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145.古代魔法 火と氷

「!?ちょっ 嘘! ウイル君だめっ! それ……」


瞬間、掌から一気に寒気が走る。


はじめは体の変化や、何かの予感を疑った僕ではあったが……それが気のせいではなく

実際に背筋を震わせるような絶対零度の風が僕の手から吹き荒れていることが原因だと気づいた時には、もはや手遅れであった。


「なっ」


「うそぉ!? なな、なんで」

驚愕の声に、僕はとんでもないものを発動してしまったと焦る。


絶対零度の凍てつく波動が小さな我が家を埋め尽くし、たった一秒未満でその場にあったものすべてが凍り付き、吐息でさえもダイヤモンドダストとなって空中を舞う。


炎も・酒も・人の魂さえも凍り付かせ停止させる暴風が僕の家を包みこみ……。


やがてこのまま町全体を包みこみ……。


「メルトウエイブ!!」


同時に響き渡り発動した究極魔法により、その凍った世界は終焉を告げる。


……まるで先ほどの出来事が嘘だったかのように、氷の世界や凍ったものは解凍され、残されたものは前に突き出された僕の腕のみ。


「えと……」


「あ、危なかった~」


何が起こったか理解できていない僕に、唖然とするティズとサリア……そんな僕たちをよそに、シオンは珍しく冷や汗を垂らしながら、力が抜けたようにソファに腰を下ろす。


「な……何が起こったのか聞いてもいいかな」


とりあえず、シオンに救われたということだけは理解した僕は恐る恐る起こったことの説明を求めると。


「……えーと、簡単に言うと、発動しかけた古代魔法を私のメルトウエイブで相殺させたってところかな?」


そうシオンは一つ息を大きくはいた後にそう答えてくれる。


「こ、古代魔法?」


とりあえず僕は伸ばしていた腕を引っ込めて、僕はソファに腰を掛ける。


「そ、古代魔法。 古龍や真祖の吸血鬼、そして大神達が使用したといわれる最古の魔法。

全ての魔法のルーツとなったといわれる魔法だよ……。 

確かにすべての魔法の祖であるが故に、古代魔法は神話や文献にも単純な言葉で表現される……。 火と氷……あー確かに古代魔法にそんなのがあったよ~。……いやでもまさかここで発動するとは思わなかったし……スキルとして使えるなんて……」


それだけまずい状況だったのか、それとも古代魔法という存在に喜んでいるのか、シオンはなんとも言えない表情のままそう饒舌に語る。


「ちったー出力考えなさいよ馬鹿ウイル!」


「しょ、しょうがないだろ!? イメージとしてはちょっと蒸留酒用の氷の球でも出せるかなとかそんな軽はずみな気持ちだったんだよ、まさか家中凍り付くとは夢にも思わなかったんだよ!」


危うく自分のスキルに殺されるところであった……もう二度と迷宮以外でスキルの実験は行わない。


「さすがの私も、少しばかり死を覚悟しました……すごいのですね、古代魔法というのは」


「まぁねー……きっとウイル君が古龍のスキルを奪ったからなんだろうね~……今のはたぶん、【氷】の古代魔法の中でも一等級にやばい【アイスエイジ】メルトウエイブと相殺って時点で察してるかもしれないけどー、うん、氷雪魔法のメルトウエイブって考えればわかりやすいかなぁ~」


