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242.幻想キャットファイト


「それじゃあ、俺たちは次のクエストがある……達者でな、ウイル」


一時間ほど僕たちはパーティー同士の歓談をし、気が付けば気軽に名前を呼び合えるくらいに関係を深めていた。


「うん、何か困ったことがあったら協力するよ……フォースもきっとよろこんで助けになると思うよ」


「そいつは頼もしいな……今度迷宮六階層の高難易度クエストでも手伝ってもらおうかね……伝説の騎士さまなら楽勝だろう」


「まだ迷宮三階層までしか行ったことないけどね」


「こらっ」


ぼそりと小さくティズが耳元でそう呟き、僕は小指でティズの頭を小突く。


「ふふふ……じゃあサリアも頑張って……いろんな意味で」


「いいい!? いろんな意味って何ですかアリシア!」


にやにやと笑うアリシアに対して、サリアはどこか慌てた様子で顔を赤くして叫ぶ。


あのサリアを手玉に取るとは……アリシアという女性はなかなかに侮れないようであり、同時に僕はサリアにエルフの友人ができたことに少し胸をなでおろす。


エルフは魔法が使えない者には距離を置こうとする習慣があると聞いていたが、アリシアはその例には漏れるようだ。


「おししょー! 死んでも化けて出てきちゃだめだからねー!」


「物騒なこと言わないでいただけますかねぇシオンさん!」


シオンとドリーは相変わらずであり、シオンは悪戯っぽい微笑みを浮かべながら、ドリーをいじって遊んでいる……。


「………かる……」


「……………」


カルラに声をかけようと近づいてきたフットであるが……視線で射殺す。


「……無念」


しばしのにらみ合いが続いた後、フットは少しいじける様な表情をしてうつむき、とぼとぼとドリーたちを追いかけてエンキドゥの酒場を後にする。


流石は盗賊、忍び歩きのスキルを使用してまでカルラに近づこうとするなんて、油断も隙もあったもんではない。


まだだ、カルラにはまだそういうのは早い!


「いい人たちでしたね」


「だねー」


「そ、そうですね」


「そうねぇ……なかなかに見どころありそうじゃないかしら?」


リューキたちを見送ったあと、サリアはそう呟き。


仲間たちはその言葉に皆同意の言葉を漏らす。


「しかし、あれがシオンの魔法の師ですか……」


「そうだねー! たぶん別人というか子孫とかだと思うけれど、見た目は瓜二つ……。

性格なんて本当に生き写しだよー! あの頼りにならない感じとか」


散々ないいようである。


「私、アンタに師匠がいたこと自体忘れてたわ」


「シオンはあまり自分の過去のことを語りませんからね……師匠の話だって、飲み会の時にぽろっとこぼしたぐらいですし」


「女は秘密を着飾って美しくなるものなのだー」


また適当なことを言ってからに……一端のレディーを気取るには少々あなたのいろいろな部分は足りていないのではと僕は思うのですがシオンさん……。


「何が美しくなるよ……胸も知恵も理性も全部たき火にくべちゃったくせに」


言いたいことはわかるが、それを君が言うのかと心の中で思うが、それを口に出してしまった後の惨状は容易に想像できたので心の中だけで突っ込むことにする。


「ちがいますー! 私はまだまだこれから成長するんですー! その体系がデフォルトで成長の余地が残っていないティズちんとは違うのだよー!」


だがしかし、その結末は変わらなかったようだ。


「のこっ!? この爆発娘! 言わせておけばーー! とあー!」


いつものように始まったシオンとティズのじゃれ合い


もっともじゃれ合いというにはお互いが発する騒音は龍の咆哮でさえも風のさざめきに思えるほどであり、冒険者の一団も作戦会議やら祝杯やらを一時中断を知って、うるさい妖精と火柱を立てるアークメイジの見物にやってくる。


妖精バーサスアークメイジ。


「とりゃー! 私だってあと数百年もすれば身長だってウイルくらいになるのよ!! きっとそうよ!」


「夢は夢だよ諦めなよー!! ってか、そのころにはウイル君死んでるよ!」


「愛は永遠なんだから! ウイルと私は永遠を生きるの! ねえ、ウイル!」


「いやぁ、立派な柱だなぁこれは」


「マスター、そこ壁です」


とりあえず聞こえないふりをしておく。


もはや子供の喧嘩よりも児戯に等しきキャットファイト……というよりもお互い痛いのは嫌いなので、どこで学んだのか憲法の構えの様なポージングをそれぞれがお互いに披露しあい、猫の威嚇のようにシャーシャー言いながらイメージの中でサリアも真っ青な激戦を繰り広げているのだろう。


