エピローグ3 ナイトストーカー編 FIN
「あっはっは! 団長殿! 怪我させんなよー!」
「嬢ちゃん怪我しねーよーになー!」
「小指対両手の方がいいんじゃねーの!?」
カルラの登場に、先ほどまで馬鹿笑いをしていた冒険者のおじさんたちが、指笛を鳴らしながらカルラとレオンハルトをはやし立てる。
「おいこら! シンプソン!! 飯食ってねえで嬢ちゃんが怪我したとき様に壇上上がってろ! 似非神父!」
「似非っ!? ちょっ誰が似非神父ですか!? 私は神聖なるクレイドル寺院最高責任者! シンプソン・V・くら……」
「いいからいけって!」
「あいたっ!? 叩かないでくださいもう!?ってあぁ!? それ私のお肉!! うううううぅ! わかりましたわかりましたよ行けばいいんでしょ行けば!! 治療代金はあなた達から徴収しますからね!!」
「覚えてたらなぁ」
シンプソンもすっかり町の人々と打ち解けた様子であり、キーキーと騒ぎながら、怪我人治療の為にふらつきながら壇上に上がる。
「よーしよーし! これで準備ととのったよー! 両者! 意気込みをどーぞ―!」
「えー、王国騎士団長レオンハルトだ……此度の戦いで被害にあった皆様には、騎士団長として哀悼の意を……」
「固い固い固い固い!! レオちゃん固いよー! なに? いっつも忘年会とか新年会で毎回騎士団の人達にそんな挨拶かましてるの!?」
騎士団の人達が全員一斉にうなずいた。
「え、あの、だが……シオン殿、戦いの前にはお互い礼を尽くし」
「っかーーーーつ!!」
レオンハルトは、シオンの空手チョップを脳天に喰らう。
完全にシオンは酔っているようだ。
「だめだよ! タ○ガーマスク!」
「ライオンです……あとこれはマスクじゃない」
「いい!? レオちゃんは今、か弱き女の子に襲い掛かる獰猛なライオンなの! これはパフォーマンスなんだよ!」
「なぬっ!? そうなので!」
茶番が始まった。
「そう! 悪役なのレオちゃんは! こっちのカルランに悪役やらせるつもり? こんなか弱そうな女の子を正義の味方としていたぶるのレオちゃん!」
レオンハルトは無言でぶんぶんと首を振る。
その様子を見て、僕もようやくレオンハルトが酔っぱらっていることに気が付いた。
「でしょ!? だったらレオちゃんのやることは、悪役になり切って、正義のヒーローカルランと戦う事なんだよ!」
「な、そ、そうだったのですか! シオン殿、かたじけない! では、精一杯やらせていただきます!」
「その意気だよタイガー!」
「ライオンです!」
シオンに諭されたレオンハルトは、マイクを手に取ると、咆哮を上げ。
「ようこそ、ド畜生ども!! 殺戮ショーの始まりだ! 今日殺される哀れな子ウサギちゃんのカイタイパーチーを見れる畜生どもは実に運がいい!! この俺様、レオンハルト様の力に! 喝采するがいい! ぐるああああっはっはっはっはっは!」
それにしてもこのライオンノリノリである。
「きゃあーーー!! ダンチョーーー!!」
そんなノリノリに急変を遂げたレオンハルトに皆が皆困惑をして沈黙をする中、一人の女性の甲高い黄色い歓声が響き渡る。
どうやら彼女には、他の人たちの大喝さいが妄想の中で聞こえているらしく、一同の注目を一身に浴びていることなど気にすることなく、一心不乱にレオンハルトにラブコールを送り続けていた。
誰もが、その少女から目を背け、聞かなかったことにしてあげたという。
「さ、さーて! 熱い大喝采も送られてきたことだし!! 今度はカルランの番だよー!はい、これ持ってー、意気込みどばーんと! あ、無理しなくていいからね~、頑張りまーすとか、そんな感じなことでいいから。 もしヤジ飛ばすような奴がいたら―、焼き払うから安心して―」
「え、あ、はい」
カルラは差し出されたマイクに両手でガッツポーズをするようなしぐさを取り、そのマイクを取ると。
「ぶ、ぶち殺します! ぐ、具体的には臓物を口から……」
「カルランストーーップ!!」
「へ? い、意気込みを私……」
「うん! ごめんね、お姉さんが悪かったうん、ついでにあの猫が腕相撲なのに殺戮とかいうのが悪かったよね! 大丈夫だよ! 腕相撲だから、ただの腕相撲だから!」
「う、腕相撲だけでいいんですか?」
「うんうん! いいよ、いいに決まってるよ!」
どうやら、カルラにはもう少し平和な日常というのに慣れてもらう必要がありそうだ……。
「そ、そうなんですね! がんばります!」
「よーしその言葉が聞きたかった! よーしふたりとも位置について!」
安定したシオンのグダグダトークに、会場からは笑いが時折漏れ出しながらも、ようやく始まる腕相撲対決に人々は楽しそうにその様子をうかがう。
そして、カルラのか細い細腕と、レオンハルトのたくましい太い腕が組合い。
「レディ――――!」
