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131.サリアと魔導書と腕相撲

「……もしかして、私のせい?」


ウイル君と別れた直後、その原因を作った少女シオンさんはそう私の顔を覗き込んで罰の悪そうな表情でそう問いかけてくる。


「うーん、そうね」


何とかして彼女のせいじゃないよという言い訳を考えてもみたりしたが、どう考えても彼女の茶々が原因であるため、私は率直にそう答える。


「……ごめんね」


天然なのか、それとも考えたうえでの行動なのかわからないが、少なくとも彼女は申し訳なさそうな表情をしてうなだれる。


「気にしないで、私も心の準備ができてなかったし……ウイル君の前で倒れるっていう大失態をしなくて済んだし……そういえば、サリアさんは? シオン」


まぁ過ぎてしまったことを責めても仕方ないし、あそこで本当にキスをしたら私は気絶、もしくは一週間ウイル君に近づくことができなくなる可能性があったため、結果オーライと言えば結果オーライである。


なんだか知らないけどウイル君は私のことを呼び捨てで呼んでくれるようになってるし、……いろいろと心臓の整理が追いつかない。


「サリアちゃん~? どこ行ったんだろうね……さっきまでそこでお酒飲んでたんだけどふらふらーっと」


「?」


彼女がウイル君のそばを離れるのは珍しい。


何か物珍しいものでもあったのだろうか。


「何か一人で面白い事してるのかもー!」


「おいしいお酒とか?」


「そんなもの独り占めするのは許されないよー!」


サリアさんがそういうことをするイメージはないが……


単独行動をするサリアさんというのも気になるといえば気になるところ。


「追いかけようよ」


「えぇ……でも、どこにいるかもわからないのに? それに……用事があるって」


「うん、だから……【尾行】をします!」


「だから気に入った!」


狼としての本能が掻き立てられてしまった。


「リリムっちのそういうところ好きだよー」


「追跡・尾行……人狼はその言葉に興奮せざるを得ないの……性なの、抗う気にすらなれないほどの快感なの」


「……根っからのストーカー気質ともいう」


「私は一向に構わん!」


逃れられない性に私は本能の赴くまま尾行を開始する。


全神経を集中させて、サリアさんの匂いを識別。


そうすると、サリアさんの動向は手に取るようにわかった。


「どうやら、奥のステージのほうに向かっていったみたいだね」


「すごーい! 早速行ってみようよ! 案内は頼んだよー!」


「任せてシオン!」


そういって、私はシオンの手を引いて人込みをかき分ける。


「あ、これもおいしー、あれもおいしそ―!?」


シオンはそう言いながらあちらこちらに並んだテーブルからお酒を両手に抱え、祝勝会を満喫しながら私についてくる。


「シオン……そんなに持ち歩いて、こぼしちゃうよ?」


「でもでも、なくなっちゃうよー……あ、リリムっちこれおいしいよ」


そういうとシオンは私に山ブドウのお酒を手渡してくれる。


「ありがとう」


口に含むと、とても甘い香りとまろやかな味が私の舌を転がり、のどを滑り落ちていく。


香りの熟成具合からかなりの古酒……値段にして金貨6枚のかなり高級なお酒だ……。


ガドック……酒場破産するんじゃないかな。


「おいしい?」


「うん、エンキドゥの酒場の将来が心配になるくらいにね、ありがとう」


「今日はお祭りだから―」


シオンは幸せそうに片手に5つずつ持ったジョッキを器用に順番に飲んでいく。


味混ざっちゃうんじゃないかな……。

まぁ、本人が幸せそうなので何も言うことはないが。


