104. 王都襲撃
その日の朝はとても晴れ晴れしく、何も知らない人々は王の生誕を祝いながらも、毎年恒例行事にいつも通り心を躍らせる。
この祭りで動く金貨の数はおよそ2億枚であり、各国から訪れる観光客の数は30万人を超える。 一つの街のたかがお祭りにこれだけの人間が訪れるということは珍しく、この世界でも三本の指に入るほどの世界的大イベントであることはもはや疑いようのない事実である。
早朝六時から人々は仕事を忘れ、冒険者たちは迷宮の存在を記憶から抹消する。
冒険者も、一般人も、貴族も関係なく、紙吹雪が舞い続ける街道で、人々は互いに笑いあいながら平和に身を浸らせる。
この平和が永遠であると願い、祈るように。
そしてこれこそが理想郷であると示すように、王都リルガルムは平和と幸福をこの一日で全霊をもって表現するのだ。
それこそがこのロバート王生誕祭であり。
世界の平和の象徴でもある。
リルガルムの生誕祭パレードは、毎回その年最高の大道芸人が経済部大臣より抜擢され、朝・夜の9時の二回に分けて中央広場にて大規模なパレードが行われる。
毎年大盛況であり、町中の人間が一堂に会するこのパレードは、もはや生誕祭のかなめともいわれるものであり、このパレードのためだけにこの国に観光へやってくる人たちもいるほどだ。
ただいま時刻は8時半であり、早くも皆が皆パレードの開始を待って会場前で待機をしている。
しかし、今日に限っては少し様子が変なようだ。
「なんで最前列に騎士がいるの?」
「さぁ、去年まではいなかったよな?」
「誰かが芸人さんに何かしようとしたんじゃねーの?」
そう、普段ならば騎士はパレード会場にまばらに設置されるだけだというのに、今日に限ってはお客さんとパレード会場の間に壁を作るかのようにびっしりと王国騎士団が設置されている。
「今年はダンデライオン一座の公演だから慎重に慎重を期してるんだろ?」
「それもそうか」
だが、それも無理はないことである。
ダンデライオン一座とは、ここ最近で世界的にも有名になった隣国の大道芸人であり、前回来たランカイフォン一座などとは天と地ほどの技術も人気も差のある一座である。
その分万が一のことが――それも王都の中心で――あっては国の沽券にかかわるといったところだろうと、人々は判断をした。
その裏で、悍ましき陰謀と、騎士たちの抵抗があるとも知らず。
民たちは何も知らずに生誕祭を心待ちにする。
だが、それでいいのだ……それでいい。
騎士たちはそう心の中で呟き、その時を待ち、身構える。
願うことならば、この過剰な防衛網が、民たちの笑い話で終わってくれればどれほど良いか。
この笑顔のまま、何も起こらずに生誕祭が始まり、なんの不安もなく終わってくれればどれほどいいか。
騎士は願う……しかし、神は願いを叶えるものではない。
騎士は思う……敵の作戦など打ち砕き、何事もなくここに生誕祭を開始させよう。
民がパレードを望むならば、いくらでも剣舞でも披露しよう……。
だからこそ、この場所この街に……魔物など一切現れないでくれ。
そう、心に皆が皆誓いを立てて、壇上を見守る。
瞬間。
会場にどよめきが走る。。
その声は絶叫でも驚愕でも、歓喜でもない……熱狂。
ふと騎士がパレードの壇上を見上げると、どこから現れたのかフラフラとした足取りで、ピエロの扮装をした男が三人、突如として現れる
騎士団の誰からも冒険者の遊撃部隊からも何の連絡もないまま突如としてその場に現れたそれに、騎士団たちはうろたえる。
治安維持部が町中を捜索し、発見することに至らなかった敵。
それが、のこのことこちらに向かってこの壇上に現れたのだ。
【わずかですが魔力の異常を確認……僧侶の見解では、召喚魔法が使用されました】
瞬間報告が入り、騎士団はことが開始したことを悟る。
【確保おおおおおおおお!!】
怒号が響き、騎士団は与えられた役割に従い、防衛を開始する。
ここに、王都防衛戦が始まるのであった。
◇
壇上に駆け上がった騎士団は、すぐさま男たちの身柄を確保する。
昨日の段階では、こちらが捜索に出たことを悟られたのか、パレード開始前に発見し捕縛するという子とはできなかった。
そのため、騎士団はプランBに移行した。
それは、召喚魔法が放たれるよりも早く姿を現した召喚師をとらえるという作戦。
単純であるが、成功すればもっとも被害を減らすことができるこの作戦……。
ロールを与えられた騎士団はその役割を全うする。
現れた召喚師は三名に対し、壇上に上がる騎士団は18人……決して油断はせず、
男たちは細心の注意を払って最善の行動をとる。
「第一担当、確保完了!」
最初に飛び出した騎士団員は、抵抗を見せた男の顔面を肘でうち、ひるんだところで投げとばして身柄を拘束する。
「第二担当、確保完了!」
二人目は抵抗する間も与えずに三人でとびかかり、身柄を拘束。
「第三担当、確保完了!」
三人目は逃走を開始しようとしたところの首根っこを押さえて四人全員で王都襲撃を目論んだ犯人を確保する。
「全騎士団員に告ぐ、カナリアは檻の中、繰り返す、カナリアは檻の中!」
決められた暗号が通信用水晶から全員の耳へと直接送られ、様子を見守っていた騎士団員たちは作戦の終了に拍子抜けをしながらもガッツポーズをとって勝利に酔いしれる。
が。
「仮面をはがせ!」
団員は暴れる男をおさえつけながらも、その顔を確認するために仮面をはがす……と。
そこには、額に大きな痣のある、ニワトリのような髪形のエルフの顔が現れた。
「なっ……こいつ、街のチンピラ……」
「なんだと!?」
「ちぃっ! こちらプランB部隊! 目標が違う! 繰り返す、目標が違う」
普段この街の巡回を任されている騎士が言葉を漏らし、同時に報告用の騎士がすぐに報告を入れる。
おとり……。
騎士団員たちは、確保した三人の虚ろな目を見てすぐさま理解をし、迎撃に備える。
これがおとりであるならば、敵の目的は今達成し、召喚師は安全な状態で召喚を行える。
王都は予定通り、襲撃をされるということだ。
【多量の魔力の本流を各地6ポイントで確認しました! 召喚魔法、来ます!!】
その瞬間、壇上に上がった騎士団員、確保をされたチンピラを巻き込み、足元に巨大な召喚陣の光が浮かび上がる。
王都襲撃の開始である。




