143.ティズと二人酒
「遅いねぇ、サリアたち」
王城から戻った僕とティズは、のんびり晩御飯を済ませた後、珍しく二人きりでお酒を片手に穏やかな時間を過ごしている。
「いいじゃないの! お邪魔虫二人がいない分、今日は一日あんたと二人っきりで私は大大大満足なんだから」
ティズのお酒のペースは遅く、いつものように異次元にお酒を放り込むわけではなく、ちびちびと蜂蜜酒を飲みながらころころと笑う。
「ふふ、満足していただけたようで幸いですよティズ……にしても、今日は随分とおしとやかじゃないかティズ……最近は浴びるようにお酒を飲むのが趣味になっていたのに」
「はぁ、私だって二人きりでお酒を飲むときに、傍らに人無きが如くふるまいなんてしないわよ」
「いつも騒いでいるのに」
「多人数で飲むときは話は別よ、私はよくも悪くもムードメーカーなの!
大酒飲んで騒ぎ立て、わいのわいののお祭り騒ぎ! その役目はキーキーうるさい妖精の役目なのよ! あんたとサリアじゃ、延々に粛々とお酒飲んでそうだからね、私というせんぷーきをもってして無理やりに風車を回すってすんぽーよ」
「せんぷーき? まぁ、よくわかんないけどとりあえず分かったことにしておくよ。
それで、わいのわいの騒がすのが妖精の役目なら、どうして今日はこんなにおしとやかなんだい? 二人きりでも同じことなんじゃ」
「それは違うわ、お酒っていうのはたいてい、多人数で飲むときと二人で飲むときとでは目的が全然違うのよ」
「ほう、その心は?」
「多人数で飲むときは、基本的に祝杯だったりばか騒ぎをして人との距離を縮めたいときじゃない。 そんなときにお通夜になっていたらつまらないでしょう? だけど二人きりの時はそうじゃない、こっちは二人の仲を縮めるためにやるの……泥酔してどうして仲を深められるのかしら」
「ふぅむ、そういうもんなのかね」
「そうよ、 ゴーコンをして距離を縮めたら、お持ち帰りをして仲を深めるべし! エロい人はいいました! だから、あんたと二人で飲んでいるときはそこまで大はしゃぎしなかったでしょう? よっぽど嬉しいことがあったとき以外……」
ごーこん? 地下七階層の目を見たら石になる魔物だろうか。
「まぁ、確かに……サリアたちと一緒に飲むようになってからだよね、浴びるように酒を飲むようになったの」
「そうよ、でも今はあなたと二人きりだしね……私だってゆっくりあんたとお話ししたいときだってあるわよ」
「別に普通の飲み会の時に静かにまじめな話をしてくれてもいいんだよ?」
「だ、だって……みんながいる中で恥ずかしいじゃない……わ、私がまじめな話をしてるのって……正気を疑われたらどうするのよ」
「あまりにもな自己評価だけど否定できない部分が悲しいね……ふふ」
僕は恥ずかしがり屋で素直じゃないパートナーに苦笑を漏らしつつ……空いたグラスに蜂蜜酒を注ぐ。
穏やかな時間、小窓から差し込む風がひらひらとティズの羽を撫で、ティズはどことなく満たされた表情で微笑みながら、蜂蜜酒を一口飲むと、ジョッキを置いてひらひらと僕の肩に止まる。
なるほど、普段なら死んでも酒から手を放そうとはしないのに、今日は一杯ちょっとでもうジョッキを手放してしまった……ゆっくりお話がしたいというのは本当なのだろう。
僕はそんな感想を抱きながら、なんとなく僕のほうへ向かってくるティズを目で追う。
その飛び方は美しき胡蝶のようで、僕のほうまで飛んでくるというだけなのに……優雅で瞳を奪われた。
静かに、おしとやかにしていれば、ティズはこれほどまでに美しいのだ。
僕はそんな感想を改めて抱き、肩に止まったティズの頭を人差し指で撫でてみる。
「えへへ……あ、あによう……いきなりどうしたの? ウイル」
「いいや、君がかわいいなぁと思ってね……」
「かっかわわわわ!? もう、褒めても何も出ないわよ! お代わりいる?」
「僕のパートナー少しちょろ過ぎませんかねぇ」
苦笑を漏らしながら僕はそうかわいらしく喜ぶティズにそう言い、グラスに残った蒸留酒を一気に流し込み、ティズに新しく蒸留酒を注いでもらう。
「~♪」
楽しそうに笑いながらお酒を注ぎ終わると、ティズは今度は僕の頭の上に止まって鼻歌を歌っている。
思えば、僕の故郷、ノスポール村で一年近く一緒に過ごした時は……いつもこんな感じだった気がする……。
「ただのきこりで、家族を探してばかりいた僕が、いまや伝説の騎士だ……なんだか、随分と遠くまで来てしまった気がするね」
「ふふ、それというのも私というあなたの一番の家族がいるからよ。 感謝なさい」
「ははー、ありがたき幸せです」
「……本当に、あんたに出会えてよかったわ。 ウイル……中身引っこ抜かれたせいでほっとんど昔のことは忘れちゃったけど、今はあそこでのたれ死にしなくて本当によかったって思えるわ……」
「それは僕のセリフさティズ……僕一人じゃ、あの森から一歩を踏み出すことなんてできなかった……ここまで連れてきてくれて、本当にありがとう」
