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136.プロローグ2 瞼の裏の想い人

「っ!?」


飛びのき、私は部屋の隅に驚いて逃げる。


が。


「三日ぶり……か」


「……あ、アンデッドハント……リオールさん」


そのボロボロのローブを身にまとったそれが、仲間であることに安堵のため息を漏らす。


「随分と、いい趣味の部屋をあてがわれたようだな……カルラ」


「は、はい……おかげで、この有様です」


どうやって牢獄に入ったのかは謎だが、仲間が助けに来てくれたことに私は安堵する。


アンデッドハントは自らの手の内は仲間にすら明かさない……。 

絶対秘密主義の暗躍部隊である……こうした回りくどいホラー演出みたいな登場の仕方をするのも、あくまで自らのスキルを隠すため……だと言っているものも多い……中には本当に楽しんでいる節もあるが。


「それは災難だ」


「……王都襲撃は、どうなりました」


私はわかり切っていたが、一応フランクの最後を確認する。


「フランクは死亡、アンデッドハントは隊長であるゲロールの身柄をスロウリーオールスターズが一人、無限頑強のアルフレッドに拘束された。 敵の死傷者は未知数であったが、クレイドル寺院最高責任者、神父シンプソンにより全員無事蘇生。 この戦いにおけるこの国の損害は、軽い建物被害だけ、反面こちらはすべての仲間がメルトウエイブにより消滅させられた……」


「そんな……」


結果として、相手の被害はゼロで、こちらの戦力はゼロにさせられたということだ……、驚愕に私は息をのむ。


まさかここまでの大敗北を喫しているとは、思えなかったからだ。


「……どうしてそんな」


「すべては伝説の騎士……あの男により狂わされた」


「伝説の騎士……」


私が殺し損ねた男……。


あの時、首をしっかりとはねられていたら……そう考えると私は悔しさに歯ぎしりをする。


しかし、過ぎてしまったことを悔やんでいても仕方はない……。


「迷宮も下層の魔物を失った……もはや王都の襲撃は不可能だろう」


「そう……ということは」


撤退……このまま迷宮に帰り、アンドリュー様の復活を……。


そう私は言葉をつづけようとした瞬間。


刃が迫る。


それは……マスタークラスによる、首を狙った一閃。


「!?」


私はその刃を……すんでのところで回避をする。


オリハルコンで作られたはずの鉄格子は切り倒され……、壁はえぐり取られ崩れ落ちる。


「り、リオール……さん?」


「……我々残されたアンデッドハントは、オーバーロード様の命に従い、カルラ……あなたのラビの封印を回収する」


「え?」


耳を疑う……私を地獄から救い出してくれた、アンデッドハント、そしてオーバーロードさんが…………私を殺せと命令したという事実に、私は驚愕を禁じ得ない。


「な、なんで」


「情報は命よりも重い……。 貴様がこの牢獄に入れられて三日……アンドリュー様の軍勢の情報は敵方にすべて落ちたと考えていい」


「わ、私は眠っていました」


「だからだ……魔法による記憶の読み取り……書き換え。 貴様は敵の手に完全に落ちた状態と考えていいだろう、ラビは危険な存在だ……敵の手に渡すわけにはいかない」


「そんな……私は正常です!?」


「敵の手に落ちて三日間、敵がなんの罠を仕掛けていないと言い切れる? 記憶の操作、記憶の書き換えこんな無防備になるような首輪をつけられて、何もされていないとなぜ楽観ができる……私であれば、無意識化で敵対し内部から要人を暗殺するように脳を書き換えることくらいは容易に想像がつくし、実行もできるぞ……もはや、魔法の前に記憶とはただのあいまいな付箋にすぎん……不確かで簡単に書き換えは可能……鉄の時代であれば、記憶を深層心理に押しとどめれば、心の奥底は隠し通せた、だが、魔法の前ではそれは無意味……密偵に、プライベートは存在しない、この黄金の時代ではな……」


再度刃が走り、私はその刃もかろうじて回避する。


「何より!」


逃げ場はない……。


「貴様の居場所が公になった今、迷宮教会が、貴様をターゲットに動き出しているだろう。

迷宮教会、そして王国にラビの力が渡るのだけは避けなければならない……教えたはずだ、忍はその素性がばれた時にその役目を終える……。 名を人間に教え、敵につかまり、その情報すべてを吐き出し、敵に罠を仕掛けられた状態の貴様は……もはや忍ですらない……ラビのいれものとして、貴様は……いささか目立ちすぎたのだ……ゆえに」


