152.獣王VSブリューゲル・アンダーソン
「まずいまずいまずいって!?」
迷宮を走りながら、僕は背後から迫る獣王を一度見やり絶望をする。
真っ向勝負を挑み、サリアが敗北をした化け物、獣王。
そんな規格外な化け物に理由も何もかもが不明の状態で追われながら、僕たちは地図の出来上がっていない不明の場所をやみくもに走り回る。
背後を振り返ると怒り狂った獣王・ポチ太郎がその角を振り回して木々をなぎ倒しながら追いかけてきており、今はもう懐かしいレベル1状態でコボルトキングに追いかけまわされたあの光景を脳裏にフラッシュバックさせる。
「ポチ太郎……一体どうしちゃったってのよ」
「何がおとなしいのかなー! 獰猛も獰猛! 繁殖期のオークよりも獰猛じゃないー! もうやんなっちゃうんだからー! サリアちゃんも気絶しちゃうし!」
背後から追ってくる縦横に対し、僕たちはできるだけ迷宮の狭い通路に逃げ込みながら獣王をやり過ごそうと逃げ回る。
メイズイーターさえあれば迷宮の壁を壊しながら獣王をうまくやり過ごすことも可能なのかもしれないが、獣王のスキル封じの魔法によりそれはかなわず、僕たちは獣王の襲撃を必死になって逃げまわる。
【ぐあああああああああああああああああああああ!】
獣王の怒りはとどまることを知らないのか、今度は先ほどまで良好な関係を築いていた僕に対して蹄を何度も何度も振り下ろし、ポチ太郎は怒り狂う。
「あーもう! 僕たちが何したってんだよまったく!」
あまりの理不尽な展開に僕はいらだちながら悪態をつくが。
【ぐらあああああああああああああああああああ!】
「やばっ!」
状況が好転するわけもなく、獣王の口から、僕たちを殺そうと稲妻の様なものが口からはかれ。
【危ないウイル君! ライトニングボルト― !】
その攻撃をシオンは第十二階位魔法ライトニングボルトにより相殺させてくれる。
「ただの吐息でこの威力とはね! さすがはポチ太郎」
「感心している場合じゃないよティズ! 君、あれのご主人様ならさっさとおとなしくさせてよ!」
「無理に決まってんでしょ! だってあいつの言葉なんてわかんないし、そもそも近づけないわよあんなの!」
「使えないご主人様だな全く!」
「何よ! 今回は私悪くないもん! むしろ私の晴れ晴れしいビーストテイマーティズ計画をぶち壊してくれた奴はどこのどいつよ! 最悪よもう!」
「随分っと! 余裕だね二人とも―!」
『慣れてるからね!』
言い合いをする僕とティズをよそに、シオンはひぃひぃ言いながら追いついてくる。
【ぐるうっるっるるあああああああああああああ!】
「あっぶない!」
「ぎゃあー!?」
たたきつけられる角を僕はサリアを抱えたまま回避し、シオンは半泣きになりながら
必至になって逃げまわる。
もはやそれと戦おうとさえも思えない……圧倒的な力の差。
むしろよくサリアの奴はこんなものを投げ飛ばしたもんだ。
僕はそんな人間をやめてしまっているサリアさんの異常性を改めて痛感する。
「ぐるううああああああああああああ!」
「ああーもおー! こっちだ二人とも!」
稲妻が通用しないと判断したのか、再度獣王は蹄を振り上げて僕たちを踏みつぶさんとするが。
僕は慌てて狭い通路に入り込み、木々のトンネルを通って逃走を試みる。
ティズはまずいが、この際シオンには少しの毒は我慢してもらう。
「シオン! 目くらまし!」
「ほいきたぁ!」
シオンはそういうと、逃がすまいと突進をしてくる縦横に向かって杖を振り上げ。
【晦まし灯り!】
閃光を眼前に飛ばして目をくらませる。
【ぐるる!?】
どうやら獣王自信はそこまで魔法に対して体制があるわけではないらしく、晦まし灯りを受けた獣王は一瞬怯み、その動きを急きょ止める。
よし計画通り!
