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278.襲撃の理由とウイルへの忠告


「ぐっ……双爪……」


「双爪迫撃!」


スキルを奪われたサリアが放とうとした技を、後出しでリューキが放ち……両手の朧狼と影狼を弾き飛ばす。


空を舞う二爪は生まれて初めて知る敗北に、苦悶の嗚咽を漏らすかのように音を上げ……やがて地面に刺さり静寂が訪れる。


「俺の勝ちだ……サリア」


膝をついたサリアの首元に剣を翳しリューキは勝利を宣言する。


その言葉にサリアは苦悶の表情を漏らすと……。


「マスター……逃げてください」


サリアはそう絞り出すような声でそうつぶやく。


リューキのスキルグラップの効力は十秒。


しかし、サリアのスキルをすべて奪い取ったリューキにとって……僕たちを惨殺するには十分すぎる時間である。


絶体絶命……。


死ぬだけならまだましかもしれないが、ここでリューキに僕のスキルまで再度奪われたとしたら……蘇生不可のスキルが発動してしまう。


リューキはというと、サリアの肩に手を置いたまま、スキルグラップを発動し続けている。


文字通り握り続ければ時間はその分延長されるという方式らしい。


動くことは出来ない。


少しでも動けば、リューキはサリアの首を刎ねた後僕を殺すだろう。


そうなれば、彼が何をしようとしているのかも……リリムの安否も確認できない。


……最悪のシナリオを僕は一度想像し……冷や汗を伝わせる。


が。


「……もう少し大所帯で来ると思ったんだけどな……」


意外にもリューキの次の手は、他愛のない会話であった。


「……早く殺したらどうですか……もちろん、私もただで殺されるつもりは毛頭ありませんが」


「そう噛み付くなっての……確かにアンデッドの側についたが、何も俺はこの街を滅ぼそうってわけじゃねえよ……手を組むのも今回だけだ……今夜だけは誰も怪我をしないし死なない……それが俺とエルダーリッチーが結んだ条件だ」


先ほどまでの緊張した面持ちではなく、どこか安堵をしたような表情のリューキは、いつもの調子でため息を漏らして僕たちにそう語りかける。


「……誰も怪我しない?あれだけのアンデッドを聖王都に放っておいてですか?」


「俺たちは王都襲撃を一緒に戦ったんだぞ? シオンのメルトウエイブがあれば、あのアンデッドが脅しにもならないことは重々承知しているさ……まぁ、だからこそできるだけの炎耐性をかけて行ったんだけど……想像よりもあっという間に全滅しちまった……まぁだからこうして俺がお前らの足止めをしなきゃならなくなってんだけどな……」


足止めという単語に、僕は反応をする……どうやら殺す意思はないらしい。


先ほどの戦いの殺気は十二分であったが……それでも彼は殺すつもりはなかったようだ。


「あー、クライアントがうるさいんでね……一応聞いとくけど、怪我とかしてねえよな、サリアもウイルも……気を付けてはいたんだが、加減すっとこっちが殺されちまうからな」


「……切腹したい」


加減をした相手に完全敗北をしたという事実に、サリアは今にも泣きそうな表情をしてそう小さくつぶやいた。


「やめてくれ……特におたくは死ぬとやばいんだから……」


リューキは一度ため息をついてそういうと、ちらりと横目で上空を見やる。


空には特に変化のようなものは見られなかったが……恐らく何かの合図が上がったのだろう。

リューキはコクリと何もない虚空を見上げて一つうなずく。


「リューキ……さっきの戦いで、霧状になってたけど」


「あぁ、血霧化だろ? もちろんスキルチェンジで借りてるものだ……。 無敵になるわけじゃないし……サリアもお前も、こういうもんの対処法なんてごまんとそろえてるだろう? 不意打ちで使うくらいにしか使い道がなかったが……まぁ、役に立ったな」


「誰にもらったの?」


「カルラが出会ったはずだろ?」


「トゥルーヴァンパイアとも手を組んだのですか?」


「血気盛んなあのおっさんの出陣を食い止めたと言ってほしいね」


「言っている意味が分かりません……それに、貴方の目的も全く不明だ」


「まぁ、そこんところは、いずれ分かるだろうさ、お前らがどういう選択をするのかはわからないが……俺たちはとりあえず、助けられるもんだけ助けた」


その言葉は、この街には何かがあるということを示唆しており、サリアと僕に対するリューキの問いかけは、おそらく彼らと敵対するうえで避けられない道になることだけは理解する。


「……俺たちは一度このままこの街を離れる……シンプソンの奴はクラミスの羊皮紙の影響で残らざるを得ないだろうし、クライアントは残るつもりみたいだからな、その後どうするかはお前らに任せるわ……勝手と怒るかもしれないが……俺たちが奴に協力できた正義はこの一点だけってのと……色々と探さなきゃいけないからな……まぁ、ビジネスは最後まで責任をもってやらなきゃならないからな……」


