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153. ブリューゲルアンダーソンの依頼

「お~お! マイラービリーンス! わーがー迷宮~!」


迷宮教会。

くすんだ赤色一色で統一された教会内は、あいも変わらず不快な音楽が流れ、悪魔や魔物の像がまつられた名状しがたく、冒涜的な教会。


獣王に襲われたところを助けてもらった僕たちは、ブリューゲルの好意によって迷宮教会へとお邪魔させていただいている。


僕たちは断ったのだが、司祭がけが人を放っておくことは出来ないと押し切られてしまった。


しかも無報酬……。


そしてシオンの毒とサリアの怪我の治療が終了すると、こうしてお茶まで入れてもらっている。


「いやはや、獣王に襲われて生き残るとは……あなた方は実に迷宮に愛されていらっしゃるぅ……これもまたラビ! の思し召し……さらさらさら」


お茶のはずなのに、塩コショウをまぶすように、ブリューゲルは御茶に何かを入れ。


「何入れたの今!? 今何入れたの!」


「しかし、あれほど獣王が怒り狂うとは、いったい何をしでかしたのですか?」


「聞け! 話を聞け! そして説明しろ!」


ティズががなり立てるが、ブリューゲルは澄ました様子でマイペースに話の続きをかみ始める。


この二人がそろうと全く話がかみ合わないな。


僕はがなり立てるティズを哀れに思いながらも、ブリューゲルとの会話を続けることにする。


「急に怒り出したんです、それまでは友好的だったんですけど」


「ふぅむ……獣王は気高き生き物です……昼寝を邪魔されない限りは……そうでなければ、不浄なるものを持ち込んだとかですかねぇ」

「不浄なるもの?」


不浄なるもの……という言葉に僕は首をかしげる。


「えぇ、知っての通り獣王は神獣です……ラビという存在を差し置いて神の名を冠すところに怒りを抑えきれないですが、しかし世間一般の背教者から神とあがめられている異端の神であることは事実……まぁそれは置いておいて、異端の神はすべて呪いを嫌います」


「呪い?」


「呪いとは不浄なるもの……人の生み出した魔法でも神秘でもない、形のない刻印……ゆえに、神が魔法を嫌うように、魔族が神秘を恐れるように……神も魔族も、呪いを極端に嫌うのですよ……ゆえに、神に等しい獣王に、呪われた者が近づけば……それはあれだけの怒りを買っても致し方ないことかもしれませんね」


「呪いか」


一斉に僕たちはシオンを見る。 サリアだけはイスに座っているのが飽きたのか、テトテトと部屋の中を探検し始めていた。


「ふええ!? なんで私を見るのぉ!」


「呪いって言ったらあんたじゃないの、どうせそのバッグの中に呪われた本入れてたんでしょこの爆発娘! 毎回毎回余計なことしくさってからに!」


「ふえええ!? 確かに、確かに呪われた本は持ってきたけど……」


「もってきてるんじゃないの!」


「でもでも……私ちゃんと……」


そう何か言い訳をしようとしながらシオンは自分のバッグパックを漁り……一瞬だけサリアを見たあと、僕たちを見回し。


「バッグに入ってたよー……ごめんね」


そう小さくばつが悪そうな表情でちいさく舌を出して謝罪をする。


「やっぱりあんたじゃないのこの馬鹿ぁああ!」


許されなかったシオンに、ティズのドロップキックが炸裂した。


「あーーーん!? ごめんねぇえ!」


騒ぎ立てるシオンとティズ……いつものことなのでもはや何も言うこともなく、シオンの呪いの本についても不可抗力なので咎めるつもりはない。


ただ一つ思うことがあるとすれば……シオンは確か、一階層の本棚に呪いの本を置いてきていたはずなのに……という疑問であった。


まぁ、うっかり一冊だけしまい忘れてしまっただけなのかもしれないが……。


「……粗茶ですが」

そんなにぎやかなやり取りが行われている中で、ブリューゲルはようやくお茶を入れ終わったのか、そう一言こぼして僕たちにお茶を淹れて配ってくれる。


探検が終わったのか、御茶の匂いに誘われて? サリアも僕の隣に戻ってきた。


「はぁ、はぁ、はぁったく! 次やったら承知しないわよ!」


「ううぅ、ごめんなさぁあぁい」


こっぴどくお仕置きを喰らったシオンは、半べそを掻きながら席に戻り。


ティズは肩で息をしながらサリアの頭の上に座る。



『うげぇ』


仲直りのしるしとでもいうかのようにほぼ同時に同じリアクションをとった。


ブリューゲルから出されたお茶は、やはりどこか赤い色をしており、うっすらと鉄臭いにおいがしており、御茶……というよりエキスという表現が一番正しいと思われる。


「いただきます!」


部屋の探検でのどが乾いたのか、サリアは小さい体で出されたお茶を僕たちが止めるよりもはやく口に含み


「控えめに言ってどぶ川」


そうブリューゲルのお茶ににこやかな笑顔でそう評価を下す。


「手厳しいぃですねぇ!! しかしこの痛みもおそらくラビの祝福!」


ブリューゲルは苦笑を漏らしながら、そう笑い。


「さ、サリア!? さすがに失礼だよ!」


「だってー」


僕は言いすぎなサリアをたしなめるも、意外とブリューゲルの反応は大人であった。


狂信者ではあるが、アルフがかつて言っていた通りラビに心を奪われるまでは、意外と常識人であった……というのはどうやら本当のようだ。


「まぁまぁ、私は喫茶店のマスターではないので何と言われようとも構いませんよ、さて、粗茶は置いておいて……入信でよろしかったでしょうか?」


「違います」


「即答!! いえいえ、しかし構わないのですよ! 信仰とは強要するものではございません! しかし、しかししかししかし! あなた方はラビに愛されています! ゆえに!いつか必ず! ラビのすばらしさ偉大さに気づき、傅くことになるでしょう!」


心の中でそうならないことを祈りながら、僕たちはとりあえず出されたお茶を一口すする。


確かに、控えめに言ってもどぶ川だ。


「で? 私たちをこんなところに軟禁してどういうつもりよ変態司祭!」


「ひどい! 私は司祭として、教会でラビをあがめる人間として職務と義務を全うしただけですよぉ!? 軟禁だなんて! 胸が痛む……痛み? おおおおぉ! これもまたラビの祝福なのですねええぇ!」


軟禁というよりも拷問だ


「とまぁ、ラビへの信仰はこれぐらいにしておくとして……ティズさんが言う通り、あなた方をここに呼んだのはほかでもありません……冒険者の皆様に一つ依頼をしたいと思った所存でございますはい」


「依頼?」



「ええ、獣王に襲われて生き残っている幸運とその実力を見越して……あなた方に我が迷宮教会の聖女、カルラの保護を依頼したいのです」

ブリューゲルアンダーソンは、自らが入れたお茶を飲み干しながら、そう口元をひきつらせて不気味な笑いをあげたのだった。



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