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271.神の使途と死霊の商談

「えーではでは!  お話をまとめさせていただきますけれども!」


シンプソンは高らかに笑いながら宣言をし、げっそりとした表情のピエールはクラミスの羊皮紙に署名をしたのち、頭を抱える。


「悪魔ですか……貴方」


「神父です! いいですか? 読み上げますよ! ターンアンデッド使用料一回金貨枚500枚! 成功報酬で金貨10000枚! リッチーの撃破に成功した場合は金貨10000枚! 当然! 負傷兵の蘇生400、怪我の回復料金は成功報酬で金貨200枚ずつ! なお、特別なことが起こり、想定外の事態を解決した場合はその度に! その合計の報酬×3をいただきます! なお、支払えない場合は契約違反とはみなさず、シンプソン・V・クライトスの望む方法にて弁済をする! 以上!」


「ざっと計算してこのお城が後二つは立ちますよ……ピエール様」


「分かってますよ……でも仕方ないじゃないですか」

「兵士の蘇生代金を一律にしたのは最大の譲歩です! マスターウイルは十万枚ポンッとくれましたよ! 領主としての度量を見せないで何が聖王都ですか! 知っているんですよ、聖地という名目でクレイドル教会から毎年金貨一万枚近くの補助金をもらってることぐらい!」


「その倍近く吹っ掛けてるんですよなぁ」


ジョフロアはその脅しに近いシンプソンのその交渉術に口を開けたまま何もできずにおり、周りに控えていた宰相たちも、口を出せば自らに金の亡者がたかると踏み、会議室のオブジェのように塊、自らの上司がむしり取られる様を黙々と息を殺して眺めていた。

その結果が、聖王都の一年の予算の1.5倍の出費であり。


何かがあればさらにその3倍の金額を請求されるという、国家が傾きかねない契約を結ばされてしまったのである。


普通であればそんな契約はノーを突きつけるのであろうが……。


悲しきかな……聖地の領主というだけで今まで甘い汁をすすってきたピエールが、百戦錬磨の冒険者たちから金を巻き上げてきた神父シンプソンの口車から逃げ出せるわけはなく。


これもクレイドル神の計らいであるかのように……あれよあれよという間に契約金は膨らんでしまったのであった。


「……聖地が滅ぶよりはまし、聖地が滅ぶよりはまし」


ブツブツとつぶやきながらピエールはそう頭を抱え、対照的にシンプソンはにこやかな笑顔のままクラミスの羊皮紙に決して汚れず、決して破けず、決して燃えないように、

最上級神聖防護魔法~滅びぬ永遠~をかける。


「ではではー、お仕事はきっちりと今日からさせていただきますので! んーいい商談でした! これからも御贔屓にお願いしますよ! ピエールさん♪」


幸せそうな笑顔を振りまき、くるくると愉快そうに踊りながら、神父シンプソンはピエールの部屋から退出する。


「ド畜生が!!」


ばたんと何か机や鎧の様なものが吹き飛ぶ音がしたが気にしない。


なぜなら約束を反故にすれば、あちらの体がばらばらになるし、危害を加えようものなら蘇生もできないほど魂を引き裂かれてしまうのだから。


「絶対安全、大儲け! いやーこれだからピエールの持ってくる仕事は美味しいおいしい!」


無駄に豪華な回廊、そして胡散臭い神話の時代の槍や聖杯のレプリカ等を指でなぞりながら、シンプソンは鼻歌交じりにピエールの館の出口へと向かう。


なにやら、下の方……特に聖騎士団訓練場の方から断末魔の悲鳴のようなものが複数響いているような気がするが、今はそんなことは気にせずに出口のある通路の角を曲がる……と。


「あ、どうも、シンプソンさん。 お話は終わりました?」


そこには、見目麗しい眼鏡の少女、リリムが立っていた。


「ええ、おかげさまで大儲けさせていただきましたよ! リリムさんの方こそ、鉱脈の視察は終わったのですか?」


「まぁ、まだ終わってはいないんですけれども……実はもっといい儲け話がありまして」


「ほう……それはそれは」


その言葉に、シンプソンは目の色を変える。


本来この場所に用のないはずのリリムが、自分を待っていたということは……その儲け話に自分が必要であること……そして何より、国家間の交易をも任されるクリハバタイ商店の交渉人が、鉱脈の視察を投げ捨てでも優先させる儲け話。


そんな大金の匂いを嗅ぎ逃すわけもなく、シンプソンはズイと一歩身を乗り出す。


「どんな?」


しかし、リリムはその食いつきに一歩身を引き……同時に含み笑いを浮かべ。


「商談に焦りは禁物ですよシンプソンさん……大事なお話になるので……取り合えずは、お話を聞いていただけるか否か……詳しいお話はその後にしましょう? ええ、慎重に考えないと、少しばかり……いや、大やけどをするかもしれないことをお断りしておきます」


「なるほどなるほど……随分とまた……危険なのですか? それとも……」


「……ええ、それなりに危険な商売です、まぁクリハバタイ商店の端くれですので命の保証はさせていただきますが……貴方の立場を悪くするかもしれません……それでもいいですか?」


