91.エルダートレントと再誕の青
「あ~……まだ耳にあの万歳三唱が残ってるよ」
僕は一気にたまった疲労感を吐き出すようにため息を一つ漏らし、迷宮二階層中央、階段まで戻ってくる。
「すまねぇなぁ、見ての通りの奴だが、昔は敬虔なクレイドル教の僧侶だったんだよ……最近じゃすっかりとラビに心酔しちまって……」
「アルフが謝ることじゃないよ、ただまぁ……アルフには申し訳ないけど、あまり仲良くはなれそうにないかな」
「安心しろ、狂気に染まらなきゃあれとは相いれられねぇよ……」
呆れに近い諦めの言葉を漏らし、アルフはさみしげに笑い、一度背後を振り返る。
もう元には戻らない。
そうアルフの瞳は語っており、僕はそれにかける言葉が見つからない。
アルフはいつも失った仲間を見つめている。
きっとあの司祭も、その失った仲間の一人なのだろう。
相いれないといって決別の言葉を並べながらも、頼みを断れなかったのはブリューゲルはまだ生きて話をすることができるからだ。
狂気に染まってしまったとしても、アルフはどこかで昔のように語らえる日が来ると信じているのだ。
だから、こうして振り返ってつらそうな表情をしている。
懐かしく仲間とともに過ごした輝かしい思いだす度に、守れなかった過去を憂いて、孤独な心が今を責め立てるのだ。
だから。
「大丈夫だよアルフ……僕もティズも、変わらないから」
だからこそ、アルフが僕のことを信頼できる仲間だと言ってくれたことがうれしい。
少しでもそんな彼の孤独を埋められるならば……そう考えて僕はそうアルフの肩に手を置く。
「ウイル……あっはっはっは……まったく、ガキのくせに気を使いやがって……」
「そういうアルフこそ、大人のくせに子供に気を使わせて」
「ちげぇねえ……くっくく。まったく、おめえってやつは本当に最高な友達だよ」
「こちらこそ……だよ」
「さぁて、しんみりしちまって悪かったな。 さっさと用事を終わらせて帰ろうか」
「うん。 そういえば、次はどこに行くの?」
「あぁ、次は東に向かう」
「東? もしかしてドライアドの森? あ、もしかしてエルダートレントが言ってた盟友の証って、再誕の青の事!?」
僕がそう一人で驚いて納得をしていると、アルフはハトが豆鉄砲を食らったような表情をしている。
なんだろう、あごひげに目が点になっているドワーフというのも、どことなくぶちゃ可愛いさがあってどことなく愛らしい。
じゃなくて、どうしたのだろうか。
「どうしたの?」
「いや、随分とまぁ迷宮について詳しくなっちまいやがって……男子三日会わざれば刮目してみよ……言葉に偽りなしってやつだな……エルダートレントにまであってるとは……まぁしかしこっちも分かってるなら話が早い。 ドライアドの森を通ってエルダートレントのところに行かなきゃならんのだが、どうせドライアドの奴らは俺のことなど覚えとらんだろう。 だからウイル、ドライアドたちにエルダートレントの居場所まで連れていくように頼んでくれないか」
「了解……あったのはつい昨日だから、任せておいてよ」
地図があればそんなことをしなくても問題はなかったのだろうが、作りかけの地図はティズがいつも大切に保管しているため、僕が勝手に持ち出すことができなかった。
そのため森を抜けてエルダートレントのもとに行くためには、あの子たちの手助けが必要だ。
僕はアルフの頼みに力強くうなずいて、迷宮東側へ向かう。
昨日の朝に通ったばかりだというのに、迷宮二階層東側の通路はすでに蔦やツルがその健やかなる成長によって道をふさいでいた。
なるほど、たかが樹齢十年程度の木々がどうやってこの広い迷宮二階層を埋め尽くしたのかがよくわかる。
僕はそう感心をしながら蔦をハンターナイフで切り取り、先に進む。
ふと後ろを振り返ると、やはり切られたゆっくりと――しかし植物としてはありえない速度で――
切られた部位を伸ばしもとに戻ろうとしている。
ここの木々は例によって何かしらの魔法をかけられているようだ。
エルダートレントがこの森の外から連れてこられたといっていたことから、この森全体をアンドリューがどこかの土地から持ってきたのかとも思ったが、とてつもなくこの森の木々は成長が早い……ということなのだろう。
「……この木、増やせないかな」
樵としてこんな素晴らしい木をこっそり増やせれば、もう森と動物の住処のバランスだとか、山の地滑りなんかを気にして気を切らなくても済むじゃないか……。
年輪がおそらく少ないため、高級ブランドとして売り出すことはできないかもしれないが、北の国であれば薪だけでもかなりの値段になる。 わざわざ森なんて行かなくてもこの木が一本あれば、すごい速度で元の大きさに戻るのだから、余った時間でほかのことをやればかなりの儲けに……おおぉ、村の長よりも稼いじゃうんじゃないだろうか僕。
ただ、苗木のようなものがあればいいんだけど……そもそもこの木を迷宮の外に持ち出しても、同じような成長や再生力を見せるのだろうか……あー誰か教えてくれないかな。
あ、確かドライアドが苗木を売っていたような……あぁでも交換に必要な物資を今はもっていないし、そもそもドライアドが知っているかも怪しいし……。
「どうしたさっきから変な顔して」
僕が樵時代の思い出と、謎の皮算用を始めたところで僕はアルフに声をかけられ、我に帰って自分が冒険者であることをようやく思い出す。
「いや、特に何でもないよ……今更だけど、この迷宮の中は現実とは全く違うんだなって思い知らされてね」
過去の思い出に浸りながらも金儲けのことを考えていた自分に少しばかりあきれながら僕はアルフにそう答える。
やれやれ、相棒同士は似てしまうっていうのはよく聞くが、どうやらティズのいらんところまで似てしまったようだ。
いずれは僕もああ、キンキン声をかき鳴らすようになるのだろうか……想像しただけでもぞっとしない。
「そりゃそうだ。 この迷宮では常識に足を取られた奴が奈落に落ちていく。
お前も堅苦しい性格だからな、気をつけろよ」
アルフは苦笑を漏らしながら僕の頭を叩く。
「堅苦しくて悪かったね」
僕はそう子ども扱いするアルフに僕は口を膨らませて対抗するが、特に気にする様子も気づく様子もなかったので、僕はそのままあきらめてドライアドの群生地へと足を踏み入れるのだった。