僕はティズを急いで衣服の中に隠して毒を貰わないようにし、そのまま木々生い茂る森の中へと逃げこむ。
通路が狭くあちらこちらで毒性の植物が僕やサリアをさし貫くが、耐性のある僕たちには通用しないのは先ほど検証済みだ。
「あ、はわっわわわ~~ナ、なんだか体がしびれるよ~」
耐性のないシオンは話は別だが。
「危なくなったら言って、毒消しあげるから」
「せ、生命力低い私にそんにゃごむたいにゃーーー! っていうか毒消し飲んでもすぐまた毒状態になるよー! 根本的解決にはならないんだよー!」
「大丈夫、毒消しはたくさんあるから」
「スパルタ!?」
「痛くてつらいかもしれないけど少し我慢して! この先に行くと、地図の作った道までつながっているはずなんだ!」
「途中で行き止まりだったらどうするのよ!」
「メイズイーターが使用できるようになれば関係ないでしょ! 行き止まりだったら我慢比べをするだけさ! 地図のない獣王は、僕たちがどこから出てくるかなんてわからない! 木々のトンネルに隠れて進めば見つかることはないよ!」
「なるほどね! やるじゃないウイル! 惚れ直したわ!」
ティズは感心したように僕の服の中でそう叫ぶが。
「ちょっとまってー! 行き止まりになったら私ずっと毒になり続けるってことー!?」
「大丈夫、毒消しはたくさんあるから」
「そういう問題じゃないよー!?」
シオンの悲痛な声が木々のトンネル内に響き渡る。
毒状態でもレベル11ともなると意外と保つものだ。
シオンの生死だけが不安だったこの作戦だが、シオンの様子から僕は大丈夫そうだと胸をなでおろす。
と。
「ぬけたぁ!」
トンネルを抜け、僕たちは地図でとおったことのある道へと到着する。
場所は迷宮西側……迷宮教会へと続く、何かの骨がつるされた不気味な道であることが少しばかりネックであるが……何とか僕たちは獣王のテリトリーから抜け出すことに成功した。
【があああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!】
不意に怒号が降り注ぐ。
「いっ!?」
思ったよりも高い場所から降り注いだその怒号に、僕たちは何事かと空を見上げる……と。
遠く……吹き抜けとなった迷宮の壁の上に獣王が立ち、咆哮をあげているのが見えた。
どうやら獣王の怒りは深いらしく、聖域を離れ西側近くまで追ってきたらしい。
「あぁ。 迷宮が吹き抜けになってるのって、そういう事」
ここにきて僕たちは……迷宮二階層がなぜ吹き抜けになっているのかを理解する。
迷宮二階層が吹き抜けになっているのは……そして光源虫が配置されているのは、決して植物を育てたいわけでも、動物を増やしたいわけでもなかったのだ。
この迷宮が吹き抜けで、そして灯りが設置されている理由。
それは単純で、獣王が自らの領域を犯す不届き物……そして、彼が殺害すると誓ったものを決して逃がさないためなのだ……。
たまたまそのおかげで草木が生い茂っただけのようだ。
「くっ! 見つかる前に、トンネルに隠れ……」
まだ獣王は僕たちを見つけていない……ならば見つかる前にトンネルに隠れて、登り階段までたどり着いてしまえば終了である。
そう考え、近くの茂みに走ろうとした瞬間。
【がああああああああああああああああああああああおおおおおおおおお!】
ポチ太郎は一つ咆哮すると。
瞬時に迷宮二階層の草木が枯れ始める。
なるほど……そもそも、この迷宮二階層そのものが……獣王のために存在しているのか。
「……草木の命でさえも思うがままって……ポチ太郎すごすぎよ……やるじゃない!」
「親バカもいい加減にしなさい」
瞳を輝かせてティズは自らのペットを称賛するが、そのせいで絶体絶命だというのを忘れないでいただきたい。
「私毒になり損だああぁ!!」
トンネルはすでに枯れ果て、つるされた死骸も草木もすべて砂と化す。
気が付けば木々生い茂るその緑の大地は、あっという間に赤茶けた不毛の大地へと変化し。
【ぐるるるるるるるるるる】
獣王は僕たちを発見する。
「ウイル、スキルは?」
「だめ、発動しないよ」
