252.そうだ、旅行にいこう
「それで、どういうことでしょうか?」
「ちょっぐふっ!? さ、サリア!? しま、締まってる……しまってるから!?腕怪我してるんじゃなかったの!? ごふっ」
伝説の騎士のパーティーの護衛という言葉に嬉々として仕事の準備の為にクレイドル寺院へと戻っていったシンプソンと、ついでにサリアの怒りの暴走によりお客さんまでいなくなった閑古鳥なくエンキドゥの酒場。
静かで凛とした知性的な声とは裏腹に、その剛力によりガドックの首を絞めて軽々と持ち上げながら、サリアはガドックの切ったジョーカーについて問い詰める。
怪我をして、腕が思うように動かないと言っていたと思うのだが……その首は万力で占められているかのようにぎりぎりと鈍い音を立てている。
「あなたの首をへし折る位はわけありません……そんな言葉よりも、シンプソンの駄々を止めるのにギルド専属契約のカードを切るというのはどういう了見ですかと、先ほどから聞いているのですが? もしやこの首は不要でしたか?」
「いやいやいやいや!? サリ……いや、サリアさん!? 目が座ってるから!? お前の発言だとシャレにならねーから!」
「マスター……伝説の騎士フォースはアンドリューとの戦いで忙しいのです……そのフォースをこんな仕事で狩りだすつもりですかあなたは……ヴェリウス高原の突破なんて、このギルドにいる人間ならだれでもできるでしょうに」
「い、いや、そうなんだが……ほら、丁度目の前にいだだだだだっだだあだだあっだごめんなさいごめんなさい!? だけど国からの要請なんだよ、国家間の緊急な依頼なんだよ!? 確かに成り行きはくだらなかったかもしんねーが! それでもここでシンプソンをクークラックスに送り届けられねーと国際問題にもなりかねねーんだよ! こんなくだらないことでもな!」
「まぁ、確かに国同士は面倒くさい物ねぇ、ギルドも国には囚われないと言いつつも、国家をまたいだ依頼を無下に断ればこの国に居づらくなるのも当然だものねぇ……それに、今回は割と本気で緊急事態みたいだし?」
怒り心頭といったサリアとは裏腹に、ティズは冷静に依頼内容や背後関係を分析し、カルラの頭の上にとまる。
「カルラ、アンタなんか聞いてないの? 国に潜入してたんでしょう?」
「え、ええまぁ……そうなんですけど、隣の国がリッチーに襲われてるなんて情報、ウイル君がドタバタしていた時にはなかったですよ?」
「それが、リッチーが暴れだしたのは本当につい昨日今日の話らしくてな……」
「なるほどね……となると、僕たちをシンプソンにあてがったのは」
僕はガドックの真意を悟る。
「……あ、あぁそうだ、あまりにも国の動きが早すぎる。 ただ単に強大なリッチーが現れただけなら、そこまで目くじらを立てる必要もない……応援という名の少人数の部隊を数隊派遣すればいい……だが、アンデッド専門……しかも最高レベルのプリーストであるシンプソンを派遣せよとギルドに圧力をかけてくるぐらいだ……きっと何かがあるに違いない……そもそも、リッチーは高位のネクロマンサーではあるが、意思も思考能力もない一介の魔物だ……そんな奴が町を襲うなんて話も聞いたことないしな……」
「つ、つまりは……何かある……ということですか?」
「そ、そうだ」
「ということらしい……ガドックにも色々と考えがあったんだ。 サリア」
「むぅ、マスターがそうおっしゃられるならば」
サリアはその説明に納得をしたのか、ガドックを下ろす。
「た、助かった……。 まぁ、あっちの国からすりゃ、事件を解決してくれる死んでも自国の損にはならない都合のいい捨て駒がほしかったんだろうが……国としてもそこまでしてやる義理もねえ……だからこそシンプソンを単独で派遣しろなんて依頼を俺たちに出してきたんだろうが」
