154.交渉決裂
「カルラ?」
僕はそのセリフに、息を飲む。
カルラと言えば、僕が想像できる人間は一人しかおらず、僕の勘がおそらく話題の人物と同一人物であると告げている。
「カルラっていえば、アルフの探してる女の子のことじゃない……アンデッドハントに連れ去られたっていう」
ティズがその聖女と呼ばれる女の子の名前を知っていたことにも驚いたが、同時にその発言から、僕の中で忍のカルラ=聖女という図式が完全につながり、眩暈の様なものを覚える。
「ほう、アルフレッドがあなた達に仕事内容を話すなんて珍しいですねぇ、彼も相当切羽詰まっている……ということですか。 いやはや、なぁんともまぁそれなら話が早いぃ。 まぁ、アルフレッドのいう通りです。彼に依頼した人物捜索依頼を、あなた方にも依頼したい……もちろん、報酬は弾みますよぉ」
「どうせラビの経典とかでしょ、読んだら頭おかしくなる」
「いえいえ、我らが神聖なる経典を、報酬などという形で人に差し出せるわけがありません……経典は、神を信仰し神を敬愛し神に宣誓をしたものにのみ与えられ、経典の教えを読み解くことを初めて許されます。 けっしてばらまいたりするものではないのです! ラビ万歳!」
「それは勤勉な信仰お疲れ様。 アンタの神がもう少しまともな教えをする奴だったならば、きっと私はあなたを尊敬していたわ」
「おほめに預かり光栄です」
「褒めてないわよ」
ティズの皮肉にもブリューゲルは愉快そうに口元をゆがめ、またあのどぶ川のお茶を自分で入れ始める。
「じゃあじゃあ、報酬ってなんなのー?」
「そうですねぇ、金貨一万枚程度で足りますかねぇ?」
全員が全員、どぶ川を噴き出した。
「いいいいいい、一万枚いいいぃ!?」
ティズの目が金貨になり、シオンも幼女のサリアでさえもその発言に驚愕し目を丸くしている。
「やはり、足りないですかね?」
「いやいやいや、一万枚って……」
金貨一万枚のものと言えば……まず真っ先に思い浮かぶのはリルガルム王城だ……確かリルガルム王城の建設費が金貨一万枚……そしてサリアの蘇生代金だ。
そう考えるとサリア凄いな。
「女の捜索に金貨一万枚なんて、随分な力の入りようじゃないの」
「聖女はラビにとってさいっじゅうっよう人物なのです! それを、それをそれをそれを! 忌々しいアンデッドハントに奪われた! なんったる屈辱……何たる失態! わたくし自らの心臓を8度懺悔にラビへと差し出しましたが、いまだにラビは私を許してはくれない……聖女の帰還こそなれば我我に財などふようなのです! 全てを捧げ、ラビに許しを請う! それが我々できる唯一の贖いなのです!あぁもちろん依頼内容は保護と申しましたが、有力な情報提供でも構いませんよ? アンデッドハントから聖女を奪い返せだなどと無理難題を強いるつもりはございません! 無理強い、無茶の要求はラビの美学に反する! ゆえに迷宮教会は、可能であればカルラの保護、そして依頼達成条件は聖女の正確な居場所です……アルフレッドに課した条件と同じ……あなたの情報により聖女が無事に帰還した場合金貨一万枚はあなた様のもとです」
「き、金貨一万枚ポンッとくれるなんて……あんた本当に正気じゃないわ」
「でもでも~、魅力的だねー……」
「そ、そうねウイル! 受けましょうよ! 情報提供だけでいいなら、受けているだけ得よよ得!」
「ウィルゥ?」
あっ、そう言えばアルフと二人で教会にやって来た時名前を名乗ったんだっけ。
神父は覚えているのか、少し頭を悩ませるような表情をした後。
「どこかで聞いたような? 確か、100年前」
明後日の方向の知識を引き出してきたため、もはや僕=伝説の騎士は彼の中では繋がる事は無いだろう。
「失敗したらペナルティとかないんだよね?」
そんな神父をよそに、シオンはそうブリューゲルに質問を続けると。
「ええ、ラビに誓ってこの依頼を受けたことによって被る不利益はあなた方には一切ないということを」
そう紳士的な一礼をしてブリューゲルはそう告げる。
