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232.狂気の終焉


「ぐっ!? なんなんだあなたはアアァ!」


槍をすべて霧散させられ、ブリューゲルはなすすべもなく、呪いを自らの元へ引き寄せる。


現在ブリューゲルを守るものは何もなく、呪いの再形成は時間を要する。


ならば、長期戦は不利であり……ここで一気に畳みかける!


僕はそう判断し、槍を迎撃した迷宮の壁をブレイクで砕き、ブリューゲルのもとまで一直線に走る。


「ぐっ……甘い! どこまでも甘いですよ!」


しかし、呪いは霧散しても、ブリューゲルの魔力はまだ残っており、

ブリューゲルは僕に魔法を放つ。


暴風撃テンペスト


詠唱破棄により放たれる第六階位魔法。


風の刃は、無数に乱れ飛び、僕を切り裂かんと走る。


その数は回避しきることは不可能であり、ブリューゲルは僕がこの刃を防ぐ隙に、呪いを再形成する腹積もりだろう。


通常ならばそうするだろうし……普段の僕ならそうしただろう。


だけど、そんなことをしたら。


アイツをぶった切れない。


だからこそ僕は、その風の刃へとさらに飛ぶ。


「なっ!? 貴方、正気ですか!!」


「アンタが言うなあぁ!」


ブリューゲルの驚愕の声に一喝し、風の刃に正面から突っ込む。


ほとんどは回避することができたが、それでもすべてをよけきることは出来ず


切り裂かれる。


ミスリルの鎖帷子のおかげで、ダメージは軽減できるものの、ブリューゲルの魔法は強大であり、赤いものが三か所から吹き出る。


だが……。


おかげで、無防備なブリューゲルへとさらに一歩近づく。


「何を……何をするつもりですか! あなたは!」


僕の狙いに気づいたのか? それとも本能か、ブリューゲルは初めてその表情に恐怖と動揺を浮かべる。


分かってしまったのだろう……僕に殺されれば、もう、戻ってこれないのだと。


だが、何もかもが遅すぎる。



「覚悟しろ! ブリューゲル・アンダーソン!!」


ホークウインドの一撃でブリューゲルを刺し貫こうと、魔力反動の残る無防備なブリューゲルへ走る。


「狂っている! 狂っている狂っている! こんなはずがない! 高々レベル六やそこらの子供が! ラビに寵愛された私を、私を私を追い詰め! 死すらも超えたこの私を恐怖させるなど! ありえない! 絶対にありえてはいけないことです! あああああ! ラビ! ラビ! 邪悪に立ち向かう力をおおおおおおお!」


ブリューゲルは不完全な状態の触手を放ち、僕の一撃を防ごうといびつな形の呪いを目前で形成し、僕へと襲い掛かるが。


【アイスエイジ!】


「氷」の魔法ですべて凍り付くし、僕はその凍った触手をホークウインドで砕き、ブリューゲルの懐へと潜りこむ。


「このっ! このこのこの! 悪魔があああああああぁ!!」


ブリューゲルは、懐にあったナイフで僕を刺し貫こうと悪あがきをする。




「アンタの狂気も、聞き飽きた!!」




しかし、魔術師の振るうナイフなどたかが知れており、僕は白銀真珠の籠手を振るい。


一撃を【パリィ】する。



「ああああぁぁ」


悲鳴にもあきらめにも絶叫にも聞こえる声が響き……そんな悲痛な声を上げるブリューゲルに対し、僕は何の感情もわきはしない。


大きな乾いた音が響き、ブリューゲルは左腕を弾き飛ばされ、その心臓部をさらけ出す。


致命の一撃。


僕に殺されたものは消滅し、もとに戻っては来れない……。

それを理解してしまった、ブリューゲルの表情は蒼白であり、顔じゅうから脂汗が浮き出している。


「……アンタ、最低のくず野郎だったよ」


僕はそのまま、邪魔されることも何もなく、あっさりとブリューゲルの心臓を刺し貫く。


「がっ……かっ」


致命が発動した感覚。


僕はその感覚を腕の中にしみ込ませながら、ゆっくりと、消滅をしたブリューゲルから刃を引き抜こうとすると。


「……勝ったと、思いました?」


「!!」


ブリューゲルはホークウインドをその手で握り、にやりと笑う。


「……!」


「致命の一撃は確実に発動していたはず! 消滅であれば蘇生は出来ないはず! あなたはそう……思っておいででしょう? ですが、違うんですよねえこれが! あなたに、殺される前に! 自分で、自分を殺しました! 死の原因が私であるならば! あなたの致命に意味がない! あなたはただ! 私の死体を貫いただけなのです! そして、さよならアアァ! 永・遠・に!」