「構いませんよ」


その言葉はもはや、シンプソンにとっては夢のような誘いであり悩むことなどせずに即答をする。


死ななきゃタダ。


それが彼の信条なのだ……今更他人の目や風評など知ったことではない……。


「ありがとうございますシンプソンさん……じゃあ、商談を始めましょうか」


そうリリムは笑みを零すと、そのまま指を一つ鳴らす。


瞬間……シンプソンは一瞬眩暈の様なものを感じ瞳を閉じ……。


再び目を開けると、そこはピエールの城の中ではなく、薄暗い洞窟の様な場所があり。


その目の前には全く似つかわしくない、最高級トネリコの木でつくられた交渉用のテーブルと、イスが用意された場所が現れる。


「ひっ……こ、ここは?」


シンプソンは異様な光景に少し声を裏返しながらリリムに問いかけると、リリムは安心してくださいと笑いながら、シンプソンの為に椅子を引く。


「……ここはアクエリアスの洞窟最深部です。 クライアントがここで交渉をしたいということなので……あ、イスと机は、クリハバタイ商店でも取り扱っている最高級品ですのでご安心を!」


「洞窟? ま、まぁ場所なんてどうでもいいですけど、なんでまたこんな」


「それは、クライアント立っての希望でしてね……人目に付くわけにもいかないのと、あんまり日に当たりたくないとのことなんですよ」


「……随分とまぁ……でもまぁそういう人の方がお金を持ってたりするのですかね……どうでもいいですけれども」


シンプソンはそうため息をついて、案内されるがまま椅子に腰を掛けると。


リリムはそっと隣に羽ペンとクラミスの羊皮紙を置く。


「これはこれは、不死鳥の羽ペンですか……これもまた」


「クリハバタイ商店で取り扱っているものです……不死鳥の羽なので、永遠にインクが切れないのが特徴です……そしてなによりも、赤ではなく黒いインクが出るのがみそなんです」


「ははぁ……燃える際の燃料になる黒い血、炭血が流れている部分の羽ですか……龍でいう逆鱗に位置する部位の羽……相当高価なものじゃないですか」


「クリハバタイ商店なので!」


元気に笑うリリムに、シンプソンは口元を緩める。


ピエールとの商談とは比べ物にならない……更に大きなお金の匂いがプンプンとするからだ。


「それで、そのクライアントというものはどなたなのでしょうかねぇ?」


「ふふっ……あまり驚かないでくださいね!」


「驚く?」


シンプソンは疑問符を浮かべながら、テーブルの対面を見つめていると。


「不躾に呼び出したこと……まずは謝罪させていただこう……シンプソン・V・クライトス殿……そして、この場に来ていただいたことに深く感謝を」


闇の中より重く声が響き……ゆっくりとその死霊が姿を現す。


「……え? は?」


その姿に、シンプソンは驚愕に開いた口がふさがらない。


なぜなら、商談の相手としてやってきたのは……。


「え、エルダーリッチー……?」


人語を解し、智謀と謀略により人を誅殺する幽鬼……エルダーリッチーであったからだ。


「驚かせて申し訳ない……だが、どうしてもあなたに会う必要があったのだ」


放心状態のシンプソンに対し、エルダーリッチーはどかりと椅子に腰かけ、そう重ねて謝罪をする。


確かに、友好的なエルダーリッチーもこの世には多く存在するのだろう。


だが、神父の前に商談を持ちかけるなどという自殺行為にも等しい行いをするエルダーリッチーを見るのは、当然のことながらいかに神父シンプソンであっても初めてである。


当然だ。


そもそもクレイドル教会はアンデッドを絶対悪と認めている。


いかなる理由が有れども、幽鬼・アンデッドは浄化対象でありいかなるアンデッドも神聖魔法には抗うことは不可能である……それはこの世界のルールでもあり、エルダーリッチーのように知能が高い魔物であれば選択肢にも浮かばないような自殺行為である。


「……あなた、狂ってるのですか?」


シンプソンはそう、目前のエルダーリッチーに問いかける……自分のしていることを理解しているのかと?


その言葉に対し。


「当然」


リッチーはそう返し、既にボロボロになった口元をにやりと釣り上げる。


「……はっ……ははは」


シンプソンは、その言葉に脱力げに苦笑を漏らす。


目の前の光景、おかしな状況……もはや笑うしかない。


そんな神父の様子に、リリムは少しだけ心配をするような様子で隣に立ち。


「当然まだ引き返せますので、ゆっくり考えてくださいねシンプソンさん、貴方にも当然立場と考えがあります……ただ、目の前の彼はあなたという存在に賭けただけ……強制はしないことは、こちらで誓わせています……なので安心して商談の内容を聞いて……受けるか否かを決めてください」


「では……話の内容だが」


その言葉に、心底愉快といったような満面の笑みをシンプソンは浮かべて首を振り。


「くっくくく……別に内容なんてどうでもいいですよ……ただ、貴方これよりも大きな額は出せます?」


ピエールより勝ち取ったクラミスの羊皮紙を投げて渡す。


「……」


その紙を受け取り、エルダーリッチーは数秒その内容を読んだ後ににやりと口元を緩め。


「これだけか? 桁が二つ足りないぞ……ミスターシンプソン」


そう笑う。


その言葉により、ここに黄金の時代初めての、神の使途とアンデッドの商談が成立をするのであった。


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