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146.スキル【芸術】と休憩所

そんで、次の日。


「さーて! 今日の目標は二階層の攻略よ! ちゃちゃちゃっと終わりにして地図をトチノキの野郎に売りさばくんだから!」

迷宮一階層おなじみ、何もない部屋。

誰も来ることが無く、魔物ですらこの空間に立ち寄らないほど閑散としただだっ広い子の大部屋は、いつの間にやら僕たちの作戦会議場としてすっかり定着してしまっており、僕たちもこの場所に足を運ぶことに違和感がなくなってしまっている。

これだけ親近感がわいていると、この大部屋はひょっとしたら第六の仲間と言っても過言ではないほどだ……。


「ウイルもレベル六で、四階層までは楽―に踏破できるようになったんだし! いしのなかお宝パラダイスの為にぱっぱか進んでいきましょう!」


しみじみとお酒を飲んでいたせいか、珍しく二日酔いに悩まされることのなかったティズは、元気溌剌の言葉そのままに笑顔を振りまき飛び回り。


「ふあー……お~~」


ティズとは対照的に、シオンがけだるげな表情のままふらふらと拳をあげる。

「眠そうですね、シオン」


「うん……昨日はウイル君が寝かしてくれなかったから」


「そう……ですか」


「誤解を招くような表現をしないでくださいシオンさん……第一、君が家のセキュリティの為に僕を遅くまでこき使っていたんだろう?」


「えへへ、そーともいうー」


なんとも都合のいい子である。

ちなみに僕がシオンと違って眠そうではないのは、遅くまで起きて働き早朝に起きるというきこり時代の習慣のためである。


「な、なんだ……セキュリティですか……良かった……ん? 良かった? なんでよかった?」


なにやらサリアが一人自問自答の世界に入り込んでしまった。

最近サリアはこのように自問自答を行うことが多い……。

大丈夫だろうか……筋肉筋肉言い過ぎて少しストレスが溜まっているのかもしれない。


これからはもう少し優しくしてあげよう。


「ま、知ってたからあえてスルーしてたけど。 そんなことより、ちゃちゃっと迷宮攻略するんだから! ウイルはいつもの実験やっちゃいなさいよ」


「はいはい……」

いつも通り僕は何もない部屋で習得したスキルの実験を行う。

火と氷、そして蜘蛛の糸という有用そうなスキルは家の中で行ってしまったので、ティズや仲間たちの興味も薄い……。


まぁ、あれだけの大魔法を見せられた後では、ほかのことなど些末事でしかないのは確かであり、ティズがせかすのはわかるのだが。

「はやく!」

僕はせかすティズにため息を漏らしながら従い、心の中で【軽業】を発動する。


ふと、体が軽くなったような感覚。

一瞬足が地面をたたくと同時に、僕の体は宙に浮いたような感覚を覚え……。

「おお」

「すごーい!」


真下にサリアとシオンの驚愕の声が響き渡る。


ふと下を見るとそこには不思議な力で小さくなったサリアとシオン……ではなく、一階層の迷宮の天井近くまで一度の跳躍で飛び上がった僕の眼下には、僕を見上げるサリアとシオンがおり。


「お? お? お?」


スキルの発動により、体が軽くなった自らを喜ぶかのように、僕はそのまま体を捻り、何度も空中で回転をしながらもといた場所に直立状態のまま着地し、両手を天井に掲げる。

「十点です」


「十点ね」


「十点だよー」


なぜか採点された。


「お見事です、マスター。芸術的な跳躍でした」


サリアはぱちぱちと手をたたきながら今の宙返りを称賛してくれ、僕は少し気恥ずかしさにほほを掻く。


「どうやら、今のが軽業と……芸術って奴みたいね」


そんな中、今の跳躍を見ていたティズが、そう言葉を漏らす。


「芸術、フランクが持っていたっぽいスキルだけど……」


「ええ、ただのジャンプがサーカス団の曲芸を見ているかのようだったわ……まさに芸術的の一言よ、よーはあんたは、なんでもかんでもが芸術的に仕上がっちゃう人間国宝になったってわけね」


