276.町の火災と裏切り者
「ふあー! ひっさしぶりに全弾一斉射撃をしたぞー!」
「んー! 私の炎武も久しぶりに活躍したねぇ! ずんちゃっちゃーずんちゃっちゃー!」
「はーっはっはっは! やっぱり私のウイルは最っ強なのよ! アンデッド如き目でもないわ!」
まだ戦いの余熱が残っているのか、シオンとマキナはそう楽しそうに二人で思い思いの踊りを踊りながら、勝利に酔いしれる。
「さて、片付きましたよ、皆さん」
メイズイーターを解くと、外には呆然と立ち尽くす黒騎士たちがおり、僕たちが声をかけても特に反応をすることなくくるりと背を向けると、ぞろぞろと皆が皆機械のように正門に向かって歩いていく。
「なんだか、覇気がないというか……機会みたいな動きをしますね……ウイル君」
そんな彼らを見ながら、カルラはぽつりとつぶやいた。
「無理もないんじゃない? 本当にあっけなかったし」
いきなり変な闘技場ができたかと思えば、ほんの数分足らずで全滅しました…である。
実感がわかないのも無理のない話なのかもしれない。
「そ、そういうものなのですか?」
「さぁねえ。 まぁとりあえず一件落着だ……きっとサリアが心配してるよ」
「そうですね……ですが、なんだかあっけない気もしますね」
カルラはそういうと、心配そうに遠くを見据える。
無理もない、エルダーリッチーにトゥルーヴァンパイアと今日はことを構える気でいたのだ……。
腕試しかそれとも様子を見たのか……どうしてこの戦いに参加をしなかったのかは不明だが、見張りとサリアには、その二体のいずれかが確認できたら最優先で報告をするようにと命令している……。
サリアたちが一瞬にしてやられた……というのであれば報告が来ないのも分かるが。
サリアの実力を考えると、その方がありえない。
「まぁ、考えても仕方ないことだし……今日はいったん帰ろうよ」
まだ楽しそうにくるくると回りながら遊ぶシオンとマキナの二人に声をかけ、帰路につくことにする。
カルラも少し引っ掛かりがあるようだが、僕の言葉にうなずいて、そっと僕の少し後ろをついてくる。
「でーうすーえーくすー! すっごーいぞー! かっこいーぞー!」
二人で楽しそうに歌を歌いながら帰るシオンとマキナ。
こうして僕たちの防衛線は、大勝利で幕を閉じる……。
そう思われたその時。
「――――――!!!」
街で、爆発が起こる。
「なっ!?」
驚愕に声を漏らしたのは僕だったか、それともティズだったか。
アンデッドの群れも、リッチーもトゥルーヴァンパイアの報告も上がらない中。
街の中心部で爆発が起こった音が響き渡り、やがてごうごうと赤い火の手が上がるのが遠目に見える。
「これは……」
「ウイル君! いこう!」
「うん!」
シオンの声に、僕は我に返ると、すぐさま駆け出して入り口の方へと走っていく。
流石の黒騎士たちも、街の中での爆炎とあって肝をつぶされたのか、先ほどまで機械的な動きをしていた彼らが慌てふためくようにして正門まで戻っていくのが見え、僕たちは少し彼らに遅れて、正門へと入る形となった。
「どういうことなのですか!? あの爆炎、大丈夫なわけがないでしょう!」
開かれた正門の中に、入るとそこには怒りをあらわにしながら聖騎士団長に詰め寄るサリアの姿があった。
「サリア、これは一体」
背後にはごうごうと燃え盛る聖都クークラックスの市街地。
しかし、聖騎士団たちは慌てる様子はあれど、誰一人その街へと足を運ぼうとするものがいない。
ただお互いに連絡を取り合うのみで、鎮火作業、状況確認……そして住民の避難誘導といった活動をしていない……いや、最初からしようとする気配すら見えないのだ。
「マスター……彼らは、あの火災は今回の襲撃とは関係がないといいはるのです」
「門からは報告はない……そして、火災の処理は我々の管轄外です……いかにサリア様の頼みとあれど従うわけにはいきません……これは法律なのです。安心してください、あれは決してアンデッドの襲撃ではない」