口に白いひげを生やしながら、はしゃぐシオンに私は苦笑を漏らしながら、私も山ブドウのお酒を味わいながらサリアさんの匂いをたどる。


「サリアちゃん見つかりそう?」


「うん、ふらついてるというよりは、なんか目的地があるみたい」


「目的地?」


「なんか、パレードの舞台を目指してるみたいなんだよね」


「あんなところに何があるんだろー?」


確かガドックや夜の店主・ムーア・アンゴルたちが必死におつまみや料理作りに躍起になっているだけだと思うのだが……。


そんなことを考えながら人込みをかき分けていくと……ようやっとパレードの舞台が見えはじめ。


『わあああああああああああああ!』


会場にひときわ大きな歓声が上がる。


「な、なになに!?」


驚きながらあたりを見回すと、会場のお客が全員舞台のほうを見ており。


「あーーー! あれーーー!?」


シオンは驚いた表情で舞台を指さし、私はその指の指し示す方向に目を向けるとそこにいは……。


「サリア……ちゃん?」


浴衣服姿のサリアさんがパレードの舞台会場の上に立っていた。


「サリアさん……と」


いや、よく見るとサリアさんだけではない……その対面にいるのはドワーフ族であり、その筋骨隆々の姿は見覚えがあった。


「あれ、リルガルム武道大会前年度チャンピオンだよ……」


「ほ、ほええ!? い、一体何が始まっちゃうの!?」


一触即発な雰囲気の中、サリアとそのドワーフ族の間にガドックが現れ。


【マッスール! アアアッッッムレスリイイイイイイング!】


そう大会の開催を宣言したのであった。


                      ◇

「……何やら騒がしいわね」


何やら騒ぎ声が聞こえるパレード会場。


リリムさんと離れ離れになった悲しみを僕は飲み込みつつ、現在大きめのジョッキの中に詰め込まれたサクランボに埋もれ、首から上だけを出してさらし首みたいになっているティズを運びながら、僕はパレード会場の舞台のほうを見る。


遠すぎてよく見えなかったが、何か出し物をしているみたいだ。


「はむっ……行ってみない? ウイル」


「はいはい」


すっかり二人きりのデートにご満悦なのか、それともさくらんぼに埋もれていることが幸せなのか、キーキー声の騒がし妖精は、愛らしいパートナーに戻っており――わがままなのは変わらないが――僕は苦笑を漏らしながら舞台を目指す。


【マッスール! アアアッッッムレスリイイイイイイング!】


ティズとともに近づいてみると、ふいに舞台に立った男の人がそう大声を張り上げ、


会場は大盛り上がりになる。


「腕相撲大会みたいね」


「毎年恒例の行事みたいよ……ロバート王の生誕祭の夜のイベントで、こうやって腕相撲大会を開いて今年一番の戦士を決めるのよ……まぁむさい男の馬鹿な行事だけどね」


何が楽しいのやらとティズは興がそがれたといわんばかりにため息をもらすが。


「女の人も出てるみたいだけど」


見てみると、女性のような見た目の少女が見える。


まだ遠くて誰かはよくわからないが、体の輪郭はあれは完全に女性だ……。


「女? それはちょいと興味がわくわね、こんな汗臭い大会にでるなんて……一体どんな筋骨隆々な女戦士なのかしらね……ちょいと顔でも拝んで……」


【赤コーーーナアアアア 聖騎士! サアアアアッリアアアアア!】


僕とティズは、同時に口に含んでいた蒸留酒を吐き出した


「何してんの……あれ」


「さぁ」

ティズの突っ込みに、僕はただ首をかしげる。


本当に何があったのだろう。 サリアはもともと、自らを筋肉エルフと呼ばれることを相当嫌がっているはずなのに、現在この場所にはリルガルムに住まう大勢の人間が集合している。