「ビジネスって……それだけでは分かりませんリューキ……街を焼くだけ焼いて、逃げ出すようにしか……私達には映りません」


「そうだな、それでいい。 この街ではそう処理される……」


「何が言いたいんだい本当に?」


 リューキの言葉は要領を得ず、僕は困惑しながらもそう問いかけるが、リューキは難しい表情をして……。


「この街は美しい……だがその分、大きな光の底には大きな影があるもんだ」


以前、シオンがつぶやいていた言葉と、似たようなことをリューキはつぶやく。


「……その影が俺たちは許せなかった……だけどな、許せないからと言って……ふらっとやってきたような冒険者が、この街の正義を捻じ曲げるのは……正しいことじゃないはずだ……正義を気取った悪人ほど……取り返しのつかないことはないだろ?」


「……」


「だから、俺たちは助けを求めてきた奴らを救うことにした……。 だから、この町をどうするかは……街を守ってくれと頼まれたお前たちにゆだねることにする……それが、筋ってものだろう? 生かすも殺すも……お前たちはこの国の人間にゆだねられた……あーいや……今のは意地の悪い言い方だったな……悪い……ただ、そのあれだ……俺たちはアンデッドに襲われるこの街を、助けたいとは思えなかった……だけど嫌いだって理由だけで、滅ぼすつもりもない……今夜だけ、この街で苦しんでいる人のためだけに働いた」


この状況をどう表現すればよいのか……彼自身も悩んでいるようであり、リューキは困ったような表情をする。


「君は、この街を滅ぼしたいのかい?」


「本心ではな……反吐が出るし、この炎が町全体を覆えばいいと思ってさえいる……」


その怒りは本物であり、リューキの拳が強く握られる音を僕は聞いた。


「この街に何が潜んでいるのかはわかりませんが……貴方は忠告をしに来た……ということですね? 何も知らないでこの依頼を遂行すると、私たちはきっと取り返しのつかないことになるかもしれない……と」


「そうかもな……これも、おせっかいなのかも知れないけど……」


リューキは苦笑いを漏らすとそうはにかむ。


「だったら、最初からそう言ってくれればいいのに」


そんなリューキに対して僕はそういうと、リューキは二三度頭を掻いて笑い。


「こんな町の状況でこの話をされて、お前はともかくこっちの聖騎士さんは納得したか?」


「なっ!? わ、私はそんなに血気盛んでは……」


「あぁ……確かに」


「マスター!?」


サリアはそう反論をしているが、十中八九切り捨てるか、拘束したのち尋問しましょうという結論に至っていただろう……。


こういう切迫した場面ではサリアは合理的な方法をとるし。


「だろ? そうなるとほら、勝ち目ないしさ」


「なるほどね……納得……」


こんな状況なのに、僕とリューキは苦笑をしあう。


「うぅ……ひどいですマスター……どうせ、どうせ私は血気盛んな役立たずエルフですよぉだ……くすん」


敗北に重なり、今日は良い所がなかったことも相まってか、サリアは涙を流していじける様な仕草を取る。


「あー、まぁとりあえず目的は達したから……俺は行くわ、それと図々しいのは承知なんだが一つだけ頼んでもいいか? 恐らくリリムだけじゃ人手が足りないだろうし」


「なんだい?」


「まだ一緒に行きたい奴が残ってるはずだ……そいつらを見つけたら東に送ってくれ」


「東に?」


「理由はすぐにわかる……」


「そう、帰ってきたらちゃんと説明してもらうからね」


「あぁ、分かってるよ……いきなり切りかかって悪かったな」


「男のフルコース一回で許してあげる、じゃあ気を付けて」


「あぁ……あ、そうだ……最後に」


「?」


「戻ったら黒騎士の兜を剥げ……そうすれば大体わかるはずだから」


「黒騎士の?」


リューキの言葉に僕は首をかしげるが、リューキはサリアから手を放すと、一瞬にしてその場から消えてしまった。


「サリア、大丈夫?」


「……ええ、何とか……ですがしばらく夢でうなされそうです」


サリアはそう落ち込んだ表情を見せてはいるが、スキルが戻って落ち着いたのか、いつもの凛々しさが戻っていた。


戦いの最中、燃える街は決して僕たちの肌を焼くことはなく、この場所以外に燃え移る気配もなく轟轟と音を立てて燃え続けている。


とりあえず、この火を何とかしないと……。


そう僕はサリアに言おうとしたが。


それよりも早く。


「雨?」


空には星が輝いているにも関わらず、聖王都クークラックスに雨が降り始める。


「……準備がいいですね、リューキは」


サリアはそうため息をもらし、僕はやっとこの雨はリューキが用意したものであると気が付き、安心してシオンたちのもとに帰ることにする。


小雨であった雨は次第に雨粒の大きさを増していき……街の外に出るころには土砂降りとなり炎を鎮火していく。

歩きながら、ずぶぬれになることは覚悟した僕たちであったが……。


不思議と、その雨が僕たちの服や肌を濡らすことはなかったのであった。


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