199.降伏
「レオンハルトさん……」
目前に堂々たるいでたちのまま現れたレオンハルトは、動かなくなったリオールから手を離し立ち上がると……にこりと紳士的な笑顔を向ける。
「ウイル殿、無事でしたか……」
その表情は先ほどまでの阿修羅の如き形相ではない、いつものレオンハルトであり、その肩の上でぐったりとしているカルラをそっと僕の方へ渡してくれる。
「……魔術か何かで眠らされているようです……心音共に異常はなく、外傷はすでに治療されているようですので……安全とは思うのですが」
「ありがとうレオンハルトさん……本当にありがとうございます……ごめんねカルラ」
僕はぐったりと眠るカルラを抱き留め、少し強めに抱きしめる。
「あっ……」
「ぐっ……」
何やらサリアとティズの二人が言葉を漏らしたような気がするが今はノータッチ。
僕はカルラを二度と離さないよう、しっかりと受け止めると、レオンハルトの一撃により吹き飛ばされたブリューゲルへと視線を戻す。
「レオンハルトォ~? なぜここにぃ……」
「とある人間からタレコミを貰ってな……何か騒ぎが起こったら、クレイドル寺院へ向かうようにと、それと、 すまなかった……と伝えてくれともいわれました」
にこりとレオンハルトは僕たちに向かってウインクをする。
「……アルフ」
言わずとも、レオンハルトに直接そんな的確な指示が出せる人間など、アルフしかいるわけがない。
「あのバカ……不干渉とか言っておきながら……知り合いに全部投げっぱなしにするとかどんな精神してるのよ、ほんと自分勝手なバカなんだから……自分で謝りなさいよ本当にあーもうバカ」
ティズも気が付いたのか、結局お人好しなアルフの行動にため息をもらし。
「まぁ、感謝ぐらいはしといてあげるわよ」
そうそっぽを向いて僕の頭の上に戻ってくる。
なんだかんだ言って、僕とアルフの絆はまだ切れていなかったという事であり、僕もサリアもティズも少し安堵する。
「……ふっふふっふ、まぁ~裏切者をあぶりだしたとしてももはや意味はなさそうですねぇ~……」
ブリューゲルはそう不敵な笑みを漏らすと、ゆっくりと立ち上がる。
「―――!」
その場にいた騎士団隊長たちは、警戒するように身を寄せ合い盾を構え、剣を前に突き出す……突撃陣形はすでに整っており、この状態であれば呪いを発動しても被害を最小限でブリューゲルを取り押さえることができる。
ご丁寧に解呪専門の司祭の部隊も控えているということもあり、対迷宮教会の対策を練ったうえでの編成であることを僕は察する。
「……なるほどなるほど……私はこうやって取り囲まれ、絶体絶命という奴ですか。しかし皆さま勘違いをしておられませんかな? わたくしは偉大なるラビの信徒であり、断罪されるいわれはない……私はただ我々の所有物である聖女カルラを取り戻しに来ただけなのです」
「アンデッドハントと共に行動をしていた事実は避けられんぞ?」
「あ、そうでした。 じゃあこうしましょう……このリオールという男はぁ! 我々迷宮教会に潜入しぃ、偉大なるラビを奪おうとしていた……そして状況が不利となるや否や、私ブリューゲルアンダーソンを捨て置き、あちらこちらに甚大な被害を巻き起こしながら逃走を図る……ほらこのようにいいいぃ!」
瞬間、動かなくなっていたリオールがまた痙攣をおこしたまま立ち上がる。
既に顔はつぶれ、四肢はおかしな方向へ曲がっているが、それでもなお立ち上がり折れた剣をもって包囲体勢により背を向けている兵士たちの背中に向かってとびかかろうとする。
しかし。
【ターンアンデッドぉ!!】
ブリューゲルの魔法により操られ、アンデッドと姿を変えさせられたリオールであったが、その体に一つ光が差しこみ、瞬時に浄化されその場に崩れ落ちる。
「はぁ、はぁ、はぁ……よくもやってくれやがりましたね、ブリューゲル……アンタのおかげで……また金貨が減ったじゃないですか! それになんですかその壁は! 損害賠償請求しますよこらぁ!」
非常によきタイミングで息を切らしながら入ってきた男は、やつれた表情をした神父シンプソンであった。
その表情や、ぐったりとした様子から、また死んだことは明白であり、僕たちは内心でご愁傷様とつぶやく。
「もう復活しやがりましたか……もうちょっと入念に刻んでおくべきでしたかねぇ」
心底残念そうにブリューゲルはつぶやき、舌打ちをする。
「この野郎……人の寺院襲撃しておいて、そのセリフかぁ? 今なら、アルマゲドンでも神の雷でも何でも放てる気がしますよおらぁ!」
「いつでも行けますよ、神父さま!」
さりげなく後ろでクーラさんはファイティングポーズをとってシンプソンの怒りに同調を示している。