シオンの手が二人の組み合った手の上に置かれる。
緊張の一瞬であるはずの勝負の直前……対格差や見た目から、誰もがレオンハルトの勝利を疑わず、ほほえましい光景を皆が皆思い浮かべている。
「伝説の騎士のパーティーと……このような形で戦うことができるとは光栄です……手は抜きません、全力でお願いします」
「え? ぜ、全力ですか?……そ、その……し、死なないでくださいね?」
「え? 死?」
あ、やば……。
マイクが拾ったカルラとレオンハルトの戦い前のセリフ。
そのセリフを聞いた僕は落ちが分かり、慌てて二人の戦いを止めようと思い駆け寄ろうとするがもう遅く。
「ファイっ!!」
戦い開始の合図が鳴り響くと同時に。
「六花……虎伏」
何やら六枚の花弁の様なものが会場に舞い。
何かがへし折れ捻じ曲がるような音と腕を置いていた樽が粉みじんに破壊される音が響く。
当然のごとく敗北したのはレオンハルトであり、僕が理解できたのはレオンハルトが勢いにまけてそのまま舞台上から吹き飛ばされて雑巾のように頭から地面にたたきつけられ……ピクリとも動かなくなる。
そこまでである。
「「「だ、だんちょおおおおおおおおおおお!?」」」」
どこかで見たような光景だなと考えてみると、となりの少女と目が合った。
「しょ……しょうしゃ~……か、カルラ―ン」
思ったよりも弱かったのだろう、カルラは吹き飛ばされたレオンハルトを心配するような表情を見せ、そんな中、とりあえずといったようにシオンが勝者を告げる声が響き渡る。
その後も続けられた大規模な祝勝会、町中が大賑わいになったこの祝勝会で、会場が静まり返ったのはこの腕相撲大会の時だけであった。
◇
大酒を飲み、僕は一人熱を冷ますために一人会場を離れて夜風に当たる。
冒険者の道はこの一週間ですっかりと元通りになっており、僕はそんな光景に安堵のため息を漏らしながらも、これからのことを思案する。
と。
「やれやれ、そんな一人で考え事をしたところで良案は出ぬぞ? 三人そろえば文殊の知恵と言う言葉を知らぬのか? 主よ」
体の中から勝手にナーガが現れて、わざとらしいため息をつく。
「また勝手に出てきて……」
僕はそんな相棒にため息を返しながらも、苦笑を漏らして少し散歩を続けることにする。
「何を考えていたのだ?」
「記憶を共有できるんじゃなかったのかい?」
「ふん、やってほしいならやるが、我はぷらいべぇとというものの分別はつけられる蛇の王だからな」
「あぁ、その分別が付くのは大変ありがたいよナーガ……」
「ああそうだとも、伝説の騎士である主殿が作り上げたマジナヒだ……至高の存在であることは疑いようがあるまい?」
「その性格を少し直してくれたらそれを認めてあげてもいいんだけどね」
「個性を笑うものは愚か者のすることぞ? 主殿」
「はいはい」
くだらない会話を漏らし、僕はため息を続けると。
「……して、話をはぐらかすということは何やら離しにくいことなのかな?」
「蛇のくせに賢いな、本当に」
「王だからな」
「自称ね」
自称……というセリフに少しばかり顔をナーガはしかめるが、僕はそれを無視して話を続けることにする。
「まぁ……別に大したことじゃないよ」
「ほう?」
「ただ、ブリューゲルの言葉がずっと気になっていてね」
「ほうほう? それは、ラビが魔族だった……という話の事か?」
「君も気になっていたの?」
「うむ……貴様の記憶、知識の中の物語をたどるならば、魔族とはこの世に魔物を生み出した絶対悪の事であるな」
「うん……この、部族の平等が認められた王都リルガルムの中で……唯一劣悪種と認められ、公認の迫害対象となっている存在だ」
「その言い草は気に食わん……が、このリルガルム以外では、即刻殺害が原則となっている場所もある……」
「うん……そして僕が気になっているのは」
「なぜ、英雄に魔族がいたのか?」
「そう、そして、どうして英雄に魔族がいながら……スロウリーオールスターズは、魔族の迫害を公認したのかだな」
……スロウリーオールスターズの力があれば、魔族でさえも平等を与えられたはずだ……それがなぜ、魔族だけを迫害対象にしたのか。
「それを知ってどうする? もとより魔族など伝説上の存在……伝説上でも発見された個体はたった三人のみ、いや、ラビを含めれば四人か……その中でも、リルガルムにいるのは一人だけぞ」
「ヴェリウスの火魔女……か」
「彼女だけは友好的な魔族として認知されておるな、戦争中は人々に知恵を与えたとか………しかし、ヴェリウス高原をあんな風にしてから姿を消したという話ではないか」
「うん」
僕は、覚えている知識を語るナーガに生返事を返す。
「心ここにあらずといったところだな、わが主よ……」
「そうだね……なんで、こんなにもブリューゲルの発言が気にかかっているのかもわからない」
「妙な胸騒ぎという奴か」
