102.ギルド・エンキドゥ専属契約
「おおおお!? 王都防衛いいいぃぃい!?」
神父シンプソンはその場で絶叫をして首を横に合計12回振った。
そりゃそうだ。 アンデッドの群れに気絶寸前、クレイドル寺院壊滅寸前まで追いやられた彼だ。 アンドリュー率いる魔物の軍勢など目前にしただけでも失神ものだろう。
「でも、なんでもするって言ったよね?」
「死んだら意味ないんですよ!? 神父まだ死にたくない! いくらマスターウイルの命令だからってあまりにもひどすぎますよ!嫌です嫌ですぜえええったい嫌でーすー!」
子供の用に神父はわめき、とうとう床に寝転んで手足をばたばたし始める。
僧侶たちがごみを見るような目で神父を見ている。
この一週間で、神父はいろいろなものを失ってしまったようだ。
少し罪悪感を覚えるが、今はそれどころではない。
「おいおい……こんなんで本当に大丈夫なのか?」
「確かに直接戦闘や魔法戦にはあまり役には立たないけれども、それでも回復魔法や蘇生魔法の技術は天下一品だよ……消滅でさえなければ魂の状態いかんを問わずに蘇生ができる、それだけの技術があるのはシンプソンさん、貴方だけですよね?」
「え、ま、まあお金のために他の技術すべて捨て去ってそこにだけは全力注ぎましたから」
わーこの神父ほんとげすい。
「それに、アンデッドの軍団がこの街を襲撃するかもしれません。 そうなれば出てくるのは高位のアンデッド……僧侶のターンアンデッドが必須になる」
「それこそ嫌ですよ! この前みたくマリオネッターが出てきたらどうするんですか!
犬死には嫌です! そんな話を聞いたなら私はさっさと荷物をまとめてクレイドル教会本部に帰らせていただきますよ! 実家に帰らせていただきます!」
止めて神父さん、これ以上あなたに向けられる僧侶の視線が痛すぎて見てられない。
アルフもいろいろな同情ですごい優しい顔になってるから。
「お前さん、大変だなぁ」
「同情するなー!! 私僧侶ですよ!? 戦争なんてできるわけないじゃないですか!せめて護衛を、護衛をつけてくださいよ!」
「いや、つけますけど」
「へ?」
あまりにも当たり前すぎて伝えていなかったことを漏らすと、神父はきょとんとした顔でこちらを向く。
「回復魔法は戦闘の生命線ですし……僕の仲間を一人護衛としてつけますけど」
クレイドル寺院の指揮をとれるのは神父シンプソンこの人しかいない――現在進行形でその力がすごい勢いで失われつつあるが――なれば戦いになれば神父の存在は最重要人物の一人になるわけで、そうみすみすと殺させるわけにはいかない。
今はまだだれをつけるかは決まってはいないが、僕の仲間ならば誰であろうと問題はないだろう。
「本当ですか? あの化け物たちを? 護衛に?」
化け物とは酷い言い方だが、クレイドル寺院襲撃時にその力を目の当たりにしていれば、その発言も無理はない。
しかし、それだからこそ安心もできるはずだ。
「どう? 一個大隊プラス僕の仲間一人があなたを守る。 あなたはそこで回復魔法のしようとターンアンデッド、そして僧侶たちの指揮を執る……結構イージーなミッションだと思うんだけど?」
交渉開始だ……こちらのカードとしては不正の隠ぺいというあまり褒められたことではないカードであるため、そこを突かれると弱いのが痛いところだが。
「ふっふふふふ! 仕方ありませんね! 我がマスターウイルの頼みとあらば断わるわけにはいきません! この神父シンプソンの聖なる力、魔物どもに思い知らせてやりましょう! ふはーっははは!」
それはいらぬ心配だったようだ。
安全が保障されたとたんにこの変わり身の早さであり、その姿勢には素直に感心してしまう。
うらやましい性格である。
まぁしかし、僧侶たちのごみを見るような視線は相変わらずであったが、そこは神父の手腕で何とかするだろう。
なんだかんだで、すごい人みたいだし。
なによりも、兵士、民間人ともに被害は最小に抑えられることはできるはずだ。
大きな交渉カードがあったとはいえ、僕は初めての交渉が無事に終了したことに、気づかれないように息をつき、念のための言葉を付け加える。
「ただし、死体の埋葬作業は引き続き続けてね」
「えっ!?」
きょとんとした顔で神父はまたこちらに振り返る。
石の下に沈めて終わりにするつもりだったのかこいつ。
「隠し地下通路だけ用意しといてあげるから……忘れないでほしいけど、この壁は僕以外の人間は絶対に壊せないけど、僕の意思一つで消えるんだからね?」
そういって僕は寺院内に建てた壁を消失させる。
「は……は~い」
やれやれ、本当に考えが読みやすい人だよまったく。
~防衛戦・ クレイドル寺院が戦力に加わった~
◇
「しかし、あの神父は本当に大丈夫なのかウイル?」
王城で防衛会議に参加するように神父に指示を出した僕は、そのまま冒険者の道、エンキドゥの酒場へと向かう。
思ったよりも時間がかかってしまったが、この時間であれば、ギルドエンキドゥはやっているはずであり、そろそろギルドマスターとしてガドックが交代にやってくるはずだ。
「しかし、見事な手腕だったなウイル……いつの間にあんな交渉方法なんて覚えたんだ?」
「ほとんど脅しみたいな形になっちゃったけどね」
「なぁに、相手の利益や弱みを込みでイニシアチブを終始握っていた……あらはまだ目立つが初めてならば上出来だ……あのクレイドル寺院が王都防衛に協力だなんて、前代未聞どころの話じゃない」
そう先の交渉にアルフは花丸をくれ、僕は歩く速さを少し早くして次の目的地へと急ぐ。
「だが、次は大変だぞ? ウイル」
「うん……わかってる」
次の目的地はギルド・エンキドゥ……ガドック・アルティーグが率いるこの国一番の冒険者ギルドである。
「ギルドっていうのは今でこそ迷宮探索のための機関だが、もともとは国が干渉できない紛争や、国が早急に対応できない事態を市民から報酬をもらうことで達成できるように設置された機関で、国の意向や方針にとらわれることなく正義を実行することができるというのが最大の利点とされている機関だ。今じゃ迷宮探索という名目でそこそこ仲良くやってはいるみたいだが、それでも国の傘下に入って足並みそろえて王都防衛ってわけにはいかねえだろう」
そう、ギルドとはもともとは国で解決できない事件を取り扱うもの。
いわばその存在意義は自警団に近い。
国を守るために自発的に行動はするかもしれないが、国の指揮のもとに敵に立ち向かうという行為は、ギルドの掟に反する可能性が高い。
ガドックは話の分かる人間であることはよく知っているが、それでもギルドの構成員、さらには冒険者たちが同じであるとは限らない……。
アルフは困ったような表情をしながら、どうするんだと聞いてくるが、僕ははっきり言って何も交渉カードは握っていない。
だが……。
「何も交渉カードはないよ……あるのは……はったりだけさ」
「はったり……ってお前……冗談じゃ済まされないんだぞ?」
あまりにも無茶が過ぎればさらに悪い方向へ話が進んで行ってしまう恐れもある。
ギルドが完全に干渉をやめたり、迷宮を放置して他の場所に移転すると決定されてしまう可能性もある。
「大丈夫……必ず成功させるから」
だからこそ、僕はない頭をフルに働かせてもはや見慣れたギルドエンキドゥの扉を開く。
「誰だあ? こんな時間に……って、アルフ……と、伝説の騎士!?」
扉を開けると、そこに広がったのは昼間と同じく人がまばらな酒場であり、カウンターにはギルドマスターであり酒場の店主でもあるガドックがおり、当然のように伝説の騎士姿の僕に驚愕の声を漏らす。
静かに夜酒を楽しんでいた人々も、その声に驚いたようなうめき声をあげ、酒をこぼしたりひっくり返ったりをしている人がいる。
本当にごめんなさい。
僕はこころのなかでそう呟くと、ガドックのもとまでゆっくりと歩く。
彼の反応に、アルフはガドックが伝説の騎士の正体に気づいていないということを察したのか、邪魔にならないように口を噤んだ。
「ら……らっしゃい……えーと……伝説の騎士……さまでいいですかね?」
「それでいい」
確か、クレイドル寺院から帰るときもこんな声だったはず。
「ど、どうしてこんな時間に?」
あの豪胆なガドックが小さくなって見える。
申し訳ない気持ちになるが、それでも僕は話を続ける。
「夜分に訪れたのは訳がある……その前に、いつもサリアたちが世話になっていると聞いてな」
「サリア……じゃあやっぱり、ウイルやサリアたちはあんたのパーティーなのか?」
ここで僕はうそをついて、小さくうなずく。
やはり人をだますのは気乗りがするものではなく本当は声を出すつもりが、結局声は出なかった。
「噂は本当だったのか……クレイドル寺院の依頼を受けたのはウイルだったはずなのに、伝説の騎士が依頼達成をしたことになっていて……しかも伝説の騎士のパーティーにサリアがいたって話まで出てて……サリアが報酬を受け取りに来たから報酬は渡したんだが……そうか、そういうことだったのか、どうりでアルフが一緒に入ってくるわけだよ」
「あん……あぁまあな。 ウイルが世話になってるって聞いてさっきまで一緒に一杯やってきたところなんだ……そんで、酔ったついでにギルドに挨拶がしてえってこいつが言うもんだから連れてきたのさ」