「だったら私の魔法で!」
「だめー! あんた殺しちゃうでしょ!」
「私たちが死んじゃうよー!」
そんな不毛な言い争いをしているさなかにも、獣王は僕たちへと疾走を開始し、とどめを刺さんと襲い掛かってくる。
が。
【い―――ざい―――――万歳―――】
獣王よりも嫌な予感が背筋を撫でる。
その声と存在は僕たちの眼前、獣王の背後から響き、砂と化した一本の道の先からやってくる。
【ぐるぅ】
獣王でさえもその存在に警戒をしたのか、僕たちの先を見据えうなり声をあげながら威嚇をするが、その声は恐れることも戸惑う事もなく、その賛歌を響かせながら獣王へと迫る。
「げっ」
ついつい声が漏れる。
その歌声は聞き間違えることも、忘れることもできない迷宮賛歌であり。
『ラビ万歳! ラビ万歳 ラビ万歳! ラビ万歳!』
近づくラビへの称賛の歌と共に、黒服の集団……いうまでもなく迷宮教会が現れる。
「……なんで、こんなところに?」
「うえーーぇ」
ティズは隠れ、シオンは毒状態になった時よりも顔色を悪くしながら、獣王へとぞろぞろとやってくる迷宮教会を見やる。
その先頭に立つのは当然。
「獣王……なぁあにをしているのですかああぁ? ケダモノがぁ……」
迷宮教会司祭、ブリューゲル・アンダーソンだった。
「んんなああああああんんという大罪・傲慢・不敬・無知蒙昧でしょうかああああ、獣王ううううぅ! 偉大なるラビの、ラビのラビのラビの迷宮を揺るがし犯し平穏を乱すだけに飽きたらああああず! 聖女の、聖女の花道を、花道を砂へと変えてしまうとはあああ!
迷宮に生き、ラビの加護を受けるものがなぜなぜなぜこんなにも冒涜的な行動がとれるのか!」
怒りをあらわにし、目を剥きだしながらブリューゲルは不毛の大地となった教会へと続く道を見ながらそう叫び声をあげる。
聖女の花道って……死骸がつるされたあの道で喜ぶ人間は聖女とは言わないだろう。
しかしブリューゲルはいたって真剣に獣王へ怒りの言葉を向け。
「地罰をくらわしましょう! 痛みによりラビを感じるのです!」
【がああああああああああああああああ!】
明確な敵意と、冒涜的な何かを感じたのか、獣王は何かをしようとするブリューゲルとその信者たちに向かい襲い掛かるが。
【ク・リトルリトル!!】
瞬間、信者とブリューゲル達から無数の触手の様な何かが伸び、一斉に獣王をさし貫く。
【ぐっるるるうっらあああああ!?】
その光景は何か触手を有する化け物が、神を侵す光景にもにた冒涜的な光景であり……
僕たちは目を離すことができずに、その光景に視界がゆがむ。
当然、人間が放つ魔法程度で、本当に獣王をさし貫くことは出来ず、触手の先が獣王に触れた瞬間に霧散し浄化されるが。
それでも獣王はその何かが触れるたびに苦悶の表情を浮かべ。
【ぐぐぐぐあああああああああああああああああああああああ!】
瞬間、職種全てを獣王は赤色の逆立った毛から稲妻を放つことで打ち払い、同時に迷宮の
壁の上へと飛び上がる。
怒りと忌々しさを浮かべながらも、その冒涜的な侵食に耐えかねたのか、獣王は苦悶の咆哮をあげながら一度僕たちをにらみつけ……その後、聖域へと引き返していく。
「逃がしましたか……」
その光景を見ながら、ブリューゲルもまた忌々し気に親指を嚙みちぎりながらそうつぶやき、冒涜的な光景に放心状態の僕たちに気づいたのか、いそいそと近づく。
「ご無事でしたか?」
あくまで紳士的に、そして礼節も何もかもが整った一礼。
しかし、不自然な点など一つもないはずのその行動すべてが異形のものの人のまねごとに見える……。
「あ、ありがとー……えーと」
シオンはどうしたらいいのかわからないのでとりあえずお礼を言うと、司祭はとても嬉しそうな表情――もちろん恐ろしいほどおぞましい笑みだが――を浮かべて。
「あぁあ! お初にお目にかかります!! わたくし迷宮教会リルガルム支部・司祭……ブリューゲル・アンダーソンと申します……以後、お見知りおきを……ラビ・ばん・ざい!」
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