感謝の言葉は尽きない……。
彼女は僕の大切なパートナーで、家族である。
と。
「あ。そういえば」
伝説の騎士で思い出す。
「どうしたの? ウイル」
「いや、王都襲撃から一夜明けたわけだけどさ」
「ふんふん」
「まだ、ステータス確認してなかったね」
サリアの魔導書騒ぎですっかりと失念していたが、意外と重要なことを僕は
ここにきてようやっと思い出したのであった。
「ステータス? ああ、確かアンタ、エンシェントドラゴンゾンビーにアンドリューの幹部もぶった切ったんだっけ……」
「一応アラクネ―とも戦ったし、クレイジードッグにビッグシルバーバック、スリープスパイダーにビッグヴァイパーとも戦ったね」
「……そりゃレベルもそうだけど、スキルも期待できそうね」
戦った敵、倒した敵に触れることによりスキルを得ることができるメイズイーター二つ目の能力、スキルイーター……確かに、体に今のところ変調はないが、それでも間違いなく多くのスキルを手に入れたことに間違いはないだろう……。
そう考えると僕は心の中で少し浮かれてしまう。
「今度は繁殖力だなんてくだらないスキル手に入れていたら怒るんだからね」
「一匹子だくさんの敵がいたから……【子宝】とかいうスキル身に着けてるかも」
「んん~~~……ぎりぎり許すわ」
「境界線がよくわからないよティズ」
苦笑と軽口を漏らしながらも、ティズも思い出したら楽しみになったのか、酒瓶をてきぱきと片づけて羊皮紙を広げている。
昨日の騒ぎ、不眠不休で挑んだあの戦いの報酬が、願わくば実を結んでいるといいのだが。
「ただいま戻りました」
「たっだいまー」
「おかえりなさいってうわっ!? どうしたのそれ」
そんなことを考えていると、玄関に聞き覚えのある声が響き、首だけそちらに向けるとそこにはシオンに背負われるサリアという世にも奇妙な光景が広がっていた。
「サリアちゃんったら魔力の使い過ぎで動けなくなっちゃったんだよー……それで、しょうがないから私がおぶってここまで帰ってきたってわけー」
「申し訳ありませんシオン……」
申し訳なさそうにサリアは頭を垂れるが。
「きにしなーい気にしない!」
「ん? 魔力切れ? サリアって魔力がなかったんじゃ」
前にサリアが語っていたセリフを思い出して、僕はそう問うと。
「んー、いろいろあるんだけどー! サリアちゃんの体の問題だから! 私からはノーコメーント! ウイルくんが聞くのはだめー! エッチなのはいけないとおもいまーす! そしてティズちんはすぐウイルくんに喋るから聞いちゃだめー!」
「私は、別に構いませんが 。 マスターなら」
「だめです! 私が許しません! 私とサリアちゃんだけの秘密だよー!」
「体に関わる事なら聞くわけには行かないね、ティズ」
「どーでもいいわ、上手くいってるなら何もいう事ないし」
ティズは興味なさげにそう呟き、ただしと続け。
「あんたら、忘れてないといいんだけど明日からはまた迷宮に戻るのよ? 魔力切れで大丈夫なの?」
そうため息をもらしながら問う。
「大丈夫大丈夫~! サリアちゃんほどの魂の強さの持ち主なら、一日ぐっすり眠れば明日には魔力満タンよ満タン! アークメイジの太鼓バーン!」
「そう? ならいいんだけど……」
ティズの不安にシオンは親指を立てて問題ないと念を押し、その言葉にティズも納得したのかそれ以上のことを聞くことはしなかった。
「そういうティズちんたちこそ何やってたの~?」
「なんだか、飲み会……というよりも何かの儀式に見えなくもないですが」
シオンはサリアをソファに座らせながらそう言い、サリアもそれに乗じて問うてくる。
よくよく客観的に見てみると確かに酒瓶で作られたサークルで何かが召喚できそうだ。
「違うわよ……昨日の戦いで相当の数の魔物を倒したでしょう? だから明日までにステータスを調べておこうと思ったのよ」
「ステータスですか……」
「私、すごい数の魔物倒したから、レベルアップしてるかも―!」
「確かに、雑魚とはいえ、町中の残党狩りを一手に引き受けていましたからね……せっかくなので、私も受けてみましょうか……」
「その前にあんたらは風呂入ってきなさいお馬鹿ども! 魔法の修行でどーしてそんな泥だらけになるのよ! 泥遊びでもしてきたの!?」
「はい」
「したんかい! ええいいちいち突っ込むのもばからしい! あんたらの分もステータス用意しておくから、ちゃちゃっと風呂に入ってきちゃいなさい二人とも!」
「サリアちゃん動けないからお風呂連れてくよー!」
「お世話になります」
サリアに担がれながらシオンは風呂場まで鼻歌を歌いながら向かっていき、それを見送りながら僕とティズは苦笑を漏らしあう。
本当。 すっかりみんな家族みたいだ……。
恐らくティズも同じことを考えていただろうと僕は思い、シオンとサリアを待って、僕たちは自分たちのステータスを確認することになったのだった。




