120.人狼・リリム
【あっははははははははははははは!】
狂ったように歓喜の笑い声をあげるアラクネ……。
その声は長年の恨みと憎しみを包み隠すこともせずに直接騎士団全員にたたきつけ、皆が皆その憎しみに気圧される。
そして。
「ま……まさか……」
串刺しにした兵士たちの死体に、アラクネは自らの尾を刺す。
「あいつ……」
産卵の始まりだ。
「ひっひいいい!?」
屈強な騎士団員が悲鳴に近い声を上げ、同時に串刺しにされた騎士団員は体がどんどんと膨張し……。
破裂する。
中から現れたのは蜘蛛の子。
子……といえどもその大きさはクレイジードッグ並みであり、ぼとぼとと肉塊をまき散らしながら騎士団の前に立ちふさがる。
【あははははははははははははははははは!!】
笑い声をあげながら、今度は倒れた魔物たちにアラクネは卵管を突き刺し始める。
その数は一つではなく全身から針のような卵管を生み出し、倒れた死体に新たなる命を与える。
その光景はまさに地獄絵図……、倒したはずの敵が……さらに醜悪かつ凶悪な化け物に成って再誕する。
そして、ヒューイはその狂気の笑い声に、ただただひるみ立ち尽くすしかなかった。
なぜなら理解してしまったからだ……涙を流しながら狂い笑い続けるアラクネ……これが彼女という化け物が生まれる際に行われた行為だということに気づかされて。
気が付けば敵の数はアラクネの子500に残存兵力500……数でこそ上回っているが、迷宮八階層の魔物に加え、こちらは皆が皆恐怖状態に陥り、士気が最低値まで落ち込んでいる。
みんな気が付いているのだ……これが、繁栄を極めるために犠牲にした者たちの怒りであることを。
そして、目前にあるのが、我々の罪であるということを……。
そう、己の罪に対し絶望をし、膝を屈しかけた瞬間。
「ご主人様に……なーんてショッキングなもの見せつけてるの! この痴女ぉ! ご主人さまのトラウマになったらどうするのよ!」
人狼の一撃がアラクネを殴り飛ばした。
地響きが響き渡り、その場を支配していたスキルが解ける。
人類の作り上げた建物に足をかけ、人々を見下す高慢な魔物は、一人のメイド服姿の人狼に殴り飛ばされ、繁栄者の道に足を折りながら叩き落される。
【ぎしゃあああああ!?】
先ほどまで哀れな少女を演じていた蜘蛛は、その一撃の痛みのせいか、虫特有の醜い音を繁栄者の道に響き渡らせもがいている。。
「なっなっ……なっ!?」
騎士団はその一撃で正気を取り戻す。
アラクネのスキル、~恐怖の笑い~が解けたためだ。
「リリム!!」
そしてその瞬間、目前に伝説の騎士が現れ、ホークウインドを構えて敵へと特攻を仕掛ける。
【きしゃあああああああ!】
とびかかる蜘蛛を騎士はホークウインドで両断をし、
【ああああああああらああああい!】
「っふっ!」
ビッグシルバーバッグの一撃を騎士は片手で弾き飛ばし、その胸を突き刺し一撃で絶命させる。
「し、シルバーバッグの一撃を……片手で」
タフさも、力も関係ない……すべてにおいて一撃必殺。
気がつけば目前まで迫っていた敵はなく、がらんとした繁栄者の道で騎士団は立ち尽くして、伝説の騎士とクリハバタイ商店の店員であるリリムの背中を呆けて見守っている。
自分たちは……何をやっているんだ?
守るべき人間に守られ……伝説の騎士を今度こそサポートすると決めたのに……ここでおびえて立ち尽くしてしまっていた。
【エンチャント・ 絶対なる天上の鎧】
そして、だめ押しをされるように降り注ぐエンチャント……。
天使……いや、人狼リリムによる、騎士団の身を守るための防御エンチャント……。
涙を流すものすら現れる。
当然だ……。 現在迷宮八階層の主と戦っている少女に……ここで立ち尽くす不甲斐ない騎士団が命の気遣いをされたのだ……。
その慈愛に心を打たれると同時に、己のふがいなさに騎士団と冒険者たちは恥ずかしさのあまり顔面から血が噴き出しそうになってしまう。
もはや、今の状態では騎士団を名乗ることは許されない。
「全軍! 全力をもって伝説の騎士とリリムさんをサポートせよ! これ以上恥をさらすなああ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
情けなし……。
ヒューイの初陣は完全なる失敗に終わった。
しかし、失敗はしたが、これ以上騎士団副団長として恥をかきっぱなしというわけにはいかない……。
そう決心をし、ヒューイは剣を掲げ目前の敵へと切りかかる。
◇
「リリム!無事ですか!」
仕掛けたリリムさんを追って、僕はリリムさんのもとへと一直線にたどり着く。
「うん……まぁね」
リリムさんは少し息を切らしながら、敵に向かって爪をとぐ。
長くなった爪に、少し伸びた茶色の髪……そして獣のように金色になった瞳を輝かせるリリムさん。
野生に近づくも、気品を失わないその姿は、強くそれでいて美しく、僕はその姿にほほを赤らめて――自分でもわかるほどに――息をのむ。
