248.試練突破
王都リルガルム・王城――謁見の間。
その王座は不動……その王座は不変。
一人の王はこの玉座にて国を守り……そして約束の時を待つ。
その時がいつなのかはわからず、己の力で探し求めることは相成らないが……。
それでも、王はその玉座にて友を待つ、瞼の裏に映る楽しかった日々を思い描きながら……浅い眠りを続けるのだ……。
そんな中……。
「王よ……報告をいたします」
一人の男が、王を眠りから覚ます。
黄金の鬣を棚引かせ、少し焦りの色を表情に浮かべながらやってくるレオニン。
この国一番の王の盾であり、王国騎士団長の任を任された獣、レオンハルトである。
今日は少しばかり眠りが深かったのか……王は声をかけられて初めて、目を覚ました。
「うむ……迷宮への単独調査、大義であった」
「恐れ入ります」
ロバートが彼に命じたのは、迷宮五階層の異変の調査。
ただの異変ならば、王国騎士団長自ら、しかも単独で侵入をするということなどは通常ありえないことなのだが……今回の異変ばかりは、看過できないものなので、ロバートは自らの懐刀をわざわざ迷宮五階層へと侵入させていた。
「随分と、急いで戻ってきたようだな」
そのレオンハルトの様子だけで、王は全てを悟ったのか……静かに声をもらす。
声色こそ穏やかであるが、その眉間には深いしわができている。
「……王の、ご想像通りとなっておりました」
レオンハルトの言葉は重く。
そして、その言葉に王は静かにため息を漏らしてレオンハルトに問う。
答えは分かっているが、しかし……その現実を噛みしめるために……あえて。
「報告せよ……レオンハルト、時代の動きを……」
その言葉にレオンハルトは膝まづいたまま顔を上げ。
「……迷宮五階層に封じられていた……迷宮教会が保有していた肉体の封印が破られており……それと同時に、アンドリューが迷宮内から姿を消しました」
その報告にロバートは一人額に手を当ててやれやれとため息を漏らす。
「……どうやら、約束の時は遠のきそうだぞ……ティターニア」
そうつぶやいた王の瞳には悲哀に満ちており……レオンハルトはその呟きに何かを返そうとしたが……何も思い浮かばずただ一つ……うなずいただけであった。
◇
「お、おわったーーー!?」
迷宮にて、機械人形をひたすら呪い、マッピング作業を続けることおおよそ六時間。
罠という罠、歯車という歯車をあちらこちらにまき散らしながら、僕たちは迷宮第三階層、試練の間を突破することに成功する。
「……設置されていた罠243個……壊した機械人形の数654体……気が狂いそうな数字だよー」
「わ、私の知る限り……恐らくすべての罠を解除したかと思われます……」
ため息を漏らしながら、僕たちはゴール地点にて崩れ落ちる。
結論から言うと、僕たちはこの迷宮を少しばかり舐めていたというべきだろう。
機械人形に迷宮の踏破を任せているのだから、注意すべきは討ち漏らした機械人形ぐらい……そう思っていた。
だが、試練の間はそこまで簡単ではなかったのだ。
一人では発動しないが、複数の人間が乗ると発動する落し穴や串刺し床の存在や。
生きている人間を感知して発動する罠など……不意打ちで発動する類の罠もふんだんに用意されていた。
「と、特に高圧電線がやばかったわ……ほんとあの時は死を覚悟したもの」
「……ほ、本当だよー……私炎の耐性はあるけど電気の耐性はないから……炎熱魔法のスペシャリストが黒焦げになるところだったー……カルランがいなきゃ全滅だったよ」
「え、ほ、ほんとうですか? え、えへへ……お役に立てて良かったです」
「まぁ、まさか素手で高圧電線引きちぎるとは思わなかったけどね」
「な、慣れているので……」
そう、そしてその計画の甘さを補い、僕を試練達成へと導いてくれたのは……カルラであった。
ブリューゲルがカルラに行ってきた痛みによる拷問は、全て迷宮由来の物でなければならないというしきたりの元……すべて迷宮にある罠を実際に使って行っていたという……そのため、カルラには迷宮の罠に対する耐性と……ほぼすべての罠への対処法、回避方法……そして発見方法が自然と身についてしまっているらしく……幾度となく命を救われる結果となったのだ。
まぁしかし、それでも落し穴や串刺し床はどうしようもないため、僕たちも相当何度もピンチに陥ったのだが……。
「わ……われはばじりすくをくらいひ……へびのおぉ……」
呪いの力を使いすぎたのか……ナーガなんて干からびてしまっている。
「み、みなさん、大丈夫でした?」
流石のカルラも疲労の色が見えており、僕たちはそのままいっぽも動けないまま、ゴール地点で横になる。
どうやらゴールにたどり着くと、強制的に三階層の試練の間はストップするらしく、目の前で先ほどまで元気に呪われていた機械人形たちも、動きを止め床に転がっており……先ほどまで機械工場の様な轟音を立てていた迷宮は、いつも通りの静寂を取り戻している。
そんな中。
「おーーー!? まさかこんな短時間で攻略をされるなんて! マキナ正直びっくらこいた! さすがだなメイズイーター!」
ぱちぱちと可愛らしい拍手の音を静まり返った迷宮内で響かせながら、マキナが奥からてこてこと走ってくる。
「ま、マキナ……これで試練は終了ってことでいいのかな?」
「うんうん! はなまる百点満点! これでお前も立派なメイズイーターだ」
「それは良いんだけど……今更過ぎて聞けなかったんだけど……私達どうしてこんなどぎつい試練なんて受けなきゃいけないのよ……」
「あぁ……それ知らないでやってたのーみんな……」
シオンはその驚愕の事実に目を丸くするも、もはや疲労で声を上げることもできないのか、代わりにあきれ返ったような声を響かせる。
「あれ? マキナ言ってなかったか? そーかそーか! ごめん、忘れてた!」
「ぐっ……アンタの見た目が幼女じゃなかったら百八式ドロップキックをお見舞いしてるところよ……この褐色天然娘」
「ま、まぁまぁティズさん、一応意味もある……みたいですし……いいじゃないですか」
「それで、どうして私たちはこんなタイへ―ンな試練を受けなくちゃいけなかったの―? マキナちゃん」
「おう、よくぞ聞いてくれた! まぁ本当はマキナが自分から話さなきゃいけないんだけどそれはそれ! とにかく、この試練はメイズイーターを完成させるために必要だからあるって! ミユキおねーちゃんが言ってた!」