アルフは少しばかりしどろもどろにそういうが、ガドックは伝説の騎士の来店にそれどころではないのか、その微妙な変化に気づくことはなかった。
むしろ合点がいったといわんばかりに大きくうなずき、僕はとりあえずウイル=伝説の騎士の発覚を回避したうえで、ウイルと伝説の騎士はつながりがあるということをギルドに伝えることはできた。
これで、僕たちの行動がすべて伝説の騎士の行動になることになる……。
とりあえず最初のステップは成功だ。
「それは説明が不足してすみま……すまない」
「いや、いいんですよ!? ウイルやサリアが報酬をかすめ取るなんてことするわけねーですからね……ただ謎が解けたってだけさ……それで、用事ってのはなんです?」
ニ・三話して警戒も解けたのか、ガドックは少し親し気に伝説の騎士に質問をする。
ここが正念場である。
アルフも心配そうな表情でこちらを見ているが、成功させなくては。
「実は……ギルドに一つ依頼をしたいのだが」
「依頼? 伝説の騎士がクリアできないような依頼をここの冒険者がクリアできるとは思えねーんですが」
「いや、これは質ではなく数が必要なものだからな……何としてもギルドの力が必要なのだ」
「……聞きましょう」
事の深刻さを理解したのか、ガドックは僕を席に座るように促して、お酒を勧めてくるが、
僕は手を出して拒否をする。
本来ならば飲むのが礼儀なのだろうが、今ここで兜を取るわけにはいかない。
「……さいですか……」
「俺はいただこうか、ガドック。 蒸留酒、イエティ……じゃなくてロックで」
「あいよ」
ガドックは丸く削られた氷を保冷庫から取り出し、そこに琥珀色の蒸留酒を注いでいく。
嬉しそうなアルフを横目に、僕はそのまま交渉を開始する。
「……ここだけの話なんだが、明日、王都が襲撃される」
ガシャンと、蒸留酒の瓶が落ち、アルフが顔面に蒸留酒を浴びる。
「あっ!? すまんアルフ!?」
「……きにするない」
今言うか? とアルフがジト目で僕をにらんでくる。
ごめんアルフ。 タイミング間違ったみたい。
「し、しかしそんなありえねえ話聞いて、冷静でいろってのが無理な話だ、相手は?」
「アンドリュー率いる魔物の部隊だ」
「本当の話かにわかには信じられねぇな」
ガドックは慌てておしぼりでアルフを吹きながら、そう僕に言う。
確かにそれはおっしゃる通りでもあるが、それを証明するものはない。
「あぁ、確かに証拠はない、しかし、クレイドル寺院と王国はすでに襲撃を予想して行動を開始している」
「なに?」
「来なければ来ないでそれでいい。 単刀直入に言おう、今回の依頼は、冒険者ギルドに、此度の王都防衛戦に参列してほしいという依頼だ……依頼金は金貨千枚と……」
「騎士さん!」
僕の言葉を、ギルドマスターであるガドックは遮る。
肝がつぶれそうにはなったが、僕はかろうじて怖気づくことなく平然を装って話を聞くことができた。
「俺たちギルドは国の傘下には入らない自由な組織であり、国の傘下として働くことはギルドの掟に反するんだ……あんたの依頼は、国の指揮下に入ってくれって意味だろ? 軍隊の真似事は、ギルドってやつが一番禁止されてるんだ。それにな、その話が本当で、国とクレイドル寺院が総力を挙げて戦わなきゃいけないような相手なら、相当数の人間を戦いに参列させなきゃならねえ……そうなると金貨千枚じゃどうしても足りねえわな……それに、俺はウイルやサリアを信じるが、人前で兜を脱げねえような奴を信頼するわけにもいかねえ……」
「おい、ガドック」
アルフがガドックをいさめようとするが、ガドックは止まる気配はない。
「個人の感情で動くわけにはいかねえ、俺はギルドマスターだからな……それに、今ギルドは危ない瀬戸際でもあるんだ……迷宮下層へ挑むものは減っちまって、迷宮の素材の値段下落が起き始めてる……ここで生計を立ててた連中も、他のギルドに取られちまってる現状だ……そんな中でギルドの掟に抵触するような真似でもしたら、それこそギルドエンキドゥが崩壊しかねん」
冷たい視線がこちらに流れる。
脅しでも脅迫でもない、ギルドマスターとしての苦渋の判断だろう。
その瞳には、本当ならば協力してやりたいという思いが見て取れた。
だから僕はいらだつことも焦ることもなくその言葉を自然に受け入れ。
「……話は最後まで聞いてほしい」
だからこそ、このはったりは強大な一手になるだろう。
彼の知らずに漏れた本心に僕はガッツポーズをし、心配そうにこちらを見やるガドックに
一つうなずき、僕ははったりのカードを切る。
「なに?」
「金貨千枚程度でギルド全員の報酬を賄えるとは思っていない……」
「じゃあ、何を?」
「……依頼金は、金貨千枚と……私の、ギルドエンキドゥ専属契約だ」




