兄と慕う―。
キリアンとコンラッドを兄と呼ぶ
リンドはルシアンを兄と呼んだことも、ロベリアを姉と呼んだこともない。
そう呼ぶほどの接点もなかった。
リンドにとって兄、姉とは自分を傷付ける他人でしかなかったのだ。
「リンド、言ってみろ」
「兄さん、その顔怖いよ。リンドも驚いてるから」
座ってミルクティーを口にするリンドの横、キリアンが緊張した面持ちで立っていた。
急なキリアンの行動をコンラッドがやんわり窘める。
いつまでも自分達を様付けで呼ぶリンドに、世話焼きのキリアンが我慢できなくなっていたのだ。
「俺はな、可愛い妹に兄さんと呼ばれたい。コンラッドはどうだ」
「そりゃあ呼んでくれたら嬉しいけどね」
コンラッドの同意を得たキリアンが深く頷いた。
「そうだろ?さ、呼んでみろ」
リンドは不安そうな目をアンヌに向けたが、アンヌが小さく頷いたのでぐっと息を呑んだ。
「……キリアン兄さま、コンラッド兄さま」
「ありがとな……!」
キリアンがリンドの頭をガシガシ撫で、突風に吹かれたように乱れた髪を、コンラッドが慌てて駆け寄り優しい手つきで整えた。
しかしリボンが取れてしまったためアンヌが無表情でキリアンとコンラッドを見詰めた。
「力加減、お間違えの無いようお願い申し上げます。リンド様、御髪を直しに一度お部屋に戻りましょう」
リンドは赤い耳を隠すように髪を顔の横に持ってきたが、アンヌに促されるまま立ち上がった。
「あの、兄さま、後でお庭のお散歩がしたいです」
頬を赤く染め、今言える最大の我儘を口にしたリンドに二人は笑う。
「じゃあ、少し風が強いかもしれないから暖かくしておいで。ゆっくりと支度するといい」
「はい!」
小走りで部屋に向かうリンドの背を見送り、キリアンは呟いた。
「やっと少し、言えるようになったな」
「まだまだ物足りないけどね。兄さま、か」
コンラッドは弟の立場だったが、一人だけコンラッドを兄さんと呼んだ人物を思い出す。
「ロベリアがお兄様だったね。ルシアンは、兄さんだった。兄妹なのに、違うんだね」
「当たり前だ、皆違う人間なんだからな」
キリアンは呼ばれ慣れているから特に気にしていないだろうが、ルシアンとコンラッドは同い年だ。
それにも関わらずルシアンはコンラッドを兄さんと呼ぶ。
「懐かしいよね。『コンラッドの方がちょっとお兄さんね』って母さんと叔母さんに言われただけで、ルシアンは俺を『コンラッド兄さん』って呼んだんだから」
同い年の従弟ではあるが、当時からコンラッドの方が体格もよく、キリアンに連れ回されていたためルシアンよりも活発だった。
ロベリアはルシアンを呼ぶのと同じようにキリアンとコンラッドをお兄様と呼んだ。
下がいないコンラッドはそう呼ばれると自分が二人を守る立場だと誇らしく思った。
キリアンも、コンラッドが生まれた時はそうだったのだろう。
どこに行くにもコンラッドの手を引いていた。
実の兄姉を呼ぶことも許されなかったリンドが、やっと、「兄さま」と呼んだことに不思議な安堵を覚えた。
「お待たせしました!」
息を切らしたリンドが二人の元に駆け寄ってきた。
行儀悪く背凭れにかけていたジャケットを手に取り、二人はリンドに笑いかけた。
「急がなくて大丈夫だ、さぁ、行くか」
「今の季節はリスが木の実を拾いに来るんだ。見つかるといいね」
少し冷たい風に火照った頬を冷まし、リンドは口の中で小さく兄さまと呟き笑みを浮かべた。
終
御覧いただきありがとうございました!
小さい頃の数か月って大分差があると聞いたので、同い年の兄さんってありかなって思いました。
キリアンコンラッドが体育会系ならルシアンはインドア派です。
多分滝にうたれる二人に「水浴びしようぜ!」って誘われても見ているだけ。
滝行が水浴びというのは子爵家の常識です。
キャラ設定どっか載せた方がいいかな…。