「だったら、そうすればいいんじゃないのー? わざわざ伝説の騎士を派遣する必要もないよー」
「……だからこそ伝説の騎士の出番なんでしょ?」
「?」
「そういう事だ……この事件をスパッと解決して、さらには手を焼いていたアンデッドも全滅させてやる……そうなりゃどうなる?」
「まぁ、一躍ギルドエンキドゥは有名になるでしょうね、何せ聖王都ではどうにもできなかった魔物たちを、たった一つのパーティーが殲滅をするんだもの」
「ただでさえ観光名所です……う、うわさはすぐに世界中に……」
なるほど、名前を売るには絶好の機会というわけか……。
「なんか見世物にされている気もしなくもないけれども」
ティズはそう呆れたようにため息をもらす。
ティズのいうことももっともであるが……聖都は聖都で大変の用様なのでそこは目をつむる。
「まぁ事情が事情だし、それに」
僕はそう一言つぶやき、隣をみやる。
そこには、魂の摩耗と損傷により、傷の治りが悪いサリアがいる。
アンドリューとの戦い、迷宮攻略という名目で様々な事件に巻き込まれた僕たち。
確かに、メイズイーターとメイズマスターの戦いは避けられない宿命であるのかもしれないが……これから激化する迷宮探索に、サリアの状態が万全でないのは不安である。
ならば、ここで一息ついて、サリアを万全な状態にしてから、迷宮攻略を再開させるのが一番賢いのではないだろうか……。
そう僕は思案し。
「まぁ、せっかくだし、サリアの慰安も込めて、聖都の依頼を受けるとしようか」
「えっ!?」
「マスター……よろしいのですか?」
「まぁ、そうなるだろうとは思っていたけど」
「おー! 旅行か! マキナ旅行行ってみたかった!」
サリアとシオンは少し驚いたような表情を見せたが。
ティズとマキナ、そしてカルラはおおむね了承といったところのようだ。
「本当かウイル!? いや助かるぜぇ……お前の方から口利きをしてくれるなんてなぁ……本当にありがとう」
ガドックは僕に感謝をするようにそう笑顔で胸をなでおろす……最近は色々とギルドにとっても不運が続いているため、どうにも苦労がその仕草からは滲み出していた。
「……迷宮探索が遅れてしまいますが」
「僕たちだけで迷宮攻略はつらいし、カルラも仲間になってからは仕事詰めだ……まとまったお金も入ったし……たまには観光もいいんじゃない? それに、魂の摩耗の治りきっていないサリアを連れて迷宮攻略をするよりも、いったんしっかりと休みを取って万全の状態にサリアを戻しておいた方が、迷宮攻略の効率が上がるとも思うんだけど?」
「そ、それは……」
「アンタの負けよ脳筋エルフ……それとも、アンタは自分を気遣ってくれるマスターの好意にノーを突きつけるつもりかしら?」
ティズの勝ち誇ったようなしたり顔と発言にサリアは少しむず痒そうな表情をこぼすが。
「いえ……それはありえませんね……」
観念したのか、そっと微笑み、聖都への旅を了承する。
「き、決まりですね……少し急ですがリルガルムを離れて旅行へレッツゴーです!」
「カルラおねーちゃん嬉しそうだ、とっても嬉しそうでマキナも嬉しいぞ!」
「え、えへへ、初めての旅行なので!」
「おー! マキナとおんなじだ!」
マキナとカルラはすっかり旅行という単語に浮かれ気味のようであり、ティズもことが丸く収まって満足したのか僕の頭の上で寝そべって寛いでいる。
こうして、みんなが聖都クークラックスへの旅行を快諾し、久しぶりの休暇ということで浮かれている……。
そんな中……。
「……聖都…………怖いなぁ」
そんなシオンの小さな呟きが……僕の耳にははっきりと聞こえてきたのであった。
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