224.ラビとの戦い
「がっ!?」
「サリアアアァ!!」
「私、その甘さが嫌いよ……魔法も使えない落ちこぼれのくせに余裕ぶって人を見下して……ウイル君だって自分のものだと思ってる。 落ちこぼれでエルフのくせに……なんの努力もしないで光りの当たる場所でずっと生きて居られて、剣の才能に恵まれて……なんの苦労もしないで……なんで貴方ばっかり幸せでいられるのよ……神様に祝福されたこの世界の強者が……正論ぶって私たちを見下して生きている……ウイル君を独り占めして、ウイル君にちやほやされて! サリアサリアサリアサリアサリア!羨ましい……うらやましい羨ましい羨ましい!! どうして……どうしてウイル君が最初に見つけたのが私じゃなくて……アンタなのよ…… って……カルラが言ってるわ……」
崩れ落ちるサリアに、僕は駆け寄ろうと走るが。
「だ、大丈夫です……ぐっ…マスター」
サリアはか陽狼を手放し、僕を止める。
「……へぇ、あの一瞬で体をひねって心臓は避けたんだ……本当しぶとい……魔法も使えないエルフは、無能で一生日の目を見ずに陰でこそこそ生きなきゃいけないのに……あなたはどうして……そんなにも神に愛されて……本当にむかつく頭にくるイライラする……あなたが死ねば、どうなるのかしらね? 私はウイル君を手に入れる……ウイル君は私のもの……切り刻んで……切り刻んで切り刻んで入り刻んで……蘇生できないほどに細切れにするわ……そうであるべきよ! 貴方は、お父さんにもお母さんに呪われて、村の人間達に迫害されてきた……私だってそう……だけど、だけどどうして貴方は幸せをつかんで……私は痛みと苦痛しか与えられなかったのよ! 何が違ったの! 私とあなたで……どうして、どうしてこんなにもつらいのよ!! どうして……あなたは魔法を手に入れられたのよ!! 私は……私は手に入れられない! もうどう頑張ったって! 迷宮で生まれた事実は変えられない! なんで、なんで同じなのに……どうして貴方だけは魔法もウイル君も何もかもを手に入れられるのよ!!」
「ぐっ」
「させないよ! メルト!」
サリアのピンチに見ていられないとばかりに、シオンは呪文を詠唱するが。
「遅い!!」
カルラは足元に落としたサリアの陽狼を足で蹴り飛ばし、シオンの手首を貫き、壁に磔にする。
「きゃあっ」
寺院の壁に陽炎は突き刺さり、からからと握っていたトネリコの杖は床に落ちる……。
これでは魔法詠唱が行えない。。
「シオン!!」
「邪魔しないで!!アンタみたいにいつもいつもへらへらしてる女が一番むかつくのよ!! 友達がいない? 一人ぼっち? 本当につらいなら、そんなにへらへら笑っていられるわけないじゃない! 自分を変えられない? 変える努力もしないくせに……不幸面してるんじゃないわよ!! 全部自分の所為じゃないの!」
「あっ……っつ……こ、これじゃあ呪文が……」
シオンはそう痛みに耐えながらもそう呟き、必死に陽狼を引き抜こうとするが、深く壁に刺さってすぐには抜けそうにはない。
「……ウイル君、動かないでね? 変な行動もしないこと……私はあなたが目的だから、メイズイーターも怖いから……下手に動くようなら、切り刻んで虫の息にしないといけなくなるからね……私はそうしたくないし、貴方もそうはなりたくないでしょう?」
「くっ……ウイル」
魔王の鎧を身にまとってなお……僕は目前のカルラに勝利をするイメージが持てず、それとは逆に、下手に加勢をしようとして……その身を切り刻まれる姿が容易に想像できてしまい……サリアを助けるという行動が出来ずにいる。
今ここで僕が倒れれば、永遠にカルラはラビの呪いから助けられない……。
くそっ……考えろ……考えろ……。
僕は己の頭にひたすらに命令をするが、良いアイデアは思い浮かばず……ただただムラマサを振りかぶるカルラの姿を見つめていることしかできないでいる。
「サリア!!」
タイムリミット。
策は思い浮かばず、サリアも振るわれた剣に何もできずにその白刃を見送ることしかできなかった……。
しかし。
肉を裂く音の代わりに、甲高い乾いた音が響き……迷宮教会の床が切り裂かれる。
「……外したの?」
ティズがそう呟き、僕は土煙が晴れるその様子を見つめていると……。
確かに振り下ろされた刃はサリアの首を大きくそれて、迷宮教会の床を叩いていた。
「……なにが……」
「っぐっ……あ、アンタの為にやってんじゃない!? なんで邪魔するのよ!! ふざけんなカルラ! 欲しいんでしょウイル君が! にくいんでしょサリア……っがああああぁ!?」
悲鳴を上げるラビ……それと同時に頭を押さえてうめき声をあげ……顔を押さえると。
「っはぁ……はぁ……確かに、私はウイル君が好き……サリアさんも羨ましいと思う……でも……でも、それは憧れてるから……勝手に、私の感情を代弁して……好き勝手やらないで!!」
「はああああぁ!? 私がやればうまくやれるのよ!? アンタに何ができるってのよ!私がやれば、ウイル君も手に入る! アンタは、アンタは報われるのよ!」
一人で騒ぎ合うカルラとラビ……二人にどんな葛藤があるのかは知らないが……。