生にしがみ付く私に、リオールはスキルを発動する。


耐性のないものを恐怖で行動不能にするスキル……。


恐怖のオーラ……なんのスキルも発動できない今の私では対抗することもできず、


そのスキルに従い私は恐怖により動きを止める。


ラビは私が引き継ごう……」


そう剣を構えるリオール。


迷いはなく、奇跡でも起こらなければ、私はこのまま殺されるだろう。


私は半ばあきらめの境地で、死の恐怖に瞳に涙を浮かべるが。


「なんだ!? 何事だ」


奇跡は起こった。


「っちぃ……無駄話が過ぎ……」


リオールはその一瞬、様子を見に来た衛兵たちに気を取られる。


確かに、スキルも魔法もこの首輪で封じられている。


だが幸い。


呪いが封じられたわけではなかった。


私は呪いを発動し、様子を見に来た衛兵二人をすぐさま侵食する。


呪いは、人か意思のあるものがいない場所では発動しない……本当に発動するかは賭けだったが、勝利したようだ。


「あっあああああああああああああ」

「あああがやああああああ!?」


重厚な呪いを遮断する鎧をまとった兵士二人……万が一の時のための対策だろうが、


私の呪いは侵食性……そんなものはまったく意味をなさない。


「!? 貴様っ」


私はすぐさま、その衛兵を操り、扉を開けさせる。


「させるかぁ!」


だが、それを許すほどリオールはのんきをしているわけもなく、それよりも先に私を殺そうと剣を振るうが。


振り下ろされる剣に投げられた剣ぶつかり、音を立ててリオールの剣がはじかれる。


衛兵の持っていた剣を、牢獄の中に投擲し攻撃を防いだのだ。


「このっ……くそざる風情が」


怒りのまま剣を取り、私を殺そうとするリオールであるが、私はそれよりも早く牢獄から逃げ出し。


「足止めしろ!」


衛兵二人に足止めを命じる。


かちゃりと音がし、衛兵二人が剣を構えてリオールに襲い掛かる。


「舐めるなあぁ!」


衛兵は思ったよりも強く、マスタークラスのリオールの剣を一度だけ耐えて踏みとどまった。


わずか一振り……そのわずか一振りのさであったが、私はそれにより、リオールからの逃走に一時的に成功をする。



牢獄を一直線に駆け上がり、すれ違う衛兵すべてを侵食し、逃げる。


その数は、たったの合計五人であったが、リオールを足止めするには十分な人数であった。


「貴様あああ!」


怒りに身を任せながら、リオーㇽにより兵士たちがなぎ倒されていく……彼にとってはただの障害物程度だろう。


だが、敏捷が17の私の足をもってすれば、それだけでも十分逃走は可能だ。


石の階段を駆け上がり、私は木製の扉を体当たりで開ける。


「なっ!? 貴様!」


「シノビ……どうやって牢獄から!?」


外に出ると、そこは予想通り王城であり、中庭のような場所に出る。


当然のように槍を持った巡回兵と出くわすが、好都合。


私は呪いにより兵士の一人を侵食し、記憶を覗く。


覗くのは、この王城の見取り図だ。


「がっ……あっ?」


「……わかった」


完璧なものでなくてもいい……覚えればいいのは確実に脱出ができる出口への最短ルート。


私はそれを衛兵から覗き取り、その場所へと走る。


入り口出口は危険であり、人が多すぎれば当然のように侵食の呪いの効力も薄れてしまう。


侵食が確実にできるとしたら、もって後五人。


そう判断し、私は最短かつ人の少ないであろうルートを読み取る。


「……この先の道をとおって……襲撃で破損した壁……」


裏庭の奥、ロイヤルガーデン方面の壁が、伝説の騎士の一撃により一部穴が開いてしまったという情報と、その付近は壁の修理が来るまで魔法による結界で補強……見張りはほとんどいないということ。


私はそのかけらを取り、走り出す。


裏庭にはロバートの庭園があり、その場所には珍しい木々が多数植えてあり、一部林のような状態になっている……ロイヤルガーデンにつながる破壊された壁はその先にあり、迷路のように入り組んでいるため、見張りの兵士ほどこの城を熟知している人間でなければ、まず迷ってしまう。


「好都合」


私は駆け出し、ロバートの庭園へと急ぐ。


「敵襲! 敵襲~! 脱走者だ! いや、侵入者だあああああ!」


騒ぎが広がりだした王城……やはり王都襲撃から昨日の今日のため厳戒態勢が敷かれていたか。


「王の身辺警護を固めよ!! 第一から第六部隊隊長は各第一以上の権利を持つ大臣、貴族の護衛に当たれ! 敵はまだ一階にいる、上層に続くすべての通路をふさぎ、王を死守せよ! 敵のもとへは、私が行く!」


