108.シオンログアウト
「どうにもこうにも、ここはもう大丈夫そうだねー」
ゴブリンたちを杖で殴りながら、シオンはそう隣で阿修羅のごとき力で敵をねじ伏せるサリアにそう話しかける。
「ええ、そうですね! すべてマスターの思い通りです」
「なんか、嬉しそうだね、サリアちゃん?」
心なしか、戦争だというのにサリアはどことなく嬉しそうな表情をしておりシオンはいぶかしげにそう問うと。
「分かりますか! 私は今、マスターのすばらしさに打ち震えているのです!」
サリアは瞳を輝かせてそう答える。
「うちふるえ? なんで?」
「ええ、やはりマスターは至高のお方です……この作戦も何から何まで……全てマスターの掌の上なのですよ」
「どういうこと?」
「ええ、以前私はマスターに王都襲撃の可能性について問うたことがあったのですが、その時にマスターは私に杞憂だから気にするなと……そういったのです、しかし、マスターはそんなことを言いながら、だれにも気づかれることなくおひとりでこの王都防衛戦のシナリオを描きかつ誰にも気づかれずにそのための伏線を張りに張り巡らせたのです!
私がマスターに進言をするずっと前から……あぁああ!マスター、素晴らしいです!きゃっほーです! まさか私たちが気づかぬうちに、クレイドル教会にギルド、そして王国騎士団でさえも味方につけてしまうとは……もはや知恵比べでは一生かけても勝てる気がしません! マスター一生ついていきます」
「サリアちゃんが壊れた……」
あまりにも高いウイルへの忠誠心のおかげでおかしくなってしまったサリアにシオンは恐怖をしつつ、もとに戻ってもらうためにこれからのことを尋ねる。
「ところでサリアちゃん、どうするの? ここはもう大丈夫そうだけど」
「ええ、これからなのですが、とりあえずは早々にこの場を制圧、その後は残存兵力を率いて他の場所の制圧を開始します、おそらくどこも正面衝突をしていると思いますので、横より戦いを挑めば、おそらく挟み撃ちにすることができるでしょう」
「なるほどねぇ……ってサリアちゃん」
「はい?」
シオンは最後まで話を聞いたが、その時あることを思い出す。
「……それも、作戦になっちゃうんじゃない?」
ぼそりと何事も考えずに言った言葉ではあったが。
ぼきり……。
「へ?」
「はい?」
ゴブリンの頭蓋を兜ごと両断した瞬間、サリアの手元から鈍い音が響きわたる。
サリアは恐る恐るその少し軽くなった愛刀の姿を拝むべく視線を落としてみると。
そこには無残にも折れた両断の剣の姿があった。
「ええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「うそぉ!? なんでそこで折れるのかなーサリアちゃん!」
「えええ!? 私のせいなのですか? 私のせいなのですかこれ!? 確かにそろそろ変え時かなって思いはしましたけど、今折れますか!」
「サリアちゃんが作戦を立てたからだよ!」
「理不尽!! 私は作戦を立てたら不幸が舞い降りるという呪いにでもかけられているというのですか!?」
「命名、のうきんの呪い。 サリアちゃんどうやったらその呪いかかるの? 教えて教えて!」
「やめてください!」
そう、二人が戦場のど真ん中でそんな言い争いを続けていると。
絶望が舞い降りる。
「ぎゃああああ!?」
「うわあああ!?」
コボルト達がほぼ戦闘不能となったパレード会場……そこに舞い降りたのは一人の道化師であり、その圧倒的な力から、そばに舞い降りられた者たちは気を狂わせその場で倒れ伏してもだえ苦しむ。
もはや常人は、その姿を見るだけでも正気を保つことは難しい。
地獄道化……フランク。
くしくもこの世界最高の道化師と同じ名前を持つその魔物は、高らかに不気味な笑い声をあげながら人間の虐殺を開始する。
『ぎゃああああ!?』
『うわあああ! 逃げろ! 逃げろ! にげびゅひ!??』
「あははははははははははははははは!」
高らかに笑いながらフランクは人々の蹂躙を開始する。
口からは炎を吐き、その手から放たれる戦技は次々と騎士団の剣と鎧を砕き、そして放たれる魔法により人々は次々ともだえ苦しむ。
「己えええぇ!」
