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174.迷宮教会の家凸

サリアサイド――


「どどど、どうしよーーー!?」


いつも呑気なシオンであったが、今回ばかりはことの重大さを理解したのか、顔を青ざめてそう慌てふためく。

「ウイル……ウイル……う、うえええぇえぇええん」


ティズに至っては言うまでもなく大号泣……。


私でさえも、心臓の鼓動が早くなり、眩暈を覚えているが、今は二人を落ち着かせることを優先しなければ……。


「落ち着いてください……シオン……ティズ!?」


そう、落ち着かせようと口を開いてみたが、やはり震えが止まらない。


「これが落ち着いていられるかってのよ……あの子は、伝説の騎士は忍に狙われてるんでしょう!? あんたの腕を折るくらいの化け物よ! う、ウイルが……ウイルが……」


最悪の状況を思い浮かべ、ティズは嗚咽を漏らす。

その姿は弱弱しく、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどはかなく、大粒の涙を流している。


「あわっあわっわわわ……みみみみ、みんなおおおおおちついわっひゃあぁ!?」


シオンも完全にパニックに陥っており、何もない所で躓いて転倒をする。

完全に皆が皆冷静さを欠いている事態……私ですら何をすべきかわからずに混乱をしていしまっており……私は自らの情けなさを恥じる。


結局心の方は、成長するどころかマスターに甘えてばかりで何一つ成長していないではないか。


「はぁ……」


私は一つ息を吐き、情けない自分を心の中で叱咤しながら……主の姿を思い出す。


落ち着け……考えるんだ……マスターなら、マスターならこんな時どうする。


私は一つ自分の唇を噛む。


あまりにも強く噛みすぎてしまったためか、唇が裂け、血が一つ滴りおちるが、その痛みでようやく私は少し落ち着きを取り戻すことができた。


「ティズ、まずはマスターの安否を確認しましょう」


まずは、マスターの安否確認が最優先……居場所はそこから推測すればいい。


「安否確認って……どうすればいいのよ」


「貴方はマスターのパートナーだ……ステータスの魔法を使用してください。 あれは元々、呪いをかけた相手が死んでいく様を観察するために生まれた魔法だ……遠距離であってもパートナーであればステータスを出すことができます……仮に死亡していれば、その死亡時刻や死因から場所が特定できます……シンプソンがいる以上、消滅前に救出が出来れば助かります」


「……う、ウイルが死…………っ……いいえ、そうね……まだ、死んだって決まったわけじゃないわ」


ティズは一瞬心がくじけそうになるも、私の言葉にうなずき涙を拭う。


マスターなら必ずこういうはずだ、泣いている場合ではないって。


常に冷静に、己を知り尽くし、他人を理解し、最善の選択を取る。


そういう強い人だから……あの方は。


「よ、羊皮紙! 用意したよ! ティズちんはやく!」


シオンもすっ転んで冷静さを少しは取り戻したのか、話を聞いて保管してあった羊皮紙を持ってくる。


「シオンのくせに気が利くじゃない!」


羊皮紙がテーブルの上に広げられる頃には、すでにティズは軽口を叩けるくらいには正気を取り戻しており、私は安堵のため息をついて、自分の動揺を落ち着かせることに集中する。

マスターの真似事をしてみたが、動揺を抑えながら冷静な判断をするということの難しさを痛感する。


この二人に冷静に支持を出すという事さえここまでの心労なのに……マスターは王都襲撃時、あれだけの規模の勢力と人間に対して……顔色一つ変えずにあの戦争を動かしたのだ。


その大局観……そして心の強さに私は改めてマスターの偉大さに感服する。



「ステータス!」


私が一人マスターへの畏敬の念を深めていると、ティズは詠唱を終え、ステータスの魔法を発動していた。


本来ならばティズが最初に確認してから羊皮紙に文字を移すのだが、ティズも焦っているのか、読む行程を飛ばして直接羊皮紙にステータスを印字する。


「……出てきたわ!」


全員が羊皮紙を覗き込み、マスターのステータスを確認する。

名前 ウイル 年齢秘密 種族 人間 職業 戦士 LV 6


筋力  15                     

生命力 12 

敏捷  13  

信仰心 3             

知力  14  

運   21 

状態     スキル封じ(メイズイーター)

