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273.トゥルーヴァンパイア

「それでカルラ……洞窟の様子は?」


見たところ、怪我はなく、その顔には疲労の色も見えないカルラであったため、大したことはなかったのかと僕は推測し、軽くカルラに報告を求めると。


「……えぇと、とりあえず不味い状況です、このままだとこの都市滅んでしまいます」


なんて、まるで定時連絡の様な気軽さでカルラはそんな報告をする。


「いや、そんな緊迫した状況だったら、アンタもう少し緊迫した表情で伝えなさいよ、どれぐらいまずい状況なのか把握しにくいじゃないの」


「え、あっ……ご、ごめんなさい……わー! たた、たいへんだー!! この街が、アンデッドのせいで滅んじゃうんですー!」


かわいい。


「しかしカルラ、シンプソンがいるというのになぜ滅ぶという判断をしたのですか?」


そんな緊張感のないやり取りをする中でも、サリアは一人冷静にカルラに状況の報告を求める。


「えぇと……物の数じゃないんです……確かに、いくつもある洞窟は全部一つのつながった迷宮だったとか、アンデッドの大軍の総数がおそらく十万を軽く超えてるとかっていうのもあるんですけど」


「なにそれ、それでも軽く絶望してるんだけど……ねぇウイル、シンプソンおいて帰りましょう?」


「だぁめ」


表情を青ざめさせ、そう懇願するティズにノーを突きつけたのち。


僕は重ねて問う。


「それで、その状況よりももっと悪い状況っていうのは?」


「ええ、帰り際にトゥルーヴァンパイアに遭遇しました……しかも最上級、恐らく爵位クラスの」


「爵位クラスの真祖の吸血鬼……ですか」


「げぇっ……な、なんか嫌な予感がしてきたよー」


「真祖の吸血鬼が絡む事件は何事も厄介ごとですからね……それも爵位級となると」


サリアはぶつぶつと考える様な表情を見せながら考え込み、僕もその言葉にやれやれとため息をつく。


「今回の事件の首謀者は、それじゃあ真祖の吸血鬼ってことなのか?」


「いえ、あくまで彼は雇われただけと」


「雇われたぁ? 気位が高くてプライドだけでのーのーと生きてるような奴らが誰かの下で働くなんて聞いたことないわね……牙でも抜かれたのかしら」


「いや、力はそのままでしたので、その可能性は低いかと」


「あーー、すごい嫌な予感!?すっごい嫌な予感だよー!?」


「それで……遭遇したということは」


「戦闘になりました……ですが」


「なるほど、僕の言いつけを守って、逃げてきたんだね」


「そ、そうなんです、不死を超える方法もないですし、なによりあれだけの力を持った魔物相手に無傷は不可能なので……首を切って、ひるんだすきに」


なにやら逃走方法に少しばかりの疑問があるが……まぁこの際追及はしないでおこう。


真祖の吸血鬼から無傷で生還したのだから……。


「なるほどねぇ、リッチーと真祖の吸血鬼か……真祖はアンデッドじゃないから神聖魔法は効かないし……ブリューゲルなんて話にならないくらい完璧な不死よ?」


カルラの言う通り、十万の軍勢なんかよりもよっぽど厄介な相手である。


少なくとも、この街とシンプソンだけではどうしようもなさそうだ。


僕はそう一人考え、カルラにありがとうとだけ伝える。


「思ったよりも難儀しそうね」


ティズは【おうち帰りたい】と書いたプラカードを掲げながら僕にそう訴え、僕もその言葉に一つうなずくが。


「まぁ、やり方はうん……色々あるからいいとして」


「そうですね、不死でも痛覚はあるのですから……心が壊れてさえいなければいくらでもむふぐ……」


「はーいサリアちゃーん、マキナちゃんがいるんだからそういう怖いお話は控えようねー」


シオンにやんわりと叱られるサリア。


珍しい光景だ。


「ま、死ななくても足止めは出来るってことでいいのね? カルラ」


「長引かせるだけならば、いくらでも……そもそも忍はそういう戦い方に、特化していますので、不生不殺いかさずころさず遅延停滞、卑怯卑劣に不死不滅……敵の機動力を自らが耐え忍ぶことによりその身一つで削ぎ落す……それが、忍であり、カルラの生き方なので……特に、耐え忍ぶことには私……自信はありますよ!」


珍しく饒舌に語るカルラ……迷宮教会に壊された日常の中でも、恐らくはその生き方と忍というあり方には誇りを持っているらしく。


彼女の在り方に僕は心を奪われてしまう。


なぜなら、その誇りを語る彼女の姿は、いつもの怯えた様子はなく……何よりも猛々しく僕の目に映ったからだ。


「……カルラン……かーっこいー!」


そんなカルラの言葉に、シオンは瞳を輝かせて抱き着き、頭を撫で繰り回す。


「ちょっあぶぶ!? シオンさん!? くすぐったいですぅ!」


「台無しね……まぁそれは良いとして、話をまとめると、カルラが真祖を抑え込んでる間に、軍勢をやっつけちゃうってことでいいのね?」


「そういう事になるね」


「サリアおねーちゃんは?」


「申し訳ありません……私は、もう少しだけ怪我の治癒に時間がかかります」


「うん、今回はサリアを前線に出すわけにはいかないから……カルラ一人で耐えてもらうことになる……その代わり、街に入ったアンデッドの駆除を頼むよ。 町の人たちに被害が出ないように」


「分かりました」


「大丈夫大丈夫―! スーパーシオンちゃんバリア―もあるし! 何しろシンプソンがいるんだから~」


「ま、そうよねぇ。 洞窟のアンデッドは普通のアンデッドだったんでしょ?」


「ええ、ゾンビとスケルトンの割合が七対三……魔法による全体強化がかけられているのと、総数がどれぐらいになるのか具体的な数字までは割り出せませんでしたが……。


仮に十万だと仮定しても、シンプソンさんの力があれば数分で片が付きます」


「ま、そんなもんか……あの似非神父の事だから絶対手を抜くとは思うけど」


「それでも時間は一時間もかからないよ……そうなれば、こちらの勝利だ」


「いかに真祖といえども、国の軍隊一つを相手に戦えるわけない物ね……」


「人間に捕まった真祖の吸血鬼の末路は……恐らく彼らが一番よく知っているはず。

長居はしないと思われますが」


「そ、だったら何も問題は無さそうじゃないの」


ティズはそう安堵の表情を漏らし、鼻歌交じりに僕たちの周りをひらひらと飛び回り始める……と。


「あら?」


用意してもらっていた宿屋……ピエールさんが僕たちの為に手配してくれた宿泊施設の入り口の前に、なにやら騎士団の人たちが集まっているのが見える。


その様子からは何か有事があったようであり、どことなく焦っているようにも見える。


「ちょっと、筋肉エルフ……アンタはっちゃけ過ぎて指名手配でもされたんじゃないでしょうね?」


「そ、そんなはずは……」


なぜここでサリアが口ごもったのかは……とりあえず後で問いただしておかないと。


「……一体どうしたんですか?」


心の中でそう僕は決心をしつつ……とりあえずは何があったのかを聞くために騎士団の人に僕は声をかけると。


「あぁ、ウイル様!? お戻りになられましたか! ウイル様万歳!」


僕はサリアの方を横目でにらむと、サリアはさっと顔を背けた。

「それで? 何かあったの?」


「はい……実は……」


僕の質問に、兵士は一度困ったように口ごもり。


「……シンプソン様が、行方不明になられました……」


 そう答えるのであった。


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