初めてだろう、シオンの存在にその場にいた全員が感謝をするというのは。

説明を聞いてようやく落ち着いたのか、サリアとティズはようやく飲みかけのグラスに口をつけた。


「随分と危なっかしいもん手に入れたわね、ウイル」


「このスキルは封印かなぁ……きっと【火】のほうも碌でもないんだろうね」


「十中八九ドラゴンブレスだろうね~」


「あれかぁ」

僕は昨日、ロイヤルガーデンを灰燼と化した古龍の炎を思い出し、辟易とする。

シオンと違って魔法の技術に長けていない僕にとって……これは危険すぎるスキルだ。


「まぁ、練習が必要なのは確かだね~。 慣れちゃえばすぐにでも威力は調節できると思うよ? 古代魔法と同じ効果だけど……なんか扱いはスキルになってるし」


「スキル? そういえば……確かにスキルだ」


魔法をスキルとして使うというのはどういうことなんだろう……。 

そもそも魔力を使わないで魔法が使えるとは、この世の摂理から全速力で逆走をしている感じは否めない。


「これもメイズイーターの力の一つってところかしらね」


「まぁそれしか考えられないんだけど、随分と都合のいい言葉だねメイズイーター」


「しかしそうなるとシオン、今……マスターは」


「魔力消費なしで古代魔法打ちまくり~! わーいやったー!」


「チート乙」


ティズが不思議な呪文を唱えた。


「なっ……ず、ずるいですマスター」


「え?」


そしてサリアが意味の分からないことを言い始めた。


「ずるいですよマスター! ひどいです!」


「え、どういうこと? わかる人いる?」


「サリアちゃんは自分よりも先にウイル君が魔法を使えるようになって嫉妬して拗ねているのであった―」


「乙女心がわかってないわねぇウイルったら」


「僕が悪いの!?」 


どうしよう、何も悪いことしていないはずなのにすごい罪悪感。


相手がサリアだと余計にそう感じてしまう。


「す、拗ねてなんていないですもん!」


可愛らしくほほを膨らませながら、サリアはつんとしてそっぽを向いてしまう。


可愛い。


「ほらほらサリアちゃんも拗ねないで! もーっとすごい魔法が使えるようにしてあげるから♪」


「拗ねてないです」


「フレンチトースト食べる?」


「食べます」


可愛い。

「まぁしかし、これでぎりぎりな迷宮探索も少しは楽になるってところかしらね。 私も安泰だわ……」


ティズは心から喜んでいるのか、むくれるサリアの頭の上でしんみりとした表情で清酒をあおっている。


「ティズちんおじさん臭い」


「言ってなさい爆発小娘、これが大人の余裕ってやつなのよ」


「おとな?」


疑問符を浮かべる僕だったが、幸いにもティズには気づかなかったらしい。


「あっそーだ!」


そんな珍しいティズとサリアの光景を拝んでいると、ふいにシオンが声を上げる。


「どしたの? 急に大きな声をあげて」


「いーこと思いついちゃったー!」


嫌な予感がする。


「シオン、爆発したり燃え上ったりしない?」


「するー!」


「却下で」


「なんで!? とりあえず聞いてよ!」


「その前になんの話?」


苦笑を漏らしながら僕はシオンの思い付きに耳を傾ける。

安請け合いをするととんでもないことになるのはすでに経験済みのため、僕はとりあえずなんの話かを聞く。


「もー、疑り深いなー。えっとね~、ウイル君に頼まれてたこの家のセキュリティの話なんだけどー」


「あぁ」


そういえば、魔導書泥棒の対策をシオンに頼んでいたのだった。


魔導書が戻らないにしても、この家にサリアやシオンの目をかいくぐって侵入が可能となっている状態を放置するのはこれからの生活でも問題がある、なので名乗りを上げたシオンに家のセキュリティを一任していたのだが……。 何か思いついたのだろうか?


「草案はできてたんだけど! 今一つ方法が思いつかなかったんだよ~。 でもでも、ウイル君のスキルのおかげで何とかなりそー!」


「僕のスキル?」


「うん! 話を聞く気になった?」


「とりあえず、聞くだけね」


そう瞳を輝かせるシオンに対し、僕は一抹の不安を覚えながらも……仕方なくシオンの

対策案を本腰を入れて聞くことにする。


しみじみと酒を飲むティズ、そしてむくれながらも美味しそうにフレンチトーストを食べるサリアをお酒の肴にシオンの対策案を聞きながら、僕たちの夜は更けさせていく。


こうして、穏やかな幕間……ほのぼのとした一日は、あっという間に終了するのであった。


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