思考を読んでいる最中、兵士の持つ通信用の魔鉱石から声が響く……内容からして、この声は……王国騎士団長・レオンハルト。


【……!侵入者!  貴様、聞いているな!】


獅子王のスキル……第六感、さすがは獣、勘だけで私の存在と居場所まで感づいたか。


見つかったら勝ち目はない。


私はそう考えながら、急ぎ王城から離れ林へと身を隠す。


「はぁ、はぁ、はぁ」


兵士の記憶を頼りに私は林に潜り、ロイヤルガーデンへと続く逃げ道へと走る。


「あった」


林に生える草に囲まれるように空いた壁の穴……伝説の騎士の一撃は古の壁を貫いたところで威力を消したのだろう、林自体にはダメージは与えられていなかった。

敵に見つからずにここまでこれたのは幸いであり、私はその魔法に呪いを侵食させる。


魔法はすぐさま私のいうことを聞き、扉を開き、私はその穴の中を通りぬける。


出てきた場所はロイヤルガーデンの裏口……。


時刻はまだ早朝なのか、人の姿はなく……私は脱出できたことに一度安堵のため息を漏らし。


「逃走中に気を抜くなよ」


「えっ」


背後から刺し貫かれる。


陰からの一撃……背後からの完全な不意打ちに、スキルも魔法も失った私には回避する暇も力もなく……その鋭利な刃により、わき腹を貫かれ、切り裂かれr。


「がっ……」


熱を持ったような痛みが走り、同時に私はバランスを崩し、その場に倒れる。


痛い……痛い痛い……。


いつまでたっても、この痛みにはなれない……斬られるのは嫌い……。


痛いのは嫌い……。 死ぬのは怖い。


私は痛むおなかを押さえながら、必死に立ち上がって走る。


「おいおい、まだ逃げるのか……カルラ……貴様には失望したよ、シノビでありながら、生に醜くしがみ付くというのか?」


後ろでうるさい声が響くが、私は無視して走る。


「もはや忍としての矜持もなくしたか……よかろう、好きなだけ逃げるがいいさ、その歩み止めるまで待ってやろう。 だが、その足が止まるまでが貴様の寿命だ」


あまりにも短い余命宣告。


しかし私は、必死に走って生にしがみ付く。


死にたくない……怖い……痛いのはいや。


昔、暗闇の中でひたすら泣き叫んでいた記憶……結局、この年になっても同じことを叫び続けている。


深くえぐられたわき腹の血は止まらず、一歩歩くごとに命があふれ出ていき、意識が遠のく。


でも、それでも私は走り続ける。


もう助からないのはわかっている。 逃げきれないし、死ぬのは変わらない。


でも、私は諦めきれない。


ろくな人生じゃなかった……痛くて怖くて悲しいだけの……そんな人生だった。


これだけ痛い思いをして生きてきたのに……最後までそれだけなんて、どこまでも惨めですくわれない……昔、一度だけ読んだことのある物語では、つらい思いをした女の子は最後に幸せになるはずなのに、私は信じていた仲間に殺されるのだ。


結局私は利用されて捨てられる。


存在価値などなく、カルラという人間は誰にも認められない。


そんなの……嫌だ。


気が付けば、私は町まで出ていた。


人の気配の少ない裏通りを、壁に手をつきながら、息を切らしながら朦朧とする意識を何とかつなぎとめて……。


私は逃げる。


一歩歩くたびに痛みはまし、一歩歩くたびに意識が薄れる。


疲れた体は、もう休もうとひたすらに誘惑してくるが。 それでも私は逃げ続ける。


死ぬのが怖くて痛いのが怖いから?   少し違う。


報われない自分の人生が悔しいからか? それも違う。


なぜ逃げるのか……。


それはきっと私が知ってしまったからだ……。


「ウイル君……」


そうつぶやくと同時に、私は躓き、その場に倒れる。


血がどくどくと流れ出し、もはや立ち上がる力すら残されていない。


「ウイル君……」


私の存在を初めて認めてくれた人……私を友達だと言ってくれた大切な人。


「いやだなぁ……死にたくないなぁ……もう一度……もう一度あなたに……」


会いたい。


きっと、私はだからこんなにも必死になって逃げていたんだろう。


涙を流して、私はゆっくりと瞳を閉じる。


諦めきれないが……もはや体が動かない……だから、最後くらい、こんなくだらない世界ではなく、少しでも、瞼の裏の彼の姿を見ていたい。


「ウイル君……」


足音が聞こえる……リオールが近づいてきたのだろう……。

私はもはや抵抗などできず、振り下ろされる白刃に身構えるが。


「カルラ?」


予想に反し、私に降り注いだのは、聞き違えるはずもない最愛の人の声だった。


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