意外と元気そうな様子を見るに、襲撃されはしたが、皆が皆無事であったようだ。
「ふっふっふ……随分と不利な立場に立たされてしまいました……」
ブリューゲルはあいも変わらずひょうひょうとした態度をとりながら僕たちを見回す。
隙を伺っているのか、その口調は穏やかでありながらも、その眼光は鋭く僕たちを一人ひとり射抜いていく。
「何かしでかす前に、さっさと逮捕しちゃいなさいよレオンハルト!」
「逮捕など……できるわけがありませんよねぇ? レオンハルトさん……我々迷宮教会と王都リルガルムは協力関係にあるのだから……クラミスの羊皮紙とはなんとも便利なものでございますですねぇ!」
契約の履行の順守を徹底するために使用される魔法のアイテム、クラミスの羊皮紙……その魔法はただでさえ強力な契約という行為に、さらに魔法を重ね掛けすることで完成するこの世界で最も利用されている契約書である、たとえアンドリューであってもクラミスの羊皮紙に書かれた契約は反故にすることもごまかすこともできず。
契約履行違反とみなされた場合、最悪命さえも奪われるという恐ろしくも便利なアイテムだ。
もしブリューゲルと王都リルガルムが、相互不干渉という契約をしていた場合、それこそ僕たちにはその状況を打開する方法はない。
「ええ、ですが、それはそちらも同じでしょう? 我々の兵士に危害を加えれば協力関係も契約も意味はない……それに現行犯であれば逮捕は出来る……今は引きなさい、ブリューゲル」
そうレオンハルトは剣を構えて降伏をブリューゲルに促す……あれだけラビに固執をし狂乱ぶりを見せていたブリューゲルが、冷静に撤退の判断を下すことなどありえないと皆が皆思っており、盾を構えた部隊はレオンハルトの言葉と同時に盾を構え直す。
しかし。
「分かりました、降参です……ラビは諦めましょうね」
ブリューゲルは両手を上げて降伏を宣言する。
「……!!?」
「これでいいんですか? レオンハルト」
「むっ……これからは、このパーティーを襲うことはないか?」
「誓いましょう……聖女も我々から直接手出しをすることはこれからはありません」
「……この禁破るときは」
「えぇ、羊皮紙の契約履行違反とみなされても文句は言いませんよ……」
拍子抜けをし、いまだに信じられないという表情をしているレオンハルト。
当然だ、僕たちもこの男が何を考えているのかが全く理解できない。
「何のつもりだ……ブリューゲル」
そんな謎な行動を示したブリューゲルに対し、サリアはいぶかし気にそう問いかけるも、
ブリューゲルはまたもや首をおかしな方向へ捻じ曲げながらサリアを凝視し。
「何も? ここで国を相手取るのは賢い選択ではないと考えただけですよ? この身張り裂けそうなほど悔しいですが、まぁ仕方ないでしょう……諦めますよ」
しかし、その瞳の奥にはいまだに黒く深い闇がうごめいている。
その瞳を見て、僕もサリアもようやく理解する……ブリューゲルが何かをたくらんでいるのは明白だが……今僕たちは何もできない。
「道をあけていただけますか? ウイルさん」
僕の前に立ち……ブリューゲルはにやりと目の下が熊だらけの白い顔で満面の笑みを浮かべて僕を見やり……僕はその顔を凝視しながらゆっくりと道を開ける。
直接的な干渉はしない……言い方を代えれば他にはいくらでも僕たちに対して仕掛けてくることは出来る……。
それこそ、彼が持つ呪いがあればなおさらだ。
去ろうとするブリューゲル……僕たちは見送ることしかできず……拳を握りしめることしかできなかったが……。
「ああそうだ……あともう一つだブリューゲル」
「はい?」
そんな中、わざとらしく思い出したかのように……レオンハルトは契約を一つ追加する。
「直接的に手出しをしない、諦めるというなら……この忍の少女は伝説の騎士のパーティーの一員であると認める……つまり、迷宮教会の所属から外れるということに異論はないな?」
逆転の一手……。
その一言で、契約によりブリューゲルは縛られる。
自らの計画を利用されたことを知ったブリューゲルは一瞬その瞳を大きく見開き、瞳孔の開き切った瞳で僕とレオンハルトを額に青筋を浮かべながら凝視する。
「きさっ……い……いえ……認め……ましょう」
迷宮教会の聖女であることはなくなる……それはつまり、カルラ本人が望まない限り、今まで迷宮教会で行われていた儀式等に参加させることもすべて契約違反となるという事……。
ブリューゲルもその一手は予想外であったようで、余裕のある表情から憎悪にまみれた名状しがたき顔を作り……。
「たかが獣と……侮りましたか……まぁしかし……」
しかし何もすることなく小さくそう呟き、クレイドル寺院を後にした。