「アンデッドの襲撃の直後に町が爆破されて、関係性を疑わないというのはそれこそおかしな話だ! マスター! それならば我々だけでも原因究明に向かいましょう! 火災場所は市街地です! あの火の手では自主避難は見込めません!」
僕は火災についてはあまり詳しくはないが、サリアの表情と剣幕から、事態がどれほど急を要するのかは理解できる。
法律により聖騎士団が市民の救助をできないというのはふざけた話であるが。
動かないのであればサリアの言う通り、部外者の僕たちが動くしかない。
「なりません! ウイル様」
そう考え、火災場所へと向かおうとする僕たちを、聖騎士団長の腕が止める。
「なんで……部外者なら法律は関係ないはずでしょ?」
「確かに法律は問題はありませんが、あそこは毒性の物質が多く……」
「僕には毒は効かない……だから問題ない!」
「しかし……まだアンデッドが」
「カルラたちを残す……それで構わないだろう」
「むぅ……ですが」
僕の言葉に、聖騎士団長は何か言葉を発しようとするが。
それを待たずに僕は火災現場へと走り出す。
「あっ!? ウイル様!」
止める声はもはや聴く必要はない。
後で法で罰せられようとも、目の前で助けを求める人がいるのであれば助けるのが僕の正義だ。
と。
「マスター、お供します」
「サリア、でも君は」
「私はマスターよりも上級の毒耐性を有しています……それに、カルラを置いて行くのであれば、トゥルーヴァンパイアの相手は私しか望めません」
サリアはそういうと、二コリと僕に微笑みかけ……僕は少し考えたのち。
「怪我しないでよ」
苦笑を漏らして同行を許可したのであった。
◇
「これは……ひどい火災ですね」
聖都クークラックスの火の手が上がったのは、まるで市街地に包み隠されるようにして存在した小さな住宅街。
周りの華々しい白色の建物立ち並ぶ住宅街とは異なり、煤と灰のせいかこの場所は少しばかりボロボロで、汚らしい印象を受ける。
「だれかー!? 誰かいませんかー!」
声を上げてみるも返事はない。
それどころか、これだけの火災と爆発があったというのに、人の死体も何もないのだ。
「マスター……この場所、何か妙です」
サリアの言葉に僕はひとつうなずく。
あれだけの爆発、火災だというのに道は綺麗に掃除がされていたかのようで。
これだけ勢いよく建物が燃えているにも関わらず……火の手は全く道まで伸びていないのだ。
「……まるで、避難をしてから火をつけたような」
「まだわからない……たまたまかもしれないし……逃げ遅れている人がいるかもしれない……サリアはそっちの道を、僕はこっちを行くから」
街へと伸びる分かれ道に差し当たった僕は、二手に分かれることをサリアに提案すると、サリアも納得したようにうなずき。
「分かりました、建物が倒壊する恐れがありますので、この道を抜けた先……火の手が回らない場所で合流しましょう! じきに火の鎮火が行われるはずです」
「わかった」
サリアの言葉に僕はそううなずき、サリアと別れる。
燃え盛る火の中をあるくが、街は不思議と熱くはなく。
まるで何かのアトラクションのような火災現場の中を、僕は誰かがいないかを気配探知のスキルを使用しながら探索をする。
だが、反応はない……もぬけの殻とはまさにこのことであり。
「……まるで、ここから逃げ出したみたいだな」
僕はそんなことをつぶやくと。
「へぇ、やるなぁウイル!」
不意に頭上から声が響き……殺気が放たれる。
「っ!?」
頭上から走る白銀の刃。
重く、不意を突いた完全なアンブッシュであったが、僕はすんでのところでその刃をホークウインドで受け止める。
火花が散り、僕はその一撃をいなすと距離を置いて敵を視認し……。
驚愕する。
「……悪いなウイル……アンデッドの退治は見事だったが……申し訳ないが利用させてもらったぜ……そんでもって、ここは引いてくれ……こっから先は俺たちの仕事なんでな」
聞き間違えるわけも、見間違えるわけもなく。
先の気配遮断のスキルに見事なまでの激烈な一撃……。
そこには……偽物でも幻影でもない……。
転生勇者・リューキの姿があった。