そんな部下たちの敵を討つべく、第一部隊隊長は背後から大剣を振るい敵へと剣を振るうが。
「ふふふ! 恐怖」
「なっ……あっ……ああああああああああああああああああああああああああ!?」
名状しがたき映像とその知識を強制的に相手に植え付ける幻覚魔法フィアー……それに冒された騎士団第一部隊隊長はその場に倒れ伏し、忌まわしき映像から逃れるために自らの目を掻き毟り始める。
「どこだぁ? どこですかあのメス二匹は……ふふふ、この私をコケにしてくれた分たっぷりとじっくりと皆殺しにして差し上げましょう。 イッツアショーーーータイム!」
剣が折れた聖騎士、そんな不幸かつ絶体絶命のピンチに畳みかけるように、その場にさらなる災厄が訪れる。
「ああああ、ゴミがおおすぎてうっとおしい!! ここにあるものはすべて皆殺し! 塵にしてきれいに掃除をしましょうか!」
そういうと、フランクは魔術の詠唱を開始する。
【火はすべてを燃して灰と化し、灰は塵と消え形をなくす】
「な……そんな、この魔法は……」
冒険者たちは、放たれようとしている魔法に驚愕を隠せずに息をのむ。
【すべては塵に、すべては灰に……森羅万象万物全て、皆燃え消えて、灰となる】
「オールインアッシュ(すべては灰)……レベル6以下の生物の命を刈り取る即死魔法……こんなものをここでつかわれたら……この場の兵士が死滅しちまうぞ」
「私に任せろ!」
即死魔法を止めるべく、ノームの盗賊は弓矢でフランクを射抜く。
が。
フランクは回避すらすることはなく、弓矢はフランクから少し離れたところで弾かれて落ちる。
【其は自然の理であり】
「魔法障壁……ちっ! この化けも……ひっ」
しかし、フランクの展開した防護魔法によりそれは阻まれ、詠唱を止めることなくフランクは冒険者たちの元へと踏み込む。
「っこの!?」
【誰もが知りうる根本原理であり】
戦士が盗賊を守るために剣を振るうも、フランクはその剣を素手で握りつぶし、喉笛に杖を叩き込み絶命をさせ。
「そんっ」
そんな、と声を漏らそうとした魔術師と短刀を構えようとしたノームの盗賊は、フランクの爪に刺される。
「あっ……いやっ……」
「がっ!?」
刺された爪から注入された麻痺毒により、四肢の自由を奪われ二人ともその場に瀕死の状態で全身麻痺により痙攣しながらその場に倒れ伏す。
【この世のすべてを統べる掟である】
この間わずか10秒未満……。
冒険者が倒れたと同時に、フランクは詠唱を終了させる。
惨劇の始まりだ。。
「消えなさい……肉塊たちよ」
不吉な笑みとともにフランクは持っていた杖を振り上げるが。
【ファイアーボール!】
魔法障壁を打ち破り、炎の球がフランクへと走る。
「なっ!?」
余裕の表情を見せていたフランクも、その光景に目を見張る。
たかが第一階位魔法が、第七階位魔法である障壁を打ち破ったのだ。
そのでたらめな魔力に驚かない魔術師は存在しないだろう。
「ちょーっとばかし危険な呪文唱えてたから……完全阻止するよ!」
「シオン! 危険です!」
「剣が折れちゃったんだからサリアちゃんは下がってて! いっくよー!」
「……伝説の騎士の仲間…… 」
ぎろり……という効果音そのままに、フランクは呪文を中断しシオンをにらみつける。
上位種である自らをもてあそんだこと、そして作戦をここまでかき乱してくれたことへの怒りに震え、フランクは殺気をシオンに向けて飛ばす。
「ひゃっ!?」
「なんという殺気……」
サリアでさえも後ずさるほどの殺気がその場を埋め尽くし、その場にいたものががばたばたと音を立てて倒れていく。
仲間のゴブリンでさえも、例外ではない。
圧倒的な力が、目前にそびえたっているのだ。
「格の違いを見せてやりましょう」
「なにおー! だったらその身に刻むといい私の炎武!……めると……」
シオンがメルトウエイブを放とうと杖を構えた瞬間。
「遅い……」
「ごっ!?」
フランクは十メートル近くある距離を一瞬にしてゼロにし、魔術の詠唱が終了するよりも先にシオンの腹部に杖が突き刺さり、シオンは悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされて瓦礫へと埋もれる。




