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220. カルラ・G・ラビリンス

「作戦は完璧……後は明日の戦いに備えるだけですね、マスター……今日はゆっくりと体を休め、明日の決戦に備えましょう」


ブリューゲル討伐の作戦はその後、淡々と進められた。


もう少し難航するかとも思われた迷宮教会への襲撃であったが、前々から迷宮教会討伐の準備は進められていただけはあり、強襲の作戦、方法、時間すべては綿密にレオンハルトにより決められており、その作戦に僕たちという飛び入り参加のメンバー分の修正を加えるのみで作戦会議は終了してしまったからだ。



「そうだね……、地図も未完成とはいえ、手元に持っておいて正解だったよ」


「そうだねー」


僕の言葉にシオンは少し誇らしげにうなずく。

レオンハルトが一番懸念しており、一番時間がかかると思われていたのは迷宮教会強襲までのルート確保であったが、その問題も僕らが持って居た未完成の迷宮二階層の地図によりすぐに解決ができた。 これにより王国騎士団の北・南・正面からの一斉攻撃が可能となったのだ。


今夜は仮眠程度しかできないだろうと覚悟をしていたが、今夜はゆっくりと眠り、明日に備えることが出来そうだ。


準備は万端……。 


僕はそう自分を奮い立たせながらも、カルラとリリムの容態を案じながら……そっとクレイドル寺院の扉を開け、中へと入る……。


最初に感じたのは、静かだという印象であり……その印象はすぐに違和感となって僕を支配した。


「なんだ……これ」


寺院に戻ると、そこには神父の声もティズのキーキー声も、患者たちのうめき声も響くことはなく、静寂が広まっていた。


「……随分と静かだね」


時刻は夜10時……けが人は眠りにつく時間であり、シンプソンもクーラさんも疲れて眠ってしまったと言われれば納得しないでもない時間帯だが。


それでも、足を踏み入れた時に感じる静寂に、僕は全身で違和感を感じる。


「サリア」


「ええ……静かすぎますね」


サリアは僕の言葉に、朧狼に手をかけ、警戒をしながら先頭を歩く。


「呪いの気配は?」


「呪いの気配……はないけど、魔法の残滓はあるよ……でも」


歯切れの悪いシオンのセリフであったが、このクレイドル寺院で魔法が使われたのならば、それはここにいる人間が襲撃をされたということであり、僕とサリアはシオンの言葉を待たずに僕はカルラたちのいる寝室へと向かう。


と。


入り口の前には倒れるシンプソンとクーラさんがおり、入り口は開けっ放しになっていた。


「なっ! シンプソン!! クーラさん!」


僕はあわてて二人のもとに駆け寄り、肩をゆするが反応はない……。


「マスター!」


先に部屋の中へと入ったサリアの声に僕は顔を挙げて、中を確認すると……。


そこにはバスケットに寝かされたティズと、ベッドで眠るリリム……。


一見すればただの寝室の光景……しかし、そこには絶対になければならないものがかけていた。


「カルラが……いない……」


全身の血の気が引き、地上と天井の区別がつかないほどの眩暈が僕を襲う。


何があった、なぜこんなことに、何を間違えた……。


必至に頭は色々なことを考えようとするが、それはただ単に僕を混乱させることしかできず。 意識や思考が真っ黒に塗りつぶされていき……。


「ウイル君!」


そんなシオンの大声により、僕は正気を取り戻す。


「はっ……え、えと……」


「ぼうっとしないの! シンプソンもクーラさんも、眠らされているだけ……他の人たちも多分無事だよ……」


「無事……?」


「すごい丁寧に魔力が編まれてる……番外階位【ヒュプノス】の魔法だね……安眠促進用の魔法だよ。 不眠症の人とかの為に僧侶がよくかけてあげるやつ……効果が強すぎると有毒になるものだから、きっとこの魔法をかけた人は体に負担がかからないように細心の注意を払って魔法をかけたんだとおもうよー」


「迷宮教会が、クラミスの羊皮紙の契約に抵触しないようにかけたってこと?」


「うーん……今までの経緯を見てみるとそれは考えにくいけど……とりあえず、魔法がかけられた当人に話を聞いてみないと……」


「そうだね……サリア、ティズは起こせそうかい?」


「今試みています」


僕の言葉に、サリアはティズの両頬を持って引っ張り上げる。


まるでゴムのようにティズの頬は大きく伸び。


「ふ、ふあぁ?」


それによりティズは少し間の抜けた声を出しながらゆっくりと起き上がる。


「……ふぇ?」


「ティズ……ティズ……大丈夫ですか?」


無事の様なティズに僕は安堵のため息を漏らすと、先ほどから同じようにほほをつねり倒しても起きないシンプソンをベッドに運んだ後に目を覚ましたティズのもとへと向かう。


「ティズ……何があったかわかるかい?」


「えぇ……ウイル? どうしてここに……いや、あれ? なんで私眠って……」


「強制的に眠らされた副作用でしょう、記憶が定まっていないようです」


「みたいだね……大丈夫かい? ティズ」


僕はそっと人差し指でティズの頭を撫でると、同時に指先から魔力が失われた感触が走り、少しだけティズの体が光を取り戻す。


……直接僕の体から魔力を吸収するということは……眠っている間にティズの体が魔力を消費……状態異状を回復しようとしていたということであり、ティズが誰かに眠らされたことを裏付けた。


