264. リッチーとスキルグラップ
「!?」
声に導かれ振り返ると、そこに立つのはボロボロのローブを羽織った男。
顔には魔物の頭蓋で作られた角突きの仮面をつけ、その手にはトネリコの杖が煌々と光る。
杖を握る手には皮手袋をはめてはいるが、ローブと手袋の間から覗く乾ききった腕から、その男がリッチーであることは明白であった
「……魔物の探知に引っかからなかった……」
フットの驚愕の声と同時にリリムを含めフットたちは一足飛びに距離を取り、臨戦態勢をとる。
「……そのような魔法が私に通ずるわけもないだろう……」
「なるほど、リッチーはリッチーでも、エルダーリッチーだったというわけか……まぁ、聖都をてこずらせるくらいだからねぇ」
エルダーリッチー……リルガルムの迷宮においても九階層付近に現れる強敵である。
「……貴様らも運がいい……護衛がいない合間に侵入するとは……しかし、いかんせん騒ぎすぎだ」
「うん、それは本当に、何の言い訳もできないわね」
エリシアはその言葉を素直に認め、リリムを含む全員が首を縦に振る。
「愚かな……愚者の屍を束ねるのもこちらとて楽ではない……力のある冒険者には見えるが、その身は操らず土と還すが吉のようだ」
杖を構え、その行動にその場にいた人間すべてが臨戦態勢をとる。
「ちょっと、役立たずだと思うんなら見逃しなさいよね!」
「それは無理だ……お前たちはこの場所を知った……生きては返さぬぞ」
悪態をつくような表情を向けるエリシア……それに対してリッチーは特に感情を表に出すことはなく……。
【疾風迅雷!!】
第七階位魔法である疾風迅雷を無詠唱にて放つ。
文字通り、風により作られた刃と、雷が放たれる複合魔法の一種であり。
そんな上級の魔法を、目前のリッチーは詠唱を破棄して放つ。
「ちょっ!? まってまって!? こんな魔法の盾はごめんだよ!」
迫り寄る魔法に対し、ドリーは一人情けない声を漏らすが。
「ユニゾンスキル!!」
そんなドリーをリューキは首根っこを掴んで自らの後ろにやり、ユニゾンスキルにより自らを盾にする。
【我が身を盾に!!】
かばうと囮、そして魔法耐性アップのスキルを発動したリューキは、全体攻撃魔法である疾風迅雷をその身一つで受け止めつつ。
「続けていくぜ!」
第七階位魔法を受け止めつつも、ひるむことなくリッチーへと剣を引き抜き踏み込む。
「なっ……効いていない!?」
たとえ龍種であったとしても、その一撃を前には身をたじろがせるほどの一撃……。
しかし目前のただの人間は、ひるむことなくすべてを受け止めた上で前進をしつつ、前へと踏み込んだのだ。
「そんなわけねぇだろ! いてぇし泣きそうだっつーの!」
怒号一喝。
「ちいっ!?」
魔法による技後硬直により、リッチーは背後に飛んで距離を置こうとするが。
【狙撃!】
そんなリッチーに対し、リューキは持っていた剣を投げつけてリッチーの腕を狙撃する。
「ぬぅっ!?」
狙撃のスキルにより、放たれた魔弾は、回避を試みるリッチーをあざ笑うかのように杖へと命中し、杖が土を叩く乾いた音がアクエリアスの洞窟に響き渡る。
「ちっ、小癪な! だが、我が腕はまだ生きている! 武器を捨てたのは失策だったな!」
そう、リッチーは杖がなくなれば魔法を使うことは出来ないが、吸魂や呪怨による攻撃は可能である。
故に、リッチーはすぐさまリューキに対し吸魂の魔法により、力を奪おうと考えるも。
「お前のスキル……ちょっと借りるぜ!」
その伸ばされた腕を、リューキは手のひらを合わせるようにして掴み。
「スキルグラップ!!」
リッチーが所有するスキルを根こそぎ奪い取る。
「馬鹿な……我がスキルが……」
自らにかけられていたスキルによる加護、身体強化が一瞬にして消えたことにより、リッチーは驚愕し、自らの身に起こったことを悟る。
しかし、その時にはすでにスキルは目前の勇者に奪われた後であり。
「悪いな……勝負ありだ」
リューキはリッチーが放とうとした吸魂のスキルを構えて、リッチーにそう宣言をする。
「……見事だ、迷い込みし愚か者よ……よもや、土に還そうと画策した私のほうが打ち滅ぼされるとは」
「人生はわかんねえもんさ……だから楽しかったんだろう? 世の中を彷徨うぐらいにはさ」
「ふん……とうに忘れたわそんなこと……まったく、実に忌々しき人間よ……この恨み忘れず冥府へと持っていくからな」
リッチーは相変わらず無表情のまま、瞳を閉じて自らの運命を受け止めようとするが……。
しかし、そんな中リューキだけは一人口を緩めて。
「嘘だね」
そう言葉を漏らす。
「……なぜそう思う?」
依然表情は変わらず、リッチーはリューキの言葉に対してそう疑問を投げかけると。
「簡単さ、お前が俺たちを呼び止めたからさ」
リューキは鼻を一つ鳴らして退屈そうにそう漏らす。
「?」
その言葉に、リリムとエリシアは首をかしげるが、気にすることなくリューキは続ける。
「なんでお前は俺たちを呼び止めたんだ? リッチー」
「逃がすわけにはいかぬからだ、ここに我が工房があると知られるのは我が計画に支障が生まれるのでな」
「工房の移動なんて、俺たちが帰った後にゆっくりとすればいいだけだろう? それに
こんなところに工房なんかを作っておいて、見つかるわけにはいかないなんておかしいだろう? つまりだ、お前が俺たちに声をかけたのは……何か話が合ったから、違うか?」
「……」
黙するリッチー。
その沈黙は憤慨でも否定でもなく、言葉を失っているだけであり、それは紛れもない肯定の反応であった。
「……死霊よ何を願うんだい? 平和的解決は僕たちにとっては万々歳だからねぇ! なにせ、戦闘になると僕は盾にならなくちゃいけないからねぇ!」
「リューキを逆に盾にしておいて何を言ってるのよドリー……まぁでも、私達としては? 平和的解決の方が望ましいわ」
「同意」
エリシア、フットもその方針には賛成なようであり、リッチーはひとつ黙りこくった後に。
「……殺さず、操り願いを聞き届かせようかとも思ったが……素直に最初からこうしていればよかったな」
被りを振って苦笑を漏らしたのち、頭を下げる。
「随分と友好的なリッチーなんだね……貴方」
リリムは臨戦態勢が解かれたことから、ほっと胸をなでおろすようなしぐさをしたのちに、ずれていた眼鏡をかけなおす。
そんなリリムの言葉に、リッチーは少しだけ微笑んだような――骸骨なので本当に見えるだけだが――表情だけを零し。
「……我が願いを聞き届けて欲しい……転生せし神の勇者よ」
そうつぶやいたのであった。