「妖精に金貨二枚」


「じゃあ俺は爆発娘に金貨三枚」


気が付けば人だかりは相当数できており、世にも奇妙な妖精バーサスアークメイジの戦いは賭けの対象としては面白いらしく、面白おかしく賭けが始まっている。



当然、この二人の知り合いと思われるのは――実際知り合いなのは置いておいて――思春期真っ盛りの僕には少々精神的負担が大きすぎる。


というわけで僕が取れる行動はひとつだけであり。


「サリア、カルラ……僕たちにも用事があるんだし、先に済ませちゃおっか…… 」


僕はそう二人の手を引いてシオンとティズの二人から離れていく。


「あ、あれ? でも、し、シオンさんは」


心配そうにシオンとティズを何度も見るカルラであったが。


「いいのいいの……」


このままでは埒が明かないし、巻き込まれても恥ずかしいので放っておこう。


そう考え、僕はそのままガドックのもとまで向かうのであった。

                 ◇


いつもよりやはり人が多くなったと感じるエンキドゥの酒場。


人込みをかき分けて、かつて酒場のカウンターがあった場所までサリアとカルラと共にたどり着くと、ガドックがいるそのカウンターは特に様子も見た目も変わることなくそこにあり、いつもとは違い少しばかり忙しそうに調理をしているガドックがいた。


「忙しそうだね、ガドック」


忙しいので声をかけるのを自粛しようかとも少し考えはしたが、カウンターには。


【遠慮無用】


と書かれており、僕はその張り紙通りに気にすることなく声をかける。


「おん? おおおう! ウイルじゃねえか! 元気してたか? こっちは魔物の襲撃の次は頭のいかれた迷宮教会に襲われると来た……もう俺は宇宙から人が攻めてきたとしても驚かねぇぜ!」


「大変でしたね……」


サリアは少しばかり申し訳なさそうにそう呟き、なんとも言えない表情をする。


迷宮教会がすべて行ったこととはいえ、僕たちに関わったがゆえにブリューゲルの狂気に巻き込まれたと言っても過言ではない。


それに加えて、操られていたとはいえ、街中であんなことまでもさせられたのだ……。


申し訳ない思いで一杯になり、僕の隣で引っ付いているカルラも暗い表情を見せて、僕の服の裾を少しだけ掴む。


ガドックはカルラを責める様なタイプの人間ではないと分かってはいるが……それでもあの惨状を見せられてしまうと責任感を感じざるを得ないのだ。


「あの……その、私……」


カルラは謝罪の言葉を述べようとしたのだろう……僕の前に出てガドックへと言葉をかけると。


「おぉ、嬢ちゃんは腕相撲大会でサリアとレオンハルトをぶんなげた嬢ちゃんじゃねえか!? はっはっは! あれはは爽快だったぜ! 怪我で本調子ではなかったとはいえ、あのサリアをああも見事にふっとばしたんだからな!」


「……え?」


ガドックはカルラの言葉を遮るように笑い飛ばし、サリアと僕に視線を向ける。


それは、ガドックなりの気遣いのようであり、僕とサリアも苦笑を漏らしてガドックの言葉に続く。


「まぁ、そのおかげでサリアの怪我が治るのにさらに時間がかかるようになっちゃったんだけどねぇ……あの大けがでよくもまあ会場破壊するまでやるよね」


「し、仕方ないじゃないですか!? だって悔しかったんですもの! でもでも! 私負けましたよマスター! 私筋肉じゃないです! 今日から筋肉はむしろカルラの方ですよマスター!」


「でもなんでだろう、不思議とカルラは筋肉ってイメージじゃないんだよねぇ」


「なんでですか!? ま、マスター最近カルラばっかり狡いです!」


「え、えと……あのガドックさん、私」


「はっはっは! なぁに怯えた表情でこっちを見てんだヒーロー! もちっと胸張れよ!

 腕相撲大会で投げ飛ばされて大けがした冒険者たちの恨みを、アンタが一瞬で吹き飛ばしたんだぜ!」


「レオンハルトは重傷をだったけどね」


「ひ、ヒーロー?」


カルラも初めはこまった表情をしていたが、ガドックの意図が伝わったのか、ヒーローという聞きなれない言葉にきょとんとした表情をした後。


「……あ、ありがとう……」


幸せそうに微笑んでぺこりと頭を下げる。


気にするな……言葉にすれば簡単であるが、それを言われるとカルラも気にするだろうと、ガドックは気を遣ってくれたのだ。


「さて、何の礼だかは俺にゃあさっぱりわかんねーが! 新入りがこの窓口に立つときには、やるこたぁきっちりかっきり決まってる!!」


ガドックはにっかりと笑うと、持っていた中華鍋をひっくり返し、料理を豪快に皿へと盛り付けてこちらに向きなおると。


「ようこそ冒険者ぁ! 地獄の沙汰も繋がりしだい! ギルドエンキドゥはお前みたいな命知らずを心から歓迎するぜ!!」


お決まりのセリフを、カルラに言い放ち、暖かく出迎えるのであった。


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