「……ウイル……そうだ……私」


魔力を補充したおかげか、ティズはようやく記憶が定かになり、その反面、記憶が戻れば戻るほどその表情は青ざめたものになっていく。


「一体何があったか教えてくれるかいティズ……」

僕の質問に、ティズ。


「うん……ええと、あの後ウイルと話した後……カルラと一緒に少し話をして……それで……少し話をしたあと……あっ……」


完全に記憶がよみがえったのか、ティズは顔を真っ青にしてその場にへたり込み。


「ごめん……ごめんなさいウイル…………どうしよう」


わなわなと震えながらそう僕に謝罪の言葉を並べる。


「大丈夫だよティズ、落ち着いて……落ち着いて何があったか教えて」


内心は僕も落ち着いてなどいられるような状況ではなかったが、それでも情報を手に入れるために僕は出来るだけ声に焦りが出ないようにティズに問う。


「カルラが……カルラが」


「カルラがどうかしたのですか? 迷宮教会が来たのですか?」


サリアの問いに、ティズは首を左右に振って否定をし、同時に僕を見つめ。


「……これ……」


そう、涙ぐみながら僕に一枚の紙片を渡す。


「これは?」


ティズは僕の問いかけに首を左右に振るい、僕は慌ててその紙片を開く。


そこには。



【かならずもどります】



その一文だけが書かれていたのであった。


                     ◇

第二階層……迷宮教会。


歩きながら、私は昔のことを思い出す。


孤独に絶え……痛みに耐えた日々。


捨てられ……迫害され……利用され……そして捨てられた。


生きているだけでつらかった。


生きているだけで痛かった。


暗い場所で……いつも隅にうずまっていた。


何度も何度も死んで……気が付けば私の中には知らないラビがいた。


知らないラビは私に言った……すべてを憎めと。


憎んで、恨んで、妬んで、奪えと囁いた……。


知らないラビは何度も表に出てきては……いろんなものを奪って行って……。


そしてだんだん、カルラは小さくなっていった。


それでもいいと思っていた。


だってその人はみんなから望まれていて……私とその人が入れ替われば……きっと多くの人が喜んでくれるから。


それなら……私の意味のない人生も、きっとほんの少しだけ意味があるものであったと諦められるから。


だけど、私は逃げ出した。


今でもわからない……でも、誰かが逃げてと言った気がした。


誰かはわからない……でも私は汚い狡い女だから……納得していたはずなのに、知らない人になることを拒絶した。


多くの人を不幸にし、多くの人を巻き込みながら、私は逃走をしたのだ。


自分は狡い女だ……姑息で、醜くて……そして愚かで、度胸がない。


逃げて逃げて逃げ続けて……。


いろんな人を巻き込んで……被害者面をしている最低な女だ……。


いや、最低な女だった。


私は変わった……みんなのおかげで。

みためでも、性格でも何でもない……変わったのはたった一つ。


大切な人のおかげで……そして、大切な人が愛する人たちのおかげで……。


私はようやく……居場所を見つけたのだ。 


日の当たる場所で、沢山の友達に祝福をされる……そんな素晴らしい居場所を。


たったそれだけ……たったそれだけだけど……それのおかげで私は、迷宮で生まれた女ではなく、ようやくカルラに成れたのだ。


「おおおまちしておりましたあああ、私の聖女!! 聖女カルラああああ! 戻ってきてくれると信じておりましたよおおおお!! さぁ、さぁさぁさぁ! ともにともにともに!ラビをラビを! いまこそラビを復活させるのです!! ああああああああああああああああラビ万歳!ラビ万歳!ラビ万歳!ラビ万歳!」


その入り口の前に立つと、まるで待ちわびたかのようにその扉は開き、出迎えるように私を蝕む闇が現れる。


耳障りなノイズに私は小さくため息をつき。


「申し訳ありませんが、ブリューゲル司祭……私はラビの復活の為に帰ったのではありません」


そう自らの意思を伝える。


「んんんんんんん???? 異なことを言いますねええ聖女! あなたは、ラビになる以外の選択肢を持たない物……それ以外にあなたは何をするというのですかねぇ?」


私は微笑む。 それは決別の笑みであり……そしてこれは、逃走のための戦いではない。


「貴方を……殺しに」



これは……大切な人を傷つけられた私……カルラ・G・ラビリンスの怒りなのだ。


                        ◇

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