保有魔法   なし       

保有神聖魔法 なし

保有スキル New!【芸術】【軽業】【剛力】【頑強】【状態異状耐性・強】【疾走】

【蜘蛛の糸】【子宝】【火と氷】【隠密】【見切り】【回避性能】

【精密動作】【性質変化】

メイズイーターlv3/繁殖力/逃走/消滅/パリイ

戦技・消滅の一撃

「い、生きてる……」


ティズは安堵したようにふらふらと机の上に落下をして、腰を抜かしたようにぺたりとお尻をつく。


「で、でもスキル封じって……」


「どうやら、メイズイーターを封じられているようですね」


となると生きてはいるが襲撃はあったという事か……。


「せめて居場所さえわかれば救出に迎えるんだけど」


シオンは困ったような表情を作り、私もほかに情報はないか確認をする……と。


「……あれ? スキルが……増えています」


『えっ!?』


ステータスを見ていた私の言葉に、二人が一斉に食い入るようにマスターのステータスを見つめる。


「ここです」


「精密動作に……性質変化?」


見たこともないスキルに、私たちは疑問符を浮かべる。


「なぁにこれ?」


シオンが首をかしげるが、私も理解はできない。


冒険者を初めて二百年くらいたってはいるが、こんなスキル見たこともない。

怪我はないが、メイズイーターを封じられている……ということはかなり不利な状況にあるという事だろうか。


どうやらひとまずは安心だが、気を抜いていられる状況でもないようだ。


私はそう緩みそうになった自分を戒め、このスキルに思い当たるものはないか記憶を手繰り寄せる。


と。


「これ……機械のスキル……」


珍しくティズがそう言葉を漏らす。


「機械?」


「鉄の時代は、機械が人間により多くのスキルを与えられていたわ……ただ、昔の人間はバカばっかりで、なんでもかんでも力が強けりゃいいって思ってるやつらばっかりだったの、だから鉄の時代の人形ってのは、どいつもこいつも制御や出力調整しなきゃ人間なんて

一瞬でぺちゃんこにしちゃうような奴らばっかり、だから必ずスキルに、【精密動作】を持たされた。

必要な時に必要な力を正確に一度のミスもないよう、完全に力を制御できるスキルをね」


「つまり、マスターは機械人形と戦っているということですか?」


「そういう事になるわね……でも、機械人形が出てくる場所なんて……迷宮もそんな場所……あったかしら」


「……そ、それなら知ってるよー! 機械人形は三階層で出てくるの!」


「三階層? 何を言っているのですかシオン、迷宮三階層は安全ルートが確立されている上に……魔物が唯一でない安全な場所では……」


「それは、偉大なる先人が安全ルートを確保してくれたおかげなんだよー。本当はあそこは罠と機械人形の巣窟で、昔は多くの被害者が出たんだ。 機械は決まった場所しか巡回をしないから……」


「白線で道が示されていたのはそういう事だったのですか……」


三階層など特に眼中になかったため、特に意識などせず道しるべに従って迷宮攻略をしていたが……魔物がいないのではなく、魔物と出くわさないルートが確立されていただけだったのか……。


「迷宮三階層なら、マスターの力であれば到達できない場所ではありません……」


「つ、つまり忍に追われて、ウイル君は忍の追撃を撒き迷宮に逃げ込んで、迷宮三階層で迷子になった……そういう事?」


「その可能性が一番高いですね」

わたしはそううなずくと。


「じゃあ、さっさと助けに行かないと! 私がいないとウイルは本当にダメなんだから!」


ティズはそう一人つぶやき、いつもの様な気丈な態度で飛び上がり、マスター救助を提案する。


しかし……。


「いやー、どうやら、そうも言っていられない……みたいだよ」


シオンはそう一人ぼそりと呟き、外を見る。


「え?」


ティズと私はそんなシオンの言葉に息を飲み、外をつられてみると。


「囲まれたねー完全に」


窓の外……夜のとばりが下りた暗いくらい冒険者の道……そして家の周りに。


黒い覆面を着た僧侶の姿……その額には見たことのある、トネリコの木が巻き付いた逆十字の紋章……。


迷宮教会の人間が家を包囲していた。


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