僕の言いようのない不安……そして、カルラがラビの子孫であると語ったブリューゲル……。
強大な力を持ったスロウリーオールスターズ……ラビ。
魔族でありながらなぜ、魔族を迫害対象としたのか。
なぜ、魔族でありながら人の為に戦ったのか……。
そしてなぜ……迷宮に力を三つに分けられ、封印されたのか。
分からないことだらけだ。
だが、ただ一つわかることがあるとすれば……。
「レオンハルトも、ルーシーも、アルフも……恐らくはお主に隠し事をしている……それも、エイプリールフールにつくような小さな嘘ではない、確実に主殿の運命を大きく捻じ曲げることになるような、そんなとてつもなく大きな隠し事をな」
「……」
ナーガラージャは先ほどから、僕が考えないようにしていたことを次々に言葉にしていく。
薄々感づいてはいた。
アルフは、僕がメイズイーターの力を手に入れたことを知っても……そのことを語ろうとはしなかった。
メイズイーターはメイズマスター、アンドリューと戦う使命があると知りながら……。
スロウリーオールスターズの誰がメイズイーターだったのかも、メイズイーターとはいったい何なのかも教えてくれない。
アルフはおせっかい焼きだ……そんなアルフが、何も語らないということは……きっと口を滑らせてはいけない何かがあるからだ。
そしてその隠し事こそが……きっとラビと関係している。
僕はそんな確信を得ながら、ナーガラージャの頭を一つ撫でる。
優しい手触りが僕の掌に伝わり、ナーガはくすぐったそうに身をよじらせる。
「……主殿、探りを入れるならば、早速だが迷宮教会を使用するのも一つの手だと……進言を申し上げる」
ぼそりとナーガラージャはそうつぶやくが、僕は首を振ってその言葉を否定する。
「確かに、調べようと思えば調べられるだろう……そしてその隠し事が、もしかしたら、僕たちの運命を大きく左右するものなのかもしれない……本当は知りたいし、知らなきゃいけないとも思う……それが、僕がサリアたちと一緒にいられなくなるような事だったら、その運命にも立ち向かわなきゃいけないからね……でも、でもねナーガ」
「?」
「僕は、アルフをレオンハルトを、ルーシーを……友達を信じたいんだ」
「……主殿」
ナーガラージャは不安そうに僕を見つめるが、僕はそれでもただまっすぐ前を見る。
そう、僕はみんなを信じたい……利用され、捨てられ、損だけして終わってしまうかもしれない……。
でも……僕は絆を信じたいのだ。
あのアルフの優しさも、レオンハルトの真っ直ぐな瞳も……ルーシーが僕に言った……ありがとうという言葉も。
偽物だったとは到底思えない。
だから、僕はたとえ裏切られたとしても……仲間を信じようと思うのだ。
「その道は険しく、その先にあるのは奈落への大穴かもしれぬとしてもか?マスター」
「うん……」
「覚悟は固いな……その比類なき信ずる心の強さ、なるほどどうして主殿の中が心地よいわけよ……」
感心したようにナーガラージャは僕に微笑みかけ。
「なに! 安心せい主殿よ!! もし仮にお主の足をすくい、絆を奪うような輩がいたとしたら、この我がその不届き物を喰ろうてやろう! ぬあああっはっはっはっはっはっは!」
高らかに笑うナーガ……。
ぼくはそんな頼れる相棒の頭を撫でて、しばらく二人で三日月を見つめ、僕はこれからのことに思いをはせる。
やることはおおく色々と不安もある……でも、僕をここまで支えてくれた仲間の為にも、僕は立ち止まるわけにはいかないのだ……たとえ隠し事があろうとも何か騙されていようが……僕は僕のままであり続けるだけだ。
今までのように、そしてこれからも。
「うん……ありがとうナーガ」
「うむ……その覚悟あれば、何も恐れるものはなかろうて……主殿には……仲間がいるのだから」
「やれやれ……その通りだね……」
僕はそんな当たり前のことをナーガに諭され、自分にため息を漏らしながら空を見上げる。
満天の星空に、今にも消えてしまいそうな三日月……。
今は何を考えても仕方がない……今はただ、やれることを全力でやるだけだ。
「戻ろうか、ナーガ」
「それがよかろう、して主殿……我、先ほどから会場に置いてあったデミグラスプリンなる食べ物が気になって仕方ないのだが」
「はいはい、食べさせてあげるけど、あんまりみんなを驚かせちゃだめだよ」
「ぬあああっはっはっは! 我を誰と心得る小僧! 我はバジリスクを喰らいし蛇の王なるぞ」
「自称ね」
ナーガに対し僕は軽口をたたきながら……僕はナーガに言われた通り、僕はかけがえのない仲間のことを思い出し、心の中で決意を固める。
何があろうと、仲間がいれば乗り切れる。
そう、強く強く……自分に言い聞かせながら……僕はお酒に飲まれた陽気な仲間の元へと戻るのであった。
ナイトストーカー編 FIN




