253. シオンの隠し事
「りょっこう~ りょっこう~!」
エンキドゥの酒場からの帰り道。 出発は明後日という急な決定な為に、僕たちは取り合えず馬車の手配やら、荷物の購入などの準備をするために、クリハバタイ商店へと赴くことになった。
アンデッドとの戦いはシンプソンに任せればいいが、裏に何が隠れているかわからないとのことなので、準備は万端に……ついでにリッチーに関する資料とかも欲しい所だ。
「マキナちゃん、お洋服とか買いに行かないといけませんね……わ、私に任せてください!」
「あんた、自分の洋服も買えなかったのに本当に大丈夫なのかしら?」
意気揚々、すっかり姉としての自覚に目覚めたカルラはやる気満々にマキナを背負って宣言をし、そんなマキナの頭の上にティズは止まって心配そうにため息を漏らす。
「あはは、三段アイスクリームみたいですね……シオン」
サリアも旅行は楽しみなのか、そんなほほえましい光景に珍しくカラカラと笑いながら、シオンにそう問いかける。
が。
「え……あ、うん……そうだね……あはは」
先ほど聞こえてしまったシオンのつぶやき。
そして、その憂いを秘めた表情……僕はその表情に見覚えがあった。
かつて、希望の像の前でシオンが語った言葉。
【希望はまだ、完全に闇を照らしているわけじゃないよ】
あの時聞き流した言葉が、僕の脳裏にもう一度再生される。
その理由はわからなかったが、それでもシオンの表情が、あの時一瞬だけ見せた表情と同じであることに、僕は気が付いていた。
「……シオン?」
その異変にサリアも気づいたのだろう。
少し怪訝そうな表情をして、僕の方を見やる。
僕はそのサリアの不安げな表情に一つうなずき。
「シオン……少しいいかな」
「う、ウイル君?」
僕はシオンを連れ出すことにした。
理由はわからないが、僕の直感が……彼女をここから連れ出さなきゃいけないことを物語っていた。
だからこそ少しだけ強引に、僕は……シオンを連れ出すことにしたのだ。
「ちょっ!? ウイル! 一体どこに、ぐえっ」
「追ってはいけませんティズ……我々は先にクリハバタイ商店で待ちましょう」
追いかけてこようとしたティズをサリアは器用にキャッチをし、僕は目くばせでサリアに礼を言ってシオンの手を引き。
「テレポート!」
メイズイーターレベル4を発動させ、僕はもう一度迷宮へと戻ることにしたのであった。
◇
指定した座標は、失敗してもいしのなかに入る確率が少なく、かつ人目が気にならない場所。
なにもないへや。
「もー、ウイル君ったら、こんなところに連れ出して~……何するつもりなのー?」
冗談めかしてシオンはそう苦笑を漏らすが、その目はあまり笑えていない。
「少し、話したいことがあってね」
そんなシオンが逃げ出さないように、いや、他の人間が決して入り込めないように、僕はメイズイーターで入り口をふさぎ。
イスに腰を掛けてそうシオンにできるだけ優しくいい、そっと座るように促す。
「もぅ……強引なんだからー」
その状況を悟ったのか、シオンは少しうつむき、口調は変わらないが見るからにこまったようにその場に座る。
あまり長引かせるのもかわいそうだし、サリアたちを待たせるのもよろしくない。
ということで。
「……単刀直入に聞くけど、あんまり聖王都行きたくないでしょ?」
僕は率直にシオンにその質問を投げかける。
びくりと、シオンの肩が震えた。
「あ、うん……いや、ううん……別に、行きたくないわけじゃ……ないんだけど」
シオンにしては歯切れの悪い回答。
「聖王都で何かあった?」
「聖王都では……なにも」
「……そう……ごめんよ、君の意見もしっかりと聞かずに、聖王都行きを決めてしまった。
うん……君はいつもついてきてくれるから」
どんな時も、シオンは決して嫌な顔をせずについてきてくれた。
そして、大変なことがあっても、どこか楽しそうに、幸せそうに迷宮探索に付き合ってくれる……シオンとはそういう人間であった。
「えっと……ごめんなさい……困らせちゃうと思って……」
「君が僕たちに気を使うなんてね……明日はガスクラウドの群れでも振るのかな?」
「ひどいなぁ……」
「それで、行きたくない理由は……話せないのかな?」
その言葉に、シオンは首を振る。
「……話したくない……わけじゃないよ……本当はすごい話したいの……でも」
「僕たちに迷惑が掛かる」
シオンは小さく頷き。
「それに……すごい怖いの」
正直に、胸の内を明かしてくれた。
たった一言……だけどその言葉は、シオンにとってとても大きな壁であったはずだ。
笑ってごまかせたはずだ……嘘も言えたはずだ。
だけどシオンはそうせず、自分の本心を打ち明けた。
その言葉が、余計な詮索や、自分が何かを抱えているということを明確に伝えてしまう結果になると分かっていながらも。
彼女はそれでも、僕に怖いと伝えたのだ。
「……そう、じゃあ仕方ないね」
「え?」
だから、僕は彼女が怖くなくなるまでそっとしておくのが最善と判断する。
「怖いなら仕方ないじゃない……だから話す必要はないよ」
「……いいの? 私……自分でいうのもなんだけど、すごーく怪しいよ?」
「そうだね、でも怖いんでしょ?」
「すごく」
「シオンは僕たちをはめようとしてるの? 貶めようとしてるの?」
シオンは首を大きく左右に振る。
「私は……みんなが好きだよ……離れたくないよ」
その表情に嘘など微塵もないことは鑑識眼も心理学のスキルもない僕でもわかる。
「……そう、だったらシオンはシオンだ」
何が怖いのか、彼女が何を抱えているのか。
それは恐らく僕が想像するよりも深いことなのだろう。
「えと……でも」
「話せるときに話して……もちろん、ずっと話さないままだってかまわない……だけど、だけどね、これだけは忘れないでほしい」
「な、なに?」
決して自分のことを語らないシオン。
おしゃべりが好きなのに……彼女は自分を知られたいとは願わない。
一人ぼっちは嫌いなのに……決して、自分の内には踏み込ませない彼女。
今まではその理由が分からなかった。
プライドなのか、契約なのか、ポリシーなのか……。
だからこそ僕たちは、僕たちの知るシオンを信頼し……過去に触れることはしなかった。
彼女が拒絶するものを知る必要はなく……僕たちの前で笑うシオンがいれば、僕たちには十分だったから。
だけど、その理由が恐怖によるものなら話は別だ。
何かがシオンを縛っている……過去の何かが、シオンが口にすることもできないほどの恐怖が……彼女を縛り、苦しめているならば。
「助けが欲しいときは必ず名前を呼んで……何が起ころうと、僕は君の味方なんだから」
その恐怖が、彼女を飲みこもうというならば。
「……本当?」
「ああ、約束だ」
僕は、この全身全霊をもって、彼女を襲うすべてを打ち砕こう。
「……約束」
目を丸くするシオンに、僕は小指を出してそっと指切りをする。
小さく、か細いその白い小指は冷たく……指を絡ませると少し震えていた。
それが、恐怖なのか……それとも歓喜なのかはわからないが……。
「ありがとう……ウイル君」
シオンの心からの微笑みを、僕はその時初めて見たということだけは……確かだった。
◇