「芸術的にって、僕よくわからないんだけど、あと人間国宝ってすごい名前負けしてません僕?」


「そんなことないわ、わ・た・しのウイルなら当然よ、むしろ国一つ程度じゃ足りないわ、目指すは世界……いや銀河……いやいや宇宙よ!」


ティズの調子の乗り方がとどまることを知らない……。


「まぁ、人間国宝かどうかは置いておくとして、確かに思い返してみれば、今日の朝食の盛り付け……美しい仕上がりでしたね」


「うんうん! とっても素敵だった―! そしてすっごい美味しかったよ! ごちそうさまでしたー!」


「そ、そうかな」


思わぬところでさらなる称賛の声が響き、僕は少し芸術というスキルを好きになってしまうが。


「まぁ、それが迷宮攻略にどのような役に立つかどうかは別だけどね……」


「それは言わないでよティズ……」


やはり芸術はただの芸術だった。


「確か芸術のスキルと言えば、造形技術や、空間把握能力が向上すると知人から聞いたことがあります……何かを作成する際に、プラスに働くのではないですか?」


「作成って……例えば?」


「そうですね、例えば……メイズイーターの力で……イスを作って見たり」


「メイク」



サリアの意見通り僕はオーソドックスなベンチの様な長椅子を想像し、メイクを発動する。 


と。


「おおぉ!」


今まで四角い形の壁や石柱の様なものしか作れなかったが、しっかりとメイクによりイスが生成される。


まだ細かいディティールなどは少しばかり不満があるが――この時点で芸術のスキルに影響されているが、ウイルは気付いていない――まぁ最初ならばこんなものだろう。


「椅子が出来ましたね」


「すごーい! じゃあじゃあ! 今度はテーブル―!」


「はいはい」


メイクともう一度つぶやき、メイクを発動すると、先ほどと同じように簡易な机が作りだされる。


もちろん、あくまで扱いは壁であるため、地面と同化していて動かすことはできないが。


それでもこの能力は便利である。


「すごーーい! テーブルだテーブル! ウイル君の作ったお弁当食べるときにこれならもうスカート汚れるの気にしなくてすむよー!」


なんだか迷宮探索というよりもピクニックに来ているような口ぶりだ。


「じゃあ次ベッド!」

「本棚」


「かまど!」


「新生活応援キャンペーンかな?」


それから、しばらく迷宮探索はどこへやら、リクエストの通りのものをメイズイーターの力で次々と僕は作り上げていく。


気分はさながら家具職人。


気が付けば女性陣監修のもとこの何もない部屋に様々な家具やインテリア――もっとも作れるものは簡単なものだが――が設置され、小一時間もしない間に何もない部屋は僕たち専用の休憩所へと変貌を遂げる。


「うーん、石造りでレイアウトが微妙なのが少しばかりネックだけど、迷宮で休憩をするときには便利そうね」


ティズは満足そうにひらひらと作り上げた本棚に座りそんな感想を漏らし。


「部屋が狭くなったら、ここにすんじゃおうよー! あ、お日様があったほうがいいから二階層のほうがいいかなー? ……じゃあここは私専用の書斎ってことで!」


すっかりこの場所が気に入ってしまったらしい

シオンは鼻歌を歌いながら携帯していた本を本棚に勝手に収納を始めている。


「ベッドが固いのがネックですが……しかし仮眠をとるのであれば土の上に座して眠るのに比べればずっといい……。 マスター、さすがです! 迷宮攻略中にこんなベッドで横になれるなんて……私あなたの従者になれて本当に幸せです」


サリアはサリアで、熟練冒険者ならではの感動に打ち震えている。

駆け出し冒険者の僕はその感動を共有できないのは残念だが、とりあえず三者三様に喜んでもらえたようだ。


「もうちょっと技術を磨けば、もっと細かい複雑なものも作れそうね……自由に動かせないっていうのが少しネックだけど、ウイルがいればいくらでも模様替えはできるんだし」

「入り口をふさいでしまえば誰も侵入できません……まさにこの大部屋は私たちだけの空間です。 シオンのいう通り、書斎や倉庫として活用するのもいいのではないでしょうか?」


「倉庫ね……確かに、昨日の魔導書泥棒のこともそうだけど、最近高価なものが増えたわよねぇ……喜ばしい限りだけども、その分狙われやすくなるのも事実であれば、家を空けておく時間が長いのも事実だし……倉庫ってのはそろそろほしい所ねウイル」


珍しくティズがサリアの意見に手放しで賛同し、すでにここを自らの書斎と決めているシオンは瞳を輝かせ、僕のほうを見やる。


勝手に迷宮内に自分の倉庫を作り上げるのは良いのだろうかという少しばかりの疑問もあるが……それでもこういう時ばかり息の合った三人に僕は苦笑を漏らし、両手をあげる。


「降参だ降参……わかったよ、ここを倉庫にしよう。 ただ、何をもっていくかとかは君たちに任せるよ」


「わかってるじゃないウイル!」


「運び出すのは私の召喚魔法があるから楽勝だし!」


「保存食とかも少しばかりここに残しておきたいところですね」


僕の許可が下りると、サリアたちはいっせいにこの部屋の活用方法を楽し気に語り合う。


迷宮攻略はどこへやら、楽しそうに部屋の飾りつけの案を出し合い和気あいあいとする仲間たちを眺め、僕は苦笑を一つ漏らしてイスを作り上げ、そこに座って休息をとるのであった。


うーん、やっぱり造形がいまいち気に入らない。


                    ◇


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