕事であれば請け負いますけれども」
「意外ね……アンタの事だからさっさと帰るかと思ったのに」
「まぁ私にだって、一握の情ぐらいはあるし、聖職者ですからね、あの惨状を見せられたら慈善事業の一つや二つもしたくなりますよ」
「シンプソン……君という人は……」
僕は、珍しく聖職者らしい発言をするシンプソンに感動を覚えるが。
「ウイル君、黙されちゃだめだよー。 シンプソンの事だから、リリムっちに恩を売って、トチノキに報酬を貰おうとしているだけだよー」
シオンの言葉に僕の目は一瞬にして覚める。
「なんだ、いつものシンプソンか」
「何ですかその発言は聞き捨てなりませんよ!? 私だって聖職者の端くれなんですから、か弱い人の為に頑張ろうって思うかもしれないじゃないですか! シオンさんも人の事をそうやって決めつけてかかるのはどうかと思います! 博識かつ叡智を追い求めるアークメイジにあるまじき思考の偏向です!」
「じゃ、じゃあ、違うんですね?」
「いや、まぁその通りなんですけどね」
「マスター……斬りましょう」
「気持ちはわかるけど落ち着いてサリア……」
剣の鍔を鳴らしたサリアを僕はそっと静止し、ドリーに向き直って本題に戻るとする。
「ごめんね、話の腰を折って」
「気にしないでいいよぉ……難しい話だからねぇ……だけど君の場合は……いや、これは僕の口から言うのは野暮というものだねぇ」
僕の考えを、彼はどこまで見据えているのか。
深い深い群青色の瞳は心の深淵まで見透かしているようで……まるで答えをすでに知っているかのようにドリーは笑う。
この街の真実を知り……僕たちはこの街の未来を握ってしまった。
問いかけは単純であり、その答えは永遠にでない袋小路
なぜか?
この問題に答えはないからだ。
無辜の民を、心優しい人々を助ける……そんな英雄伝なら簡単だった。
だけど、この街に住む人々が……僕たちにとっての悪人だった場合……どうすればよいのだろう。
どう転んでも、僕に正義はなくなってしまう。
なぜなら、ここで彼らを見捨てれば、僕はこの街の人たちを見殺しにしたアンデッドの仲間となり。
ここで彼らを助ければ……この街で行われ続ける惨劇に手を貸したということになるからだ。
この街自体を変える……なんてものはおこがましく傲慢な行為だ。
なぜなら、この街にとってはその行為は普通であり……この街に住む人々は紛れもなく……なんの罪もない無辜の民なのだから。
ただ、僕たちとは考え方が異なるだけ……それを悪と断ずる行為は、一体彼らとどんな違いがあるのだろう。
だからこそリューキは、助けを求める人だけを助けた。
そして僕は……。
「少し時間が欲しい……次の襲撃には時間があるだろう?」
「ああ、彼らがどう動くかはわからないが、ただ今夜一晩は襲撃はない……それが僕たちの契約だからねぇ……じっくりと考えると言い。 荷物をまとめてリルガルムに帰るのも自由だ……なぜなら君は巻き込まれただけなのだし。 この街を守ると約束をしたのはそこのシンプソンだからね」
「違いますー! 私はアンデッドに魔法をかけたらお金がもらえるという契約をしただけですー!」
「とまぁ、こんなやつもいるんだ、君が自分の行動に負い目を感じる必要は全くない……これは仕方のないことなんだから……」
仕方のないこと……という言葉が僕の胸の奥を突き刺す。
「マスター」
サリアは心配そうに僕に声をかけ、僕は一度首を振って考えることを一時中断をした。
僕一人では答えはきっと出ない。
「……少し休ませてもらっていいかい……。 みんな、疲れてしまっているからね」
僕はそういうと、ドリーはにこりと微笑んでジャンヌの方へ向き直る。
「え、ええ。 どうぞこちらに……お部屋をご用意させていただいていますので」
そう言うと、ジャンヌは僕たちを教会の奥に案内をしてくれ。
「あ、私はちなみにこれから少し向かうところがあるのでまた後程ということで!」
シンプソンは鼻歌など歌いながら陽気に外にでていってしまう。
「それじゃあ、僕は明日まで暇人だからねぇ、かわいい女の子と遊んでくるとしようかな……ではでは」
ドリーもそういうと、シンプソンの後を追うように夜の町へと飛び出していった。
「……みんな、ここの人の為に頑張ってるんだね」