これでは、この王都すべての人間にサリアが筋肉であることを知れ渡らせてしまう。


一体何の意図があって……。


「もしかしたら、ここで秒で負けて、私たちに筋肉がないことを証明しようとしてるんじゃ、ほら、技がどうたら言ってたし」


「……ええぇ、でも確かに……考えられなくはないけど」


そこまでして嫌だったのか。


「まぁ、どちらにせよ近づきゃ何かわかるかもしれないわ」


「そうだねぇ」

とりあえず僕たちはサリアの意図を勘ぐりながら、会場まで近づいていくと、


【レディ! ファイっ!】


開始と同時に爆発音の様なものが舞台の上で響き渡る。


サリアの対戦相手の腕が変な方向に曲がり、肘をついていた樽がたたきつけられた衝撃で破壊されたのだ。


「……うわ……サリア本気だよ」


「ええぇ、技関係ないじゃない」


悲惨な光景……。


サリアの表情を見ると、いたって真剣な面持ちでガッツポーズを小さく作っており、その雰囲気は昼に忍を相手にした時よりも殺気立っている。


なんか、オーラみたいなの出てるし……瞳孔が開いてる。


完全にここの出場者の腕を飴細工のようにへし折るつもり満々のようだ。


「筋肉エルフどころかバーサーカーエルフね」


さすがのティズもその様子にあきれ顔でため息をつき、成り行きを見つめる。


楽しきロバート王生誕祭の腕相撲大会は、バーサーカーサリアによる公開処刑場へと変貌をする。


なお、この試合のルールとして途中棄権は許されないというらしく、涙をうかべながら――中には神への祈りをささげながら――サリアに吹き飛ばされていく人々の様を見るとあまりにも悲惨な状況に僕たちは心の中で謝罪の言葉を繰り返す。


一体全体……何があのサリアをここまで掻き立てるのか……。


ふとそんなことを考えていると。


「あぁ……なるほどね、あのバーサーカーがどうしてここまで執着するのかわかったわ」


ティズはそんなことをいい、ジョッキから腕を出して舞台の下を指さす。


そこには青ざめたガドックとムーアアンゴルがたっていた。


「ガドックさん?」


「違うわよその奥……景品」


「ん?」


ガドックの奥に積まれたのは、エンキドゥの酒場の中で最も高級と言われる酒たち。

その詰め合わせセットが優勝者には進呈され、副賞としてクリハバタイ商店より、魔導書グリモワールが進呈される……と書かれていた。


「……(魔導書)グリモワール?」


「読むだけで魔法を習得できるようになる魔本よ……迷宮じゃ手に入らない、魔道王国エルダン最高の魔術研究施設、エルダン国立図書館にしか存在しないような幻の一品……魔法の使えないサリアでは、決してお目にかかれないような代物よ」


魔道王国エルダンでは、魔法こそ至高であり、国立図書館は第七階位魔法の全習得が入場の絶対条件となる。


魔法の使えないサリアでは、公共の施設はどこも使えないだろうし……夢のような代物であるが……さすがはクリハバタイ商店……そんな伝説の代物をよく入荷できるものだ。

そして。

「あぁ、やっぱりサリアはサリアなんだね」


やはり、魔法をサリアは諦めきれないようだ。


「まぁ当然ね、コンプレックスを克服するのと、憧れを断つのは違うことだもの」


投げ飛ばされる人々を眺めながら、僕たちは殺気立つサリアを見守る。



「……それでも」


「まぁ力はいりすぎよね……あのバカ来年から出場停止喰らうわよ、魔導書が景品だなんて、腕に自信のあるやつは百パーセント参加するくらいの商品だもの」


「……ははは、あれが」


ちらりと横目で張り出された対戦カードを見てみると、優勝者には特別として過去最多優勝者ガドックへの挑戦権とも書かれていた。


「……………あぁ、そりゃ青ざめるよね」


僕は次々と投げ飛ばされ吹き飛ばされていく人々を見守りながら、ガドックに静かに祈りをささげるのであった。


余談だが、その年のアームレスリング大会は今までの手に汗握る大会とは異なり、ひたすらに人がポンポンと宙を舞い吹き飛んでいく痛快な出し物として、リルガルムの人々には大うけとなったそうだ。




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