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236.無駄足

「確か、話によるとここらへんだったが……」


迷宮五階層奥……迷宮の壁も赤く染まるほどの灼熱地獄と化した、溶岩が溢れ出す中心の場所。


階段に続く道の途中であり、少しそれたところには、火山の河口にしか咲かないと言われる高級な薬花、【獄炎花】が咲く場所のため、薬草目当ての中級冒険者もよくこの場所を訪れる。


「……暑い……」


しかし先日、獄炎花を摘みに来たパーティーがセイレーンのリュートの音を聞いたという報告があり、ギルドに緊急クエストが張り出されたのである。


セイレーンといえば、迷宮七階層水の神殿に存在する魔物であり、その音色を聞いた冒険者は心を奪われ、皆殺しにされるという、高度な精神操作系の魔法を操る魔物である。


精神操作だけならまだいいが、七階層の魔物とだけあり、攻撃力は高く、第八階位魔法までを操る。 時にはマスタークラスでさえも屠るとされる危険な魔物である。


「……本当になぁ、セイレーンって確か水のない所じゃ生きられないんじゃなかったっけ」


「だからいないのよきっと―! ガセネタつかまされたんだって~! 鰓呼吸のセイレーンがこんな場所で生きられるわけないじゃない!」


「……うーむ、しかしギルドは新種の心配をしているみたいだからなぁ」


「王都襲撃で過敏になってるだけじゃない! もうフランクも伝説の騎士が倒したんだから! そんな活発に迷宮がいじられることもないっての!」


「しかし……まだアンドリュー軍には幹部がいる」


「それもそうだけど……魚が溶岩に潜るなんて品種改良、そんな一朝一夕で……」


できるわけない……そうエルシアが言葉にしようとする瞬間。


――――――ぽろん……ぽろん……—――――――


それは見事なリュートの音が、迷宮五階層の灼熱地獄に響き渡る。


「どうやら、出来ちまったらしいな」


「そのようね……ちょっと、どんだけ命をもてあそんでんのよアンドリュー」


「強敵……間違いない」


音まではそう遠くなく、リューキたちは一斉にその場所までかけていく。


と。


【ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!】


怒号と共に魔物の群れが行く手を阻む。


「ちっ……溶岩魔人か」


剣を引き抜き、リューキはエルシアを守るように構えをとる。


「エルシア!」


「分かってるわよ!」


リューキの掛け声とともに、エルシアはすぐさま魔法を放つために詠唱を始める。


【ぎゃあああ!】


その魔法を危険と判断したのか、溶岩魔人は岩石を口に含み、エルシアに向かい放つ。


赤々と光を放つ岩石の速度は高速であり、詠唱により無防備になるエルシアの頭蓋を、寸分たがわず正確に穿つ。


「させるかよ! フット!」


「任せろ……」


フットはそう短く答えると、弓を弾き、そのスキルを発動する。


【飛燕・乱れ打ち!】


リューキの合図とともに、フットは弓矢をいくつも放ち、飛んできた岩石を一つ、二つと次々に打ち落とし。


「おおおおお!!ユニゾンスキル!!」


もらした岩石を、リューキがその体を張って受け止める。


【我が身を盾に!】


「ちょっ!? リューキ、いくらアンタでもそれは!?」


「はんっ……痛くもかゆくもねえな……だから気にしねえでさっさと魔法を唱えてくれ」


「……もう、強がっちゃって……馬鹿」


顔を赤らめながらエルシアはそうわざと悪態をつき、詠唱を終えて魔法を放つ。


【レストインピース】


第一階位魔法にして、最強の魔法とも揶揄される睡眠の魔法。


その攻撃により溶岩魔人は眠りにつき、レジストした個体も強烈な眩暈に襲われ、岩石の投擲の手が止まる。


「いよっし! ユニゾンスキル!!」


リューキはその瞬間を好機ととらえ、剣を取り攻撃に転ずる。


【勇者一閃!】


怒声と共に放たれる一撃により、眠りに落ちた溶岩魔人はそのまま永遠と目を覚ますことはなくなる。


「後詰よろしくぅ! エルシア! フット!」


「言われなくても!」


「任せろ……」


残ったレストインピースをレジストした溶岩魔人は無傷のままであるが、リューキの合図によりその命運も決まる。


【飛燕・鉄抜き】


【アクアブレイク!!】


放たれる迅雷が如き速力の弓矢の一撃に、杖から放たれた水による一撃。


その二つの攻撃をそれぞれ溶岩魔人は回避をする術もなくその身に受け、溶岩魔人は命を失い、溶岩の中へと沈んでいく。


「っしゃあ!」


「やったね! やっぱあたしら最強!」


勝利に酔いしれ、互いにハイタッチをするエルシアとリューキ。


しかし。


「むっ……聞こえるか」


その中でも一人、盗賊のフットだけは、新たなる気配を感じていた……。


「なにが?」


「リュートの音だ……近づいてきている」


「え?」


リューキたちは、慌て剣と杖を構え、フットが指さす方向を凝視する。


ポロン……ポロン……。


はかなげな音を響かせながら、近づくリュートの音……。


この依頼の為に、精神魔法耐性強を得られる魔法道具を用意してきた彼らであったが、それでも緊張をした面持ちで、その音の方向を見続け……。


ふと気づく。


「そういえば……リュートの音は聞こえてくるけれど……歌が聞こえてこねえな」


そう、確かにセイレーンはリュートを引く……しかし、それと同時に人を惑わす歌を披露するはずだ……しかし、目前から迫るのはリュートの音のみであり、歌らしいものは何一つ聞こえてこない……。


「どういうことだ?」


三人はいぶかし気に思っていると……リュートの音がすぐ近くまでやってくる……。


見えるのは人影……セイレーンの様な見た目ではなく、それが細身の男性だと気づいたころには、既にリューキとその人物は互いの顔が認識できる距離まで迫っていた。


「え……えーと」


静かにリュートを引く男性は、まるで天の使いかと思うほどの美しい整った顔立ちをしており、三人の前へやってくるとその手を止めて顔を上げ……。


「やぁ、ごきげんよう……いきなりつかぬことを聞くんだけれども、君たちは僕のことを知っていたりするかい?」


にこやかな笑顔で……そんなことを言い放った。

                        ◇

リューキ編はこれでいったん終了。 さて、この男は一体誰なのか?

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