まるで、僕たちだけが取り残されているような……そんな気分を感じてしまう。
だが。
「ドリーさんもリューキさんも……シンプソン様も、自分にしかできないことを行っているだけですよ」
ジャンヌさんは首を振って僕の思考を否定する。
「自分にしかできない事……か」
僕はそんなジャンヌさんの言葉に一つつぶやくと……そのまま、サリアたちを連れて部屋へと向かった。
「では、こちらが皆さまの寝室になります」
案内された場所は、僕たちが現在仮住まいとしている、クレイドル寺院リルガルム支部とはまた異なった、豪華でもなければ、質素でもない普通の部屋。
他の人たちは別の場所で眠っているのか……その部屋にはちょうどベッドが六つあり、僕たちは部屋へと入ると急に方に鉛が乗っかったような錯覚を覚える。
「……ごめんなさい、中央区の人たちに部屋を貸してしまったので……本来は男女で分けるべきなのですけれども」
「私は構わないわよ」
「そうですね、むしろマスターの身の安全を確保できますので」
「そ、その、ありがとうございます」
どことなくみんな喜んでいるような気もしなくもないが、僕はとりあえずその反応に突っ込むことはしないでおく。
「ありがとうございます、ジャンヌさん。 何から何まで」
「いいえ、シオンの友達ですもの……」
微笑むジャンヌさんの表情は優しく、僕は微笑み返してお言葉に甘えることにする。
と。
小さく僕は袖を引かれる様な感覚を覚え、その方向へ視線を移すと。
「……シオン?」
「あ、あのウイル君……後ジャンヌ……その、きょ、今日はジャンヌと一緒に寝てもいい?」
シオンはどこか恥ずかしそうな表情でそう言った。
その言葉に、僕は、どう? とジャンヌに首をかしげて問いかけると。
「もちろんよシオン……」
ジャンヌはまるでお姉さんのように、恥ずかしがるようなシオンの手を引く。
「ご、ごめんねウイル君……大事な話が、あると思うけど」
「気にする必要はありませんよシオン……この広い世界で、旧友と再会できるというのは稀有なことです……色々なことがあったでしょうし、旧交を温めることを我らが止めることが出来ましょうか」
「そ、そうです……その、大事だと思います」
「夜中に火柱が上がらないおかげで、今夜はゆっくりと眠れそうだわ」
当然のように、シオンの背中をみんなは押し、僕はシオンの頭を一つ撫でて送り出す。
「……おやすみなさいシオン」
いつもなら元気に声を上げるシオンであったが。
その日はまるで年端もいかない少女のように、顔を真っ赤にしてうなずくのみであり。
まるで母親に連れられる少女のように……シオンはジャンヌの服の袖をぎゅっと握りしめたまま……二人でジャンヌの部屋へと向かっていくのであった。
「随分と仲がいいようですね、我々が踏み込めないほどには……」
扉を閉め、僕はベッドに座ると、サリアは僕に優しくそう言い放つ。
その言葉は、覚悟しておいた方がいいかもしれないということを告げており。
「……そうだね……でも、あの幸せそうな顔見たでしょ?」
「本当、すっかり火薬が湿気っちゃって……友達というよりは親子ね」
「ふふっ……でも、家族と一緒にいられるのは……とても大切なことです」
カルラは両親を思い出すかのように、胸にかけたロケットを握りしめてそうつぶやく。
「良いことだよね……魔法使いがいなくなるのは、少し痛手だけど……それでも、家族には代えられないもの……ね、ティズ?」
僕はそう苦笑を漏らして、ティズを見やる。
「あ、あによ」
そんな僕の言葉に、ティズは全てをわかっていながらも、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
本当に、かわいい子であり、僕はそんな大切な家族の反応をもう少し楽しんでいたいとも思ったが……時間は限られているのでこれぐらいにとどめておく。
「ふふっ……さてと……楽しいお話を続けていきたいけど……先に、答えを出さないとね」
僕の切り出しに、サリアもカルラも……一斉に表情を変える。
「……それで、どうするのよアンタは」
ティズの問いかけに……僕は一度固く口を噤んだ。
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