「戦ってるわ……あの子……」
ティズはその様子を見つめてそう小さくつぶやく。
「あなたは壊そうとしてるだけ! 私は……私はやっと、自分のいたい場所を見つけたの! だから……だから、邪魔を! するなあああああ!」
「がっ……こんな無駄なことしても……意味がな……」
一瞬、両者の声が立ち消え、静寂が訪れる。
しばらく僕たちはその様子を眺めることしかできず……カルラの様子を黙して見守っていると。
「ウイル君……」
沈黙を破るように、小さくか細い声で、目前の少女は僕の名前を呼んだ。
「カルラ」
その名前を呼んだのは……間違いなくカルラだと僕にはわかり、カルラの名前を呼ぶと、それに呼応するように、カルラは言葉を僕に投げかける。
辛そうな……押しつぶされそうな……しかし、強い意志を込めた言葉を。
「勝手に出て行ってごめんなさい……あっ……私、私みんなに出会えて幸せだった……っティズさんもウイル君もサリアさんもシオンちゃんも……みんなみんな大好き!! グッ……だから……だからみんなを守りたくて……だから、一人で頑張ったの……それしか、それしか方法がなかったから!……それしか方法を知らなかったから……でも、でもね」
カルラは自らの頭を押さえて苦悶の表情を浮かべながらそう僕たちに思いをたたきつける。
相当の負荷がかかっているのだろう、カルラの口からは血が滲み、嗚咽を漏らす……。
だがしかし……カルラはその言葉を……決死の想いで僕に伝えた。
「でも……もう、だめみたい……お願い……みんな」
最後まで抵抗を続けるカルラに対し業を煮やしたのか、カルラのわき腹の傷から呪いが吹き出し、カルラを包みこんでいく。
全身を触手にとらわれながら……闇に飲み込まれていくカルラ……しかしそれでも、カルラはその言葉を僕たちに伝える。
「助けて!!」
「なんだ……言えるじゃない……」
ティズはそう、少し涙ぐみながらつぶやき。
その場にいた全員は力強くうなずき。
「「「当たり前だ!!」」」
全員がそうカルラに対してそう叫ぶ。
「はぁ……はぁ……はぁ……追い詰められたネズミは猫をもかみ殺すってね……ったく、精神すり減って消滅が早くなるだけだっていうのに無駄なことを……待たせたわねサリア……ようやくこれであなたを殺すことが……」
言葉が言い終わる間もなく、サリアの剣閃がラビへと走り、その額を裂く。
「なっ……」
宙を舞う鮮血に驚愕の声を漏らすラビに対し……サリアは息を切らしたまま不敵に笑う。
「カルラの意思は届いた……もはやあなたを切ることに躊躇いはない!」
「死にぞこないが……」
サリアの言葉に、怒りを覚えたのか、ラビはその魔族の姿を模した状態で切りかかる。
「ぐううっ!?」
両腕で刃を持ち、ラビの剣戟を防ぐサリアだが、覚悟は決まれど力の差は埋まることはなく全身を切り刻まれながら、防戦一方となる。
「ほらほらほら! 覚悟が決まったからって何だってのよ!! 剣一本で、しかもその深手で! アンタに何ができるって……」
瞬間、言葉を言い終えるよりも早く、その足がラビの顔面を捉え蹴り飛ばす。
「ごっ?!」
「油断したその顔面に食らいつくことくらいはできるさ……先ほどと同じだとは思うなよ……ラビ!」
サリアの渾身の蹴りを受けたラビは吹き飛ばされ、崩れたクレイドル彫像へと突っ込み、それは明確な隙となる。
「ウイル君! 杖!」
瞬間、その隙に反応したシオンはそう叫び。
「ああっ!」
僕はその言葉に反応をし、【蜘蛛の糸】を伸ばして杖を取り、そのままシオンへと放る。
「がっ!? くそっ……くそっ!」
瓦礫を吹き飛ばし、魔族の姿のままラビは現れてサリアへと向かう。
その速力は先ほどよりも上がっており、サリアはそれに対して真っ向から挑む。
「っはああああああああああああああ!」
「おおおおおおあああああああ!!」
もはや油断はないといったばかりに、サリアへと向かうラビ……。
当然のごとくサリアはその剣戟を受けることができず、その身を赤く染め上げていく。
だが。
「しぶといわね!さっさと切られなさいよ!!」
サリアは一歩も引かず、全身を切り刻まれながらもその剣を振るい続ける。
……その気迫は衰えることなく、その剣気は一閃を振るうごとに増しているようにも感じる……。
「まだです! まだ終わっていません!」
「もう終わりなさいよ!!」
業を煮やし、大ぶりとなったラビの一閃をサリアは見逃さず、すかさずにその腕を朧狼の柄でたたき、弾く。
「しまっ!」
「終わりだ! ラビ!!」
がら空きになった胴体、その胴へとサリアは初めて生まれたチャンスを逃すことなく一閃を叩き込む。
だが。
「こざかしいのよ!! 【バインド!】」
「なっ!?」
その一撃は、カルラの唱えた魔法により止められる。
第五階位魔法バインド……サリアほどの戦士ならば、その動きを止められるのはほんの一瞬だけであろうが、その一瞬が、マスタークラス同士の戦いでは勝敗を分ける。
「魔法が使えるエルフなら、こんなことにならなかったのにね!!」
袈裟に振り下ろされた刃にて、サリアは肩から一気に切り伏せられ、鮮血をまき散らし膝をついた。