笑みをこぼしたブリューゲルは、そのまま僕の体を触手で貫く。


一つではなく・四つ。


腕、両足、そして腹部……。


腹部は特に致命傷だ。


思えば生まれて初めて感じる……死の感覚。


腕を貫かれ、足を貫かれ……そして腹部を貫かれる。



流れ出るその赤いものは流れ出るたびに命が流れていくような錯覚を覚え。

痛みではなくその傷口にひたすらに熱がこもる。


「ふふふふふ! あなたは頑張りました! スロウリーオールスターズと共に部族戦争を戦ったこの私をここまで追い詰めたのですから! 称賛に値します! ですが! 全然! それでも! 足りないんですよねええぇ! 何がって? 知力? 腕力? 生命力? いいえ!! あなたには決定的に【愛】が足りない! 愛が愛が愛が! すべては愛なのですよ!! ラビに対する愛! そのすべてが……」


だが……この程度か……と僕は思ったよりも冷静に、ブリューゲルを引き続き殺害する。


「あい?」


ホークウインドを無理やり引き抜き、右手をその引き抜いた穴に無理やりねじ込み、心臓を握る。


生暖かい感触の先に、ブリューゲルの心臓らしきものがあり、しきりに脈動を繰り返すのが分かる。


「いっただろ?」


「貴方……まさか……いけません! それだけはそれだけは!? ダメですダメですダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ!! いやいやいやいやいやいやいやあああ!!」


恐怖でブリューゲルの表情がゆがむ……。


これから起こることが分かるからこその恐怖なのだろう。


この汚い心臓を握りつぶすのは少しばかり抵抗があるが……。



「あんたの狂気は聞き飽きた」



僕の怒りはその迷いを平然と塗りつぶす。


「……かふっ……やめ……おねが……やめっ! ラビ……ラビを……食べないで下さ……」


【ナーガラージャ!】


「つちゃーーーーーー!」


発動する 痛苦の残留。


その呪いをすべて、僕はナーガ・ラージャにより喰らいつくす。


ナーガは僕の意志に呼応するかのように、ブリューゲルの全身を侵食し、内側からその呪いを取り込んでいく。


「いやああ!! あああラビが! ラビが! 私の……わたっ!? 私のラビがあああ!

このっくぉの! このっ! 離しっ! 離せ! 離せええええ! ああああああぁ! いやっ! いやあああぁ!?」


内側から咀嚼する音が響き渡り、ブリューゲルの触手が逃げようと体の外に出てくるも、ナーガラージャはその呪いをその体でからめとり、喰らいつくす。

その暴食は一方的。


ナーガラージャは傷口や体のいたるところから出入りを繰り返し、その牙を剥きながら呪いを喰らう。


「死ね!死ね! 死ね! 離せ! 死ね! 離せえええ! しねえええ!」


断末魔に近い狂気の声を上げながら、ブリューゲルは僕の肩や首をナイフでめった刺しにする。

刺されるたびに血が吹き出、ブリューゲルは何とかして僕の手を離させようと試みるが……。


微動だにせず僕は呪いを喰らい続ける。


これだけ死を近くに置きながらも怒りで恐怖の欠片も感じないのだ……僕もどうやら、狂気という奴に染まってしまっているらしい。


だが、帰ってこれないのはブリューゲルだけだ。


「……仲良く消えて無くなるといい……ブリューゲル・アンダーソン……」


心臓を握りつぶされ、痛苦の残留を失ったブリューゲルは次第に僕を刺す力が弱まっていき、最後に肩をナイフで突き刺し、そして絶望に染まり切った表情のまま、絶命をする。


「……はぁ……はぁ……はぁ……終わったよ……カルラ」


全身を赤色に染め、この戦いで救うことができた、一人の少女に対しそう呟き。


僕はそのまま、迷宮教会にて息絶える。


なに、何も案ずることはない……ブリューゲルとは違い、僕には僕を支えてくれる仲間がいるのだから。


 

あ、でも全員重症でしばらく来れないのか……。


「やば……死……」


そんな自分の間抜けさに気が付いたところでちょうど、僕の意識は途絶えるのであった。


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