狼変化……人狼族のみが使用できる特殊スキルであり、その姿を野生に近づけていくことで、莫大なる力を手に入れる特殊スキルであり、そしてその力は、満月が近くなればなるほど強くなる。
現在は昼間であるため、半分ほどの力しか出ていないだろうが、レベル7であるリリムさんの人狼化は、人間のレベル10程度に相当するはずだ。
【ぎしゃ……ぎしゃしゃ……】
リリムさんにやられたのか、アラクネはその鋭利な足がすでに2本ほどへし折られている……。 恐るべし、リリムさん。
そんな感想を抱いていると。
「ちょうど来てくれて助かったよ……ここで、終わりにするから!」
「へ? 」
そう言うとリリムさんは構えをといて魔法を唱え始める。
【~ハイスピード~ ~ワイルドスピード~ ~貫通耐性~ ~切れ味強化~ ~切れ味超強化~ ~破壊力強化~ ~筋力増強~ ~筋力超増強~ ~防護の鎧~ ~天衣無縫~ ~思考速度強化~ ~スズメバチの加護~ ~貫きの加護~ ~貫き騎士の白き刃~】
「え、詠唱破棄!?」
詠唱破棄によるエンチャント魔法と奇跡の重ね掛け……すべて低コスト低レベルの番外エンチャント魔法であるが……奇跡も魔法も織り交ぜてこれだけ器用に重ね掛けをするなんて……そもそも魔法と奇跡は使用する魔力が全く違う……いくら双方が使える元司祭だからって……そのすべてを詠唱破棄でこれだけ重ね掛けするなんてどれだけ器用なんだ。
こんなにエンチャントを重ね掛けをしたら下手したらサリアをも超える化け物に成ってしまうのではないだろうか……。
【ぎゃああああああああああああああ!】
アラクネは、目前の少女がすさまじい速度で力を増していることに気が付いたのか、その尾から溶岩のような物体を飛ばし、奇襲を仕掛けるが。
「メイク!!」
そんな攻撃を通させるほど、僕だってのんきはしておらず、迷宮の壁でリリムさんを守る。
「やっぱり、ウイル君は頼りになるね」
リリムさんはにっこりと笑顔を作り、僕に微笑みかける。
どうやら、僕が守るとわかってて……無防備にエンチャントを付与していたらしい……。
僕を……信じてくれたのだ。
そんな笑顔に完全に心を奪われる。
「準備完了!」
逆立つ毛……浮き上がる牙に、刃よりも研ぎ澄まされた十の爪。
いつものかわいいリリムさんではない……かっこよく、そして何よりも美しいリリムさんがそこにはおり。
「じゃあ、私もかっこいいところ、見せちゃうからね!」
呆けている僕に言葉をかけると、迷宮の壁を飛び越え、アラクネに向かって
爆ぜる。
【ぎゃっ!】
視認できず、それでいて強力。
その閃光は雷のごとき速力と破壊力をもって、また一つアラクネの足を切り落とし、その足が煉瓦造りの繁栄者の道へと落ちるより早くもう一本が胴より離れる。
【あっ……あっ】
もはや悲鳴すら間に合わず、視認できるのはリリムの光る瞳が描く金色の光のひらめきのみ……。
それが一つ二つ……気が付けば二十を超えてアラクネの周りにひらめき、そのたびにアラクネは小さな悲鳴とともにその体を壊れた組み木のように崩していく。
そして。
「とどめだよ!!」
そうリリムさんは宣言をし一瞬の溜めを作る。
リリムさんは建物の壁にしゃがみ込むように姿を現し、その腕に力を籠める。
時間にしては一秒にも満たない時間であり、僕はその姿をかろうじて視認し、追うことができた。
リリムさんの姿を視認できる最後の瞬間、アラクネもその唯一のチャンスを逃すことなく彼女を視認し。
【あああああああああああああああああああああああああああああああ!】
絶叫に近い悲鳴とともに、残された三本の足を振るい、リリムを貫かんと
攻撃を仕掛けるが。
「ゲイ・ヴォルフ(狼の槍)!!」
一撃の重さが、技を繰り出す正確さが、その爪の鋭さが、強度が……そして何より速さが上回るリリムの攻撃に、当然アラクネの一撃が届くわけもなく。
その腕を破壊しながら、リリムさんは本体であるアラクネの胴体を刺し貫き、アラクネの血が噴出するよりも早くその場から離れる。
『おおおおおお! やった! やったぞ!我々の勝利だあああ!』
大きな音が響くと同時にアラクネは絶命して崩れ落ち、騎士団は声を上げる。
そんな歓声を背に、リリムさんはあくまでも優雅にアラクネの前に着地をし、几帳面にも服に付着したほこりを落とすようなしぐさをとっている。
背後からだが、その身には返り血一つその手にも純白のメイド服にも汚れ一つ残すことなく、当然怪我一つなく、動きにも不自然なところはない……完全勝利と言うやつだ。。
「リリム!」
「あ、ご無事ですか? ご主人様……」
そんな元気そうな姿に安堵をした僕は、急いでリリムさんのもとに駆け寄ると。
リリムさんも僕に気が付いたのか耳をぴんと立てて振り返り。
その表情を青く染める。
「ウイル君!!! 後ろ!」
「なっ!?」
沸き立つ歓声、気の緩んだ勝利と言う名の妄想……。
そんな歓声の中、唯一聞こえたリリムさんの忠告に僕は慌て振り返ると……。
気が付つき振り返るとそこには、僕ののど首を狙い短刀を振り上げるカルラがいた。




