134.エピローグ 月見夜酒
「ん……」
僕はほほをなでる夜風によって目を覚ます。
「寝ちゃった……のか……」
外はまだ深夜……時間を知らせる魔鉱石を確認すると、針は三時を指している。
「だというのに騒がしいね、街のほうが」
街はまだお祭り騒ぎであり、耳をすませば人々の笑い声と喧騒の声が響き渡っている。
あれだけ大きな襲撃の後だというのに、ああやって皆が皆笑いあっていられるということは……誰も欠けることなくこの戦いを終えられたという証なのだろう。
僕はそんなことを考えながら、自分が成し遂げたことに少し微笑む。
……そういえば、街があれだけ騒がしいというのに、われらが女性陣はどうしたのだろうか?
今頃大暴れ大騒ぎをしていてもおかしくないはずなんだけど……。
まさか、あの町の騒ぎの中心は彼女たちなんじゃないかと勘ぐってしまう。
「……まさかねぇ」
目もさえてしまったのと、百パーセントないと言い切れないのもあり、僕は恐る恐る灯りのつけっぱなしなリビングを覗いてみる。
と。
そこには酔いつぶれソファーの上でかわいらしい寝息を立てて眠っているサリアとリリム、そしてワイングラスの中でサクランボに埋もれながら幸せそうにいびきをかくティズがいた。
「……こんな早くつぶれるなんて……飲み比べでもしたのかい? 君たちは」
リリムまですっかり顔を赤くしちゃって……。
僕は苦笑を漏らしながら、風邪をひかないように毛布を用意してあげる。
夏が近づいているとはいえ、まだまだ夜風は冷たい。
そう僕は考えて、サリアとリリムには予備の毛布を、ティズはそっと寝床のバスケットに移してあげる。
……あぁそうだ、どうせ明日はみんな二日酔いで地獄絵図になるだろうから、お水も用意しておこう……。
そう考え、僕は一人井戸へと向かう……。
と。
「あれれー? 起きちゃったのウイル君~」
ふと頭上から声が響く。
その声は聞き間違えることのない、シオンの声だ。
「そういう君こそ、飲み比べは優勝?」
「いやいやーつぶれちゃったはつぶれちゃったんだけどーサリアちゃんの腹パンチで目が覚めちゃってねー……酔いもすっかり醒めちゃったから、こうして一人さみしく月見夜酒としゃれこんでいるのですよー」
上を見上げると、屋根の上で足をブランとおろしながら徳利を片手に笑顔のシオンがいた。
白銀の髪は、月夜によく生え、赤い服は月の光を浴びて、一つの炎のように輝く……。
彼女なら、灯りがなくても見失うことはないだろう……そんなくだらないことが頭をよぎる。
「……サリアは寝相が悪いからね……。もしよろしければ、隣で同じ月を見たいのですが月よりまぶしい……あなたの隣で」
「ふふ……もちろんどうぞ……私の隣では、月の美しさも陰るでしょうが……それでも良ければ喜んで」
苦笑を漏らしながら僕とシオンはふざけて口説き文句を言いあい、あまりの似合わなさにお互い軽く笑いあいながら僕は梯子を上る。
屋根はもちろん高いとは言えず、中央広場までなど見渡すことなどできないが、それでも月は近く感じ、そよ風がしきりに僕のほほをなでる。
少し熱くなってきたからちょうどいいかもしれない。
僕はシオンの隣に座り、お猪口を受け取ると。
シオンは微笑みながらお酒を注いでくれる。
お猪口になみなみと注がれたお酒に月の光が反射し、とてもきれいに映る。
一口口をつけると、なんともまろやかでとろけそうな舌触りが口の中に広がり、そのままのどを滑り落ちていく。
「どう?」
「すごいおいしい」
「でしょー? どんどんお酒がすすんじゃうから、ここに移動したの」
「風がよく通るから?」
「うん、火照った体にちょうどいいんだよ~涼しいし」
「あれ? でも熱ければ熱いほどいいんじゃないの? 君は」
「私を一体何だと思ってるのかなーウイル君は、私はファイアエレメントじゃないんだよ?」
「知ってるよ、亜種でしょ?」
「ひどっ!?」
「あれ? 新種だった?」
「せめて人にしてよ! いじわる!」
「ははっ……ごめんごめん、ついつい」
「もーー」
ほほをシオンは膨らませて、シオンはおつまみなのか、チーズをもしゃもしゃと食べ始める。
結構な量おつまみを作ったつもりだったが、やはり彼女たちの食欲の前では足りなかったか……多めに買っておいてよかった。 こりゃハムもチーズもなくなっているだろうな……。
「……でも、珍しいよね、シオンがこうして一人でお酒飲むのって」
僕はもしゃもしゃとチーズを食べるシオンのお猪口にお酒を注ぎながら、そう問う。
この時間くらいならば、僕はもう起きているし、特訓をしているが、シオンがこうして月見夜酒をしているところなど見たことはない。
「ん~……少しね、悩みごと……みたいなものがあってね~」
「悩みごと?」
どうしよう、せっかく屋根の上に上ったのに雨が降るよ。
「……今失礼なこと考えたね、ウイル君」
「そんなことないさ……」
「まぁいいや……で、一人で悩んでたところに、ウイル君がやってきたのです」
「……それで?」
「……ん~、相談、乗ってもらっていい?」
「もちろん、シオンが良ければいつでも」
「ありがとー!」
シオンはそう嬉しそうに言うと、お猪口のお酒を一気に飲み干す。
「それで? 悩みって?」
「うん……詳しいことは、ちょっと言えないんだけど」
「うん」
「……私、友達っていうのがよくわからなくて……ウイル君やサリアちゃん、リリムっちやティズちんたちと出会って……とっても毎日が楽しくて……みんなみんなとっても大好きなの」
シオンの言葉はもちろんお世辞でも何でもなく、まっすぐ僕に届く……。
そして、冗談でも勘違いでもなく、その言葉から、僕が想像する以上にシオンは深く悩んでいることに、気が付いた。
「それでね、今……その……ええと、ウイル君たちと同じくらい大切な友達が、できたんだけど……その子が自分の世界が壊れてしまうくらい……危ないことを気づかずにやろうとしている。やってしまうと、本当に悲しい思いをすることになっちゃうの。でも、彼女はそれに気づいていなくて……私は止めてあげたいんだけど、止めたらきっと嫌われちゃう……」
「……」
「私……友達なんて大切なものができたのは初めてだから分からないの……。教えてあげるべきなのか、黙ってみていたほうがいいのか……彼女が悲しむところを見るのは嫌だけど……勝手に友達の心に踏み込んで……嫌われるのはもっと怖い……。 だからずっと悩んでたんだけど、答えが出なくて……ごめんねウイル君……何言ってるかわからないかもしれないんだけど……どうすればいいか、分からないかな」
「……わからないね」
はっきり言って、どんな問題が起こっているのか、シオンはどうしたいのかもはっきりしない……答えを出せなんて言われてもわからないというしかない。
「……そ、そう……だよね……ごめんね」
でも。
「わからないけど……たとえ自分が嫌われても……その子が笑顔になるのなら……君はきっとうれしいんでしょう? 君は優しいから……その子がつらい思いをするのが何より怖いんだ……だからこうして相談してる……違うかい?」
そう……嫌われるのが心から嫌なら、そもそも黙っていればいい……悲しい思いをしたところで、シオンのせいではない。 悲しい思いをした後に支えてあげれば、感謝もされるし、友情には何の影響もないはず……。
そう、だからそんなことで悩むというのは……自分が嫌われてもいいから助け出したい……でも、その勇気が出ないというだけだ。
だから、僕にできるのは、そんなシオンの背中を押してあげることだけである。
「……僕は君の味方だよシオン……だから、自分の正しいと思ったことを迷わず進めばいい……女の子の涙くらいなら、僕だって拭いてあげられるし、僕は君を手放したりはしないから、何があっても」
こんなに優しくて、元気いっぱいで、頼りになる魔法使いなど他を探したっていないのだ……。
「…………」
そういうと、シオンは少し顔が赤くなる。
「大丈夫? 顔が赤いけど……」
「おおっ!? お酒飲みすぎたみたい!!」
「あーそうだね……僕もお水を汲みにきただけだから……そろそろ戻ろうか」
「そ、そだね!! 私はすぐ寝ちゃうね!」
「うん……おやすみなさいシオン」
「お……お休み! ウイル君」
今更ながらに二日酔いが来たのか? シオンは少し上ずった声でそういい。
一人でそそくさと家に入っていく……本当に不思議ちゃんだ。
「さてと」
僕は二日酔いに頭を悩ませるであろう女性陣のために井戸から水を汲み。
リビングに戻ると。
なぜか柱の陰からこちらを覗いているシオンがいた。
「……あれ? シオン、まだ起きて……」
「その、あ、ありがとう……ウイル君……えと、これからもずっと一緒にいてくれる?」
お礼を言い忘れていただけらしく、そんな律儀なシオンに僕は苦笑を漏らし。
「もちろんだよ……お休み、シオン」
「……おやすみなさい……ウイル君」
シオンは微笑んで、満足そうに自室へと戻っていった。
その表情はとても幸せそうで、僕もつられて少し顔をほころばせながら、自室のベッドに戻る。
お酒を飲んで火照った体を覚ますように風が吹く。
根拠はないが、明日もまた……騒がしくなりそうだ……。
そんな騒がしくも幸せな明日を想像し、僕は眠りにつくのであった。