ラビに誓うという言葉は、狂信者であるブリューゲルだからこそ、その言葉が本当であるということを裏付ける……。
シオンとティズは金貨の魔力に吸い寄せられるようによだれを垂らす。
いつもであれば、僕だって喜んでこの場で依頼を受けるだろう。
なぜなら僕は彼女の居場所を知っている。
この場で王城にカルラがとらわれていることを話せばいいし……仮に連れてきてほしいと頼まれたとしても、恐らく迷宮教会に引き渡すのも伝説の騎士の力をもってすればいともたやすく行えるだろう……実にイージーミッション。
巨万の富が目の前に鎮座している。
……しかし。
「……ナンセンスだブリューゲルさん……申し訳ないけれども、僕たちはその依頼は受けられない」
なんとなくだ……ただ何となく、僕はカルラの言葉をを思い出し、依頼を断った。
~今までこんなに人にやさしくされたことっがなかったから~
聖女としてあがめられてきたはずのカルラ……しかし、彼女が僕に語った縋るような瞳と言葉を思い出し、僕はそうブリューゲルの依頼を断る。
「え? ウイル君?」
「ちょっ ウイル何言って……こんなおいしい依頼なのに!?」
「裏も偽りもございませんよ? なんならこの心臓をかけましょう……我々は、聖女の帰還と幸せを何よりも願っているのですから」
彼女の幸せ……と言われ僕は一瞬戸惑う。
彼女の過去も、迷宮教会とのつながりも……何もかもが不明であり、なにが彼女の幸せなのかなんて、理解できるほど彼女の過去を知っているわけでもなければ、彼女の過去に干渉する権利もない。
だが、あの今にも泣きだしそうだった彼女の表情が忘れられない。
完全に僕の独りよがりであり、褒められた行為でないことは理解しているが……。
それでも、僕はカルラをここに返してはいけない気がした。
そして、その予感を後押しする違和感がもう一つ……。
~アルフレッドがあなた達に仕事内容を話すなんて珍しいですねぇ~
僕が伝説の騎士である事に気づいていないならば……彼らと僕たちは初めて出会うはずなのに、どうして僕たちがアルフと知り合いだと最初から知っている風だったのか……。
仮に気づいているのなら何故気付かないふりをするのか?
その小さな二つの疑問が、僕にこの依頼を受けるなとささやいている。
ゆえに。
「答えは変わらないよ……僕たちもほかに色々と用事があるからね……他を当たってほしい」
「そうですか……それぞれ都合と考えがある……無理強いは致しません。 お時間を取らせてしまいまして申し訳ございませんでした……ミスターウイル」
ブリューゲルは表情を崩さないまま、笑顔を保ち、首を横に傾けたまま僕たちに向かい一礼をしたあと。
「せっかくです……お茶のお代わりなどはいかがでしょうか?」
仕事ではなく談笑でもしませんか? とい笑顔で提案をしてくる。
その笑顔はどこか不敵で不吉であり……僕はすぐに席から立ち上がり、サリアを抱き上げる。
「……悪いけどブリューゲルさん……今日はお暇させてもらうよ。 助けていただいてありがとうございました……ご期待に沿えず申し訳ございません」
「ふふっ。お気になさらず……我々僧侶が人の為に有るのは義務なのです! 迷宮を歩むもの全て皆例外なくラビの寵愛のもとにある……ラビのご加護を」
「ええ、貴方にもその勤勉さにラビが微笑みますように」
「恐悦至極でございます……玄関までお送りしましょう」
「ありがとう……」
何か言いたげなティズも、シオンも……その場の凍り付いた空気に押し黙ってしまっている。
口調こそおとなしいが、ブリューゲルは先ほどまでとは違う、なにかを考えており。
不安げに腕の中のサリアが僕の袖を少し強く握った。
うわべだけの会話が終了し、張り詰めた糸の様な緊張感の中、ティズもシオンも黙ったまま僕とブリューゲルに続く。
教会の歌が……止んでいた。
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