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263. リューキと神話の戦い

                     

アクエリアスの遺跡……転生勇者リューキのパーティー。


「それにしても、綺麗な場所だよなぁ」


ほんわかとした空気の中、転生勇者リューキはそんな感想を漏らす。


ここ、アクエリアスの遺跡は聖都クークラックスから少し離れた場所にある迷宮である。


しかし迷宮といえども、その生まれ方は他の迷宮とはことなる生まれ方をしており、学説の中ではこれを迷宮と呼称すべきではないと唱える者もいるが……それはまた別の話である。


「かつて人々の国を三つ飲み込んだ大水害……ノアを引き起こした魔族、アクエリアスが封印されている洞窟よね、確か」


「ええ、魔族戦争は部族戦争よりもずっと前の神話に近いお話だから……文献から推測するしかないんだけどね」


「俺、こっちに転生してまだ五年くらいしかたってねーから、その話詳しく知らねーんだけど」


「私も、森育ち故……教えていただけるか? リリム殿」


そう頼むリューキとフットに対し、リリムはひとつうなずいた後、吟遊詩人よりも静かに、されど小説家よりも躍動的に……その物語を口にする。


「魔人アクエリアスの引き起こした大波は国を三つ滅ぼし、この地域の人は絶えるかと思われた。 しかしそんな中、神であるグランドリンの槍が、海を割り大地を露出させ、その大地からデウスエクスマキナは船を作り溺れる人を救い出し、仮面タイガーは素早く移動し、クレイドルはガーアルドと共にアクエリアスの心臓を聖なる槍にてうち貫き、このアクエリアスの洞窟に永遠に封印をした……」


「ちょっとまって、仮面タイガー何もしてないんだけど」


リューキの突っ込みに対し、エリシアは少しだけ苦笑を漏らす。


「そっか、リリムは人狼族だもんね……」


「え? 私、小さいころにこう教わったんだけど」


「それは人狼族だけよ、猫族とのライバル関係にあるから、仮面タイガーをそういうふうに語り継いだの……実際は、アクエリアスを貫く槍を人々に作らせるため、仮面タイガーは人々を鼓舞し続けたのよ」


「ちょっとまて!? やっぱり何もしてないじゃないか……作れよ!? 仮面タイガーも槍作れよ!?」


「不器用だったから作れなかったって話よ? だって肉球だし」


「おい神様おい!?」


「む? しかし、大地が海に沈んだのであれば……その後はどうなったのだ?」


「それがこの洞窟よ……」


エリシアはそう自慢げに胸を張りながら、ぱんっと一つ洞窟の壁を叩くと。


「あっ、つめたっ!?」


エリシアが触れた場所から水が滴るように溢れ、冷たくて驚いたのだろう、エリシアはその手を軽く振って水滴を飛ばすと、フットの頭に水滴が飛び、フットは少し不機嫌そうにエリシアをにらみつける。


「……私に水をやっても伸びないぞ?」


「あ、ごめん……うっかり……ま、まぁ見ての通り、この洞窟の石は水槽鉱石っていう水を含むことのできる珍しい魔鉱石でできていて、戦いが終わった後、全ての魔法を操るもの、ミユキ・サトナカがその海をすべてこの石に封じ込めて洞窟にしたって言われているわ……アンタミユキ様から何も聞いてないの?」


「あいにく、教わったのはツンデレのすばらしさと世の中の不条理だけでね」


「なによそれ」


リューキの発言にエリシアはため息を漏らす。


「……危険な場所だって聞いていたけど、そうでもないみたいだよね、エリシア」


「昔はね、何せ神様がこぞって作り上げた合作みたいな洞窟だもの……階層とかに分かれたしっかりとした迷宮ではないけれども、強力な魔物がうようよしていたんだって……でも、この地を訪れた英雄王ロバートによって、それもなくなった」


「……スロウリーオールスターズロバートの魔物討伐百番勝負だね」


「そ、単身、武器はロングソード一本で、ここに住まうゴルゴン―ンやドラゴンとかと戦い抜き、見事アクエリアスの力の源であるアクエリアスの心を持ちかえった、英雄王ロバートの中でも有名なお話よ」


「うん、でもアクエリアスの心は……部族戦争のさなかに無くしちゃったって聞いたけど」


「ノームの国で起きた大干ばつ……何人もの死者が出るほどの日照りが続いた日に、ロバートはアクエリアスの心を乾いた泉に投げ入れた……すると、その地には永遠に水が沸き続けるオアシスができたと……そういわれているわ」


「ふーん……嘘くせえな」


リューキはそう興味なさげにつぶやきながら、誰もいない迷宮を歩く。


「まぁでも、この迷宮を攻略したのはロバートで間違いないわ……アクエリアスの心なんてものがあったのかまでは知らないけれども」


そんなリューキに対しエリシアはそういうと、ドリーは苦笑を漏らして。


「おとぎ話は尾ひれはひれが付くからねぇ……あ、ところで、休憩時間はまだかな? れっきとした魔術師である僕は、結構疲れてきてしまっているんだけど」


「おかしいわねリューキ、盾が喋ってるわよ?」


「そうだな、迷宮で拾ってきたのは間違いだったな……今からでは遅くはないし、ここに捨ててくか」


「ちょっと!? まさかの物扱いかい!? リリム! 何とか言ってやってくれ!」


「申し訳ありませんが、値段が付かない商品なので御買取りできません」


「ひどい!?」


そうドリーの悲痛な声が響き渡り……迷宮に反響をする。


魔物のいない、攻略をされてしまった迷宮。


本来であるならば、このような大声を出しても、寄ってきてスライム程度の魔物であろう。


しかし、その日ばかりは少し違った。


攻略され、魔素も薄れたこの洞窟。


しかし……。


「……待て……何かいるぞ」


フットの索敵スキルが……敵の存在を感知する。


「!? 確かに、この奥から、腐臭が」


その声に釣られて、リリムが確かめるように鼻を使うと……確かにその奥からは何かがうごめく音と腐臭がする。


「……腐臭、となるとアンデッドか」


リューキは慌ててドリーの口を押えて黙らせてそうつぶやく。


「……ぷは……これは困ったぞぅ? アンデッドが出るなんて聞いてないから、聖水とか持ってきてないよ?」


「アンタが持ちたくないって言ったんでしょうがドリー、重いからって」


「責任もって囮」


「ちょっとフットさん!? みんなも合意の上だったよねぇ!? リリムさんがいるからって」


「静かにしろドリー……それで、どれくらいの数がいるんだ? フット」


「大量だ……一ダースでは足りん」


「……ふぅん、最近アンデッドが町を襲撃してるってことと関係があるのか?」


「分からん……しかし、一つ所にまとめられているところを見ると」


「リッチーも近くにいるかもしれねえってことか」


リューキは少しだけ悩むような素振りを見せる。


リッチーが危険な魔物であることは重々承知しているつもりであるが、彼らとてS級冒険者……リッチー一体に遅れをとることはまずないはずだ。


しかし、リューキの転生者としての第六感が……危険であると判断している。


状況だけを見れば、リッチーの工房がこのアクエリアスの洞窟につくられているというだけである。


そこを叩けばリッチーを駆逐することもできるし、伝説の騎士に貸しを作ることにもなる……。


冒険者としてはいいことづくめな条件が提示されているような気もするが……。それでも何かが引っかかるのだ。


それは。


「エリシア、どう思う」


「少し、目立ちすぎよ」


そう、このアクエリアスの洞窟という有名な洞窟。


時期が時期であれば観光スポットとしても利用されているこの場所に……なぜリッチーは工房を作っているのかということだ。


理由は二つ考えられる。


ひとつは、襲撃をされても大丈夫なほどの大軍をこの洞窟に納めていること。


そしてもう一つは、絶対に打ち取られないという自信が……そこにあるということのどちらかだ。


「……リッチーになるやつは基本的に根暗で陰湿で、神経質な奴ってのが定石の点を考えると、自信過剰っていう線は消しといたほうがいいな」


リューキはちらりとリリムの姿を見てそうつぶやく。


特攻をするのは簡単だ……冒険であるならば、これぐらいの危険で引き返していては前になど進めるわけもない。


しかし、今日のリューキの仕事はリリムの身の安全である。


故に。


「……リリム、今日は引き上げだ……」


リューキはリスクとリターンを秤にかけ、引き上げを仲間に告げる。


「……了解」


「仕方ないだろう」


その言葉に、反対をするものはいない。


なぜなら、こういった局面において、リューキは必ず最善の選択を取るということを皆が皆理解しているからだ。


それにより、今までフットもエリシアも何度も命を救われてきた……転生者としてのギフトか、それとも生まれ持った不幸の積み重ねによる経験故か……。


リューキはそう言った状況判断……分析に置いては、マスタークラスの冒険者をもしのぐ頭脳を持っていると言える。


そして。


「ほう、引き返すか……喜べ、今貴様らは最悪な状況を脱したぞ」



その判断は今回も、大当たりであった。



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