100.無能の果てと伝説の騎士の威光
「お初にお目にかかります……ロバート王」
「突然の無礼、お許しください……」
急きょ王による特例として、外部の何の権限も持たない一般人二人が、この国のトップが集まる会議に参列を許された。
兵士に案内されやってきた二人は、扉をくぐると示し合わせたかのように頭を垂れて挨拶をかわし、各々の言葉を述べる。
「我がマスター、ウイ……げほん、伝説の騎士殿の命令により、此度の防衛戦にご協力を願いたいと思いはせ参じました……私、クレイドル寺院神父、シンプソン・v・クライトスと申します」
「同じく、伝説の騎士殿に雇われ、王都防衛戦の協力を申し出に参りました、ギルドエンキドゥギルドマスター、ガドック・アルティーグと申します……王よ、お会いできて光栄です」
ざわりと会場がざわつく。
当然だ、なぜこの二人がこの場所にやってきたのか。
あれだけ国への関与を嫌っていた代表的な機関二つが、おのずからやってきたのだ……。
幸運に感謝はするも、疑問は絶えない。
「うむ……大儀である」
しかし王は努めて冷静に――内心では大喜びをしているが――そう威厳を保った言葉を放ち、二人に着席を許可する。
レオンハルトは驚愕にいまだに目前の光景が信じられずにいる。
「先に聞いておきたいのですが」
ふと、そんな中で経済部大臣が言葉を漏らすように質問をする。
大臣たちの間に不安の色が浮かぶ。
ここで余計な発言をして、二人の協力が得られないという事態だけはどうしても避けたいからだ。
これがレオンハルトやヒューイならばここまで皆は心配はしなかっただろう。
しかし、先ほどから赤字ばかりを気にしていた経済部大臣だからこそ、全員が質問の内容を予測できてしまったのだ。
「……報酬は、何をお望みですか? 復興財源もあるので、その……我々としても余裕はないのですが」
馬鹿野郎……。
全員がそう叫びたいのを押さえてその様子を見守る。
ギルドはまだよくても、守銭奴神父にそんなことを言ったらもはや破談は目に見えている。
しかし。
「報酬はいただきません」
「ええ、同じく、構いません」
全員が眉につばをぬった。
クレイドル寺院の強欲神父が……報酬を断ったのだ。
しかも笑顔で。
誰一人として叫ばなかったのは褒めてしかるべきだろう。
本日数ある驚きや異例を経験した大臣やレオンハルトであったが、まず間違いなく
この出来事が一番の異常であることは言うまでもない。
精神汚染を疑うレベルだ。
「随分と失礼な思考が顔に現れていますけど……まぁいいでしょう、報酬は伝説の騎士殿に先払いさせていただいておりますゆえ……いらないと申し上げたのです」
全員が安堵のため息を漏らした。
それはそれは深い、安どのため息だった。
「なんか腹立つんですけどこいつら」
「そりゃいい、アンタに腹を立ててきた人間の気持ちが少しは理解できたんじゃねえか?」
小声で神父はこぼすと、ガドックは皮肉を言うように神父にそう漏らす。
「俺た……私どもの方も、伝説の騎士殿に雇われたとの言葉通り、報酬を先払いでいただいている」
「たとえギルドの信条を曲げてでもですか? 一時的に国の傘下になることになりますよ?」
外交大臣は気分を損ねるかもと考えはしたが、それでも後々禍根を残すことはお互いに望ましいところではなく、また、ギルドに在籍している冒険者との対立の可能性も考慮してそう言葉をかけた。
しかし。
「ふふ、心配は無用です。我々ギルドは雇われれば依頼はこなす。 その依頼が今回、国とともに王都を防衛するというものだっただけ。 ゆえに我々は協力はすれど命令は受けない、あくまで対等な立場で……お願いしたい」
ガドックはそういうと。
「それで構わない、今は一人でも協力がほしい」
レオンハルトはそう言って快諾をする。
「では、ギルドエンキドゥからは1700の兵士を王都防衛に送り込める予定です。
正式なギルドの依頼として冒険者たちに依頼を受けてもらい、足りない分は私兵隊、傭兵団で埋め合わせをします」
「我々クレイドル寺院も、見習い非常勤、街の教会勤務のもの総勢300の僧侶を同行させましょう」
「これで6000……いける、いけるぞレオンハルト!」
ここに騎士・冒険者・魔法使い・僧侶のそろった兵力としてはバランスの取れた軍隊が形成された。
「では、さっそくですが、部隊の編成と各ポイントに設置する部隊についてですが……」
「魔法陣じゃが、クレイドル寺院の協力があれば、停止、いけちゃるかもしれん……」
議会は大いに沸き立つ。
その反面、レオンハルトとロバート王はくもった表情をしている。
「……いかがなされました、王よ」
「いや……伝説の騎士は、一体何手先を読んでいるのかと思ってな」
伝説の騎士がこの街に現れたのは数日前……彼は、その数日でアンドリューの計画を知り、それを阻止し、そしてこの国の現状を理解して、二つの戦力になる機関への協力助成をした。
「たった一人で、この国を守ってしまいそうですよ、伝説の騎士殿は……永遠女王ティターニアがいるとはいえ……今回は連れていませんでしたし、これは騎士殿単独で行った行動かと思われます」
「武力だけでなく、知略にもたけているのか……なんとまぁ……」
思えば、ギルドの依頼達成を率先して行ったのも、だれも救出に向かおうとしなかったクレイドル寺院を救出したのも、すべてはこの時のための布石だったのだ。
レオンハルトはクレイドル寺院襲撃の際に聞いた言葉を思い出す。
『こまっている人を助けるのは当たり前のことだ』
あの時、レオンハルトは話をはぐらかされたのだと思い込んだ、ただのジョークで何の意味もないことだと。
しかし、現状は違った。 あの時伝説の騎士は、困っている所を助け、王都襲撃の際に助力を求められるように手を打っている……だからそちらも動けるようにしておけ……そういうメッセージを込めた忠告だったのだ。
「……何が全力でサポートだ、結局私がしたことは、指をくわえてみていただけ」
「わしもだ……英雄王と呼ばれながら、お前の報告から何も読み取ることができなんだ……」
ただただ恥じる。
この机に向かって、話していたことはすべてが無駄であり、サポートをするはずの人間にすべておんぶにだっこになってしまっている。
「……まさに、無能会議……我らのためにある言葉だ」
苦笑を漏らし、王は深いため息を漏らす。
自分と大臣を恥じ、そして切り替えるために。
「だからこそ、これ以上騎士の足を引っ張るわけにはいかん」
その眼には、久しく闘志の色が見て取れる。
国の存続と、国を治めるものとして、ここまでおぜん立てをしてくれた
騎士に応えるために、レオンハルトに全力でことに当たるように命令を下す。
「必ずや」
レオンハルトはそう一言漏らし、ヒューイと大臣たちの会話に参列をする。
何としてでもこの街を守らなければ……そう覚悟を決め、レオンハルトは王都防衛に向けて会議を再開させた。
法律も手続きも書類も関係ない、兵士の配置や作戦ならばレオンハルトの右に出るものはこの国にはいない。
伝説の騎士の功績に報いるために、軍師レオンハルトは作戦を組み立てる。
伝説の騎士の力添えのおかげで、やっとこの議会は、息を吹き